9話 二人の店長
メッセンジャーアプリに溜まっていたメッセージを確認する。
『畑くん、大丈夫? まさか家で倒れて動けなくなったりしてないよな?』
送り主の名前は、堀川店長。バイト先のコンビニ店長だ。
しまった!! 忘れていた。今日はシフトが入っている日だったのだ!! 誰かに替ってもらうにしても、早めに連絡しておくべきだった!! 俺としたことが、洗脳活動に夢中になって、すっかり忘れていた!!
俺がコンビニ店でアルバイトするようになってから12年間、一度として無断欠勤をしたことはない。
だから、堀川店長も、まさか、俺が連絡を忘れているとは思わず、むしろ、身体に異変があったのではないかと心配してくれているようだ。
焦燥感をおぼえ、ソワソワとした気持ちになる。
しかし、待てよ。つい、ただのコンビニ店員だったころの感覚で取り乱してしまったが、よく考えたら、今の俺は、命令通りに動く信者が50人いる教祖様だったのだ。
別に無断欠勤したことについて店長に叱られたとしても、どうということはないのではないか。
いやいや、そんな考え方ではダメだ。あらかじめ予定していたシフト通りに出勤するというのは、人との約束なのだ。コンビニ店員だろうが、教祖様だろうが、人との約束を違えて良いという道理はない。
「昨晩から体調が悪くて、ずっと寝ていました。連絡が遅くなったことで、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。ご心配くださり、ありがとうございます」
体調が悪かったふりをして、メッセンジャーアプリで返事を送ることにした。
無断欠勤については謝っておいたけれど、教祖の仕事があるし、コンビニのバイトは、もう辞めないといけないな。一度、堀川店長にも、挨拶をしにいかないといけない。
遅い昼食をすませた俺は、ムチムチ猫耳メイド女学院の店舗に行ってみることにした。
店員の洗脳はほとんど完了したので、次は客を洗脳していかなければならない。
ナギのマンションから、五反田駅周辺にあるメイド女学院の店舗まで、徒歩で数分の距離なので、歩いて行くことにする。
「お帰りなさいませ、教祖様」
受付まで行くと、白髪のヤクザっぽい、おっさんが俺に挨拶をしてきてくれた。
昨日、洗脳したメイド女学院の吉松店長だ。
せっかくのムチムチ猫耳メイド女学院なのだから、こんな、ちょっと怖そうな、おっさんにではなく、かわいいメイドさんに、お帰りなさいませ、と言われたい。
「店長、事務所で話せますか?」
吉松店長と、店の奥へと移動する。
事務所には、机とОAチェアが2セット、横に並んで置かれていて、それぞれに1台ずつパソコンが設置されている。
俺は、右側の黒いOAチェアに腰かける。
「このお店を利用している、お客さんのリストが欲しいです。予約管理システムか何かで情報を管理していますよね。その画面を見せてもらって良いですか」
「わかりました」
吉松店長も、隣のOAチェアにすわり、パソコンを操作して、顧客一覧の画面を表示させる。
見たところ、客の情報は電話番号で管理しているようだ。
電話番号、名乗った名前、利用日時、利用コース、指名した女の子、あとは備考欄に、本番を強要された、部屋が汚いといった注意事項が書かれている。俺も、洗脳していなかったら、部屋が汚いと備考欄に書かれていたかもな。
残念ながら俺が求めている情報は、このリストの中には記されていないようだ。
「店長、お願いがあるのですが良いですか?」
「教祖様のためならば、この男、吉松、何でもいたします!! 何なりとお申し付けください」
「女の子に、お客さんのことについて聞き取りをして欲しいです。このリストに、そんなに正確ではなくて良いので、女の子が客から聞いた職業、年齢、経済力、体形のデータを付け加えてください」
「特に大事なのが、職業です。このお店の利用者で、何人いるかはわかりませんが、マスコミ関係者や警察・自衛隊関係者、お金を持った会社経営者がいるようなら、是非、信者にしていきたい」
「あと、体格がよくて、力が強そうな若い男性も集めたいです」
「こういった要望もふまえて、女の子に対して聞き取りを行い、リストを充実させてもらっていいですか?」
「もちろんです!! 教祖様」
「リストの充実には、どれくらい時間がかかりそうですか?」
「そうですね、我々、メイド女学院の店員一同、女神様と教祖様には心酔しております。しかし、それでも、なかなかメッセンジャーアプリをチェックしなかったり、不規則な生活を送っている女の子もいます。記憶の呼び起こすのにも時間がかかる場合もあるでしょう。最短でも今日と明日の1日半、お時間をいただければと思っています」
1日半か。洗脳をして、女神教への忠誠を誓わせたところで、今までの不規則な生活が改まったり、記憶力が劇的に良くなったりするわけではないのか。
いや、規則正しい生活を送るよう命令すれば、不規則な生活の方は、改めさせることができるかもしれない。
ただ、記憶力の方は難しいだろうな。仮に、走るのが苦手な、太った信者の男がいたとして、そいつに100mを9秒で走るように命令しても、それは物理的に不可能な気がする。
しかし、待てよ。これは魔法の効果の話だ。もしかしたら、魔法の力で、太った男が走る速度が上がるなんてことも起こるかもしれない。一度、試してみないとわからないな。
「わかりました。それでは今すぐ、聞き取り作業にとりかかってください。今日の終わりに一度、途中経過の報告をお願いします」
「かしこまりました!!」
「ああ、それと、ナギはどこにいますか? 俺あてに書いてあったメモには、大事なお客さんの指名が今日1日入っていると書いてあったのですが」
「ナギちゃんですか……」
吉松店長が、管理ソフトから予約状況をチェックする。
「ああ、“院長先生”の指名が入っている日ですね。今日1一日、お店には戻りませんよ」
「院長先生?」