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83話 封門委員会 その7

「これで要件は済んだわい。警護に、泰山(たいざん)とサクヤを加える件については、(さとし)と調整したうえで処理させていただく。おそらく、今日の午後には、閣下のおそば近くに仕えさせていただくことができるじゃろう。それまでも、正式な形ではないが、陰ながらお守りさせていただくのでご安心くだされ……」


 封門委員会(ふうもんいいんかい)(おさ)大城戸老師(おおきどろうし)が言った。


 すぐに配属されるのか。


 泰山はともかく、サクヤは勘弁して欲しいな。


「それでは、総理閣下、この世界を『邪神の使徒』から守るため、ともに頑張りましょうぞ……」


 そう言って、大城戸老師は、右手を差し出し、握手を求めてきた。


「わかりました……」


 私も、両手を添えて、老師の右手を握り返す。


 もしかして、今の私って、ものすごくカッコイイんじゃないか……。


「それでは総理閣下、ワシらは一旦、おいとまさせていただく」


 封門委員会の面々が、執務室を退室しようとする。


 しかし、そこで、私は先ほどの老師の発言で、ひとつ気になったことがあることを思い出した。


「お待ちください、老師!!」


 老師が、足を止めて、私の方を振り返る。


「最後にひとつ、お聞かせいただいても良いですか?」


「はて……、何じゃろう?」


「先ほど、老師は、防御結界で、精神操作の魔法攻撃を防ぐことができると、おっしゃっていましたが、もしかして、封門委員会の中にも、精神操作の魔法を使える者がいるのではありませんか? そして、私にも、すでに何らかの精神操作が加えられているのでは?」


 もし、既に、私の思考が、何者かに操作されているのだとしたら、こんな恐ろしいことはない。


「フォッフォッフォッ、総理閣下は、そんなことを心配されておるのか……、確かに、ワシらの仲間の中には精神操作の魔法を使う者もおる。しかし、ワシらは総理閣下には、何もしておらんよ……」


「そう言い切れる保証はありますか?」


「総理閣下は、慎重なうえに、用心深い……、と言うか心配性なんじゃな……。もし、総理閣下に精神操作を加えているならば、総理閣下が、そういう疑問を持つこと自体ないじゃろう。それに、さっき、サクヤが行ったような不細工なことをせんでも、首を縦に振らせることができるはずじゃ……」


「アタシがやったことが不細工って……、じっちゃ、ひどい☆」


 サクヤが抗議しているが、大城戸老師は意にも介していないようである。


 確かに、大城戸老師の言うことに納得できる。こうやって、精神操作されているかもしれないという疑問を持っていること自体が、精神操作されていない、ひとつの証しなのかもしれない。


「しかし、それでは、なぜ、私の精神を操作されないんですか? その方が封門委員会の方々としては、やりやすいのではないですか?」


「それはのう……」


“それについては私がお答えしましょう”


 老師の答えを聞こうとしていると、私の頭の中で、突然、女性の落ち着いた声が響いた。これは、いわゆるテレパシーというやつか。


「コケノ様……」


「コケノちゃん☆……」


 老師とサクヤが一斉に、コケノという名前を出す。


 この声の主は『コケノ』と言うのか……。


 老師とサクヤは同じ方向を見ていたので、視線の先を辿ると、そこにいたのは、さっきまで泰山の左肩でスヤスヤと眠っていた3歳くらいの白髪の幼女だった。


 今はもう、眠っておらず覚醒しているのだが、目がルビーのように真っ赤に輝いていた。


 この目には、魔力が宿っているのだ、と誰かに説明されれば、納得してしまいそうな、魔性の美しさと力強さを兼ね備えた目だった。じっと見ていると吸い込まれそうになる。


 白髪に、白い着物、白い肌、その中で、目だけが真っ赤なので、このコケノという幼女については、まるで白ウサギが人間に化けたかのような印象を受ける。


 それにしても……、頭にひびく声から想像される年齢と、見た目が全然、合っていない……。声は、30代後半くらいの女性の声のように聞こえる。


 口は開いていないので、やはり、何らかの理由があってテレパシーで話しかけているようだ。


“封門委員会が、総理閣下に精神操作を加えないのは、それが、この国の神祖(しんそ)たる『あの方』と交わした約束だからです。『あの方』の赤子(せきし)たる、この国の民を、人外の『魔の力』から未来永劫、守り続けると、私達は誓いました……”


 シンソと言っているが、『あの方』というのは何者なのだろうか。


“私たちは、たとえるならば、審判のようなものなのです。そして、魔の力を用いることは反則行為に当たります。反則行為に対して、私達は力を行使しますが、それ以外の、人間同士の争い、選手同士の争いについては、基本的には干渉しません。干渉を行ってはいけないのです。たとえ、行うにしても最小限にとどめる必要があります。そうでなければ、私達自身が、この国の民に、負の影響をおよぼす『魔の力』となりかねません……”


 しかし、それを言うならば、先ほどサクヤが行った、私に対する脅迫は、干渉にはならないのだろうか。


 あと、日本政府の全面協力を求めるというのも矛盾している気がする。それについては、差し迫った脅威がそれだけ大きいということなのだろうか。


“だから……、先ほど、サクヤが行ったことは、許されるものではありません。封門委員会の一員として、私からもお詫び申し上げます。サクヤ……、あなたからも総理閣下にお詫びするのです……”


「ええーっ、いやだよぉ☆。シッキ-が悪いんじゃん」


“サクヤ……”


 駄々っ子を母親が叱るときのように、コケノの声は、サクヤに語りかける。


「チェッ、わかったよ……。シッキ-……、ごめん……」


 サクヤの謝罪の言葉は、後半が、消え入りそうなほど小さかった。


 つい、耳に手を当てて、「聞こえんなぁ」とでも言ってやりたかったが、この場でそんなことをして空気が読めない奴だと思われても困るので、思いとどまった。


 予期せぬ立場逆転の展開に、背筋が少しゾワゾワとする。


“不十分だとは思いますが、サクヤもこのように謝っております。どうか、先ほどの非礼をお許しください……”


「わ、わかりました。私も、慎重すぎるところがあったと反省しております」


“総理閣下、私達、封門委員会は、いとしい『あの方』の赤子たる、この国の民を愛しております。民を守るため、多くの血も流してきました。私たちは、愛する、この国の民の、民意を信じます……。この国の民が選んだ代表者たる、あなたを信じます……。だから……、ともに、この世界を守るために……、たたかい……ま……”


 ここで、テレパシーの声は途絶えた。


 見てみると、コケノと呼ばれる幼女は、再びスヤスヤと眠りの世界に戻っていた。


「コケノちゃん☆、無理して起きるから……」


「コケノ様は、1日に数分間しか起きていることができんのじゃ」


 老師が説明してくれるのだが、そもそもコケノという幼女が、どういう存在なのかがわからないので、それだけ説明されても、いまいち全体像を把握できない。


「総理閣下、コケノ様がさっき言っていたように、ワシら、封門委員会は、この国の民を愛しておる。愛する、この国の民を守るため……、ともに闘いましょうぞ……」


 老師は、そう言って、執務室を去って行った。


 他の封門委員会のメンバーや、官房副長官の木田も後に続く。




 執務室には、私と秘書だけが残された。


 私は、執務机のうえ、胸の前あたりで、両手を組み合わせながら、先ほどの封門委員会の面々とのやりとりを思い出していた。


「愛する、この国の民のため……か……」


 政治家を志した初めの頃には、そんなことを大真面目に、よく考えていたが、権力の椅子取りゲームに興じるうちに、すっかり忘れていた。


「総理、どうされたんですか? もしかして、封門委員会の方々に感化されたんですか?」


「いや……、そんなことは……」


「それにしても、総理、何か、変なニオイがしませんか?」


 そう言えば、先ほど、サクヤの念動力によって、空中で回された際に、ズボンを濡らしていたのだった……、忘れていた……。


「もしかして、そんな手を組んでカッコつけてるくせに、失禁しちゃったんですかぁ? シッキ-(笑)」


 私は、マジで、この30代後半の男性秘書をクビにしてやろうと思った。

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