76話 防衛省洗脳の皮算用
俺は、西園寺クリニックまで来て、今日1日のことを思い出していた。
吉松店長との打ち合わせ後、リストの残り5人を洗脳した。
それどころか、大量の男性信者を獲得することに成功したのである。
ナギの誘惑魔法が、大いに役に立ったのだ。
男性の比率が高そうな、雑踏を見つけては、男どもの心を鷲掴みにし、俺が待機している場所まで、ナギに付いてこさせてから、洗脳するという手法をとった。
以前は、交番まで行って、ちまちま、ひとりずつ洗脳していたけれど、今のナギならば、交番にいけば、何の抵抗もなく一発で全員、虜にできる。
まぁ、女性の警官がいた場合、少しだけ、追加の手間がかかるのだけど……。
正午から、午後8時頃まで、洗脳活動を行ったわけだが、活動をしながら思ったのは、適当に、地図で目に付いた場所、移動していて目に入った場所で洗脳するのではなく、エリートが集まる場所で洗脳を行った方が、効率が良いのではないか、ということだ。
今の洗脳能力なら、警察署や、自衛隊の駐屯地にいる人間を丸ごと洗脳できるのではないか。
なんだったら、市ヶ谷にある防衛省に乗り込んで、自衛隊の中枢を乗っ取ってしまうこともできるかもしれない。
日本国内で、最強の暴力装置は、自衛隊である。
自衛隊を乗っ取り、クーデターを起こさせるというのも有りかもしれない。
2・26事件みたいに、東京の中枢を占領させるのだ。
2・26事件は、青年将校が、天皇親政を望んで決起したのだったか。
今回のクーデターは、現体制の人材を残す必要がない。
交渉相手すら、必要ないのだ。
永田町にいる国会議員も、霞が関の官僚も、皆殺しにしてやろう。
今の日本が、希望のない、クソみたいな社会になった責任の一端は、コイツらにあるしな……。
建物も、人間も、全て灰燼に帰すのが良いだろう。
ああ、想像するだけでワクワクする。
ただし、そんなことが本当に可能だろうか。
メイド女学院の事務所スペースにあったパソコンで、防衛省の庁舎の面積について検索してみる。
防衛省の庁舎は、A棟、B棟、C1棟、C2棟、D棟、E1棟、E2棟の7つの建物で構成されている。
A棟を中心として、左右に3棟ずつ、鳥が翼を広げたかのように建物が連なっている。
真ん中に位置するA棟が、無線鉄塔を除外するなら、一番、高くて大きい建物ということになる。
A棟には、防衛省の内部部局や、統合幕僚監部、陸海空の幕僚監部が入っており、まさに自衛隊の中枢である。
このA棟だが、見ている高層ビル紹介サイトには、建築面積が6,798㎡とある。
もちろん、建物部分の敷地の形が、正方形ということはないだろうが、仮に、正方形だったとしたら、一辺の長さが約82mくらいということになる。
ついでに言うと、建物の高さが、約86mである。
面倒くさいので、一辺80mの立方体として体積を計算すると、80×80×80で、51万2,000㎥ということになる。
ナギの魔法の効力が及ぶ範囲を、ナギを中心とした、半径10mの球体だと考えると、その体積は、4/3×円周率×半径の3乗で、約4,200㎥くらいか。
何フロアか上にエレベーターで上がって、体積を最大にしても、全体の120分の1にも満たない空間にしか影響を及ぼすことができない。
A棟の、全ての部署を洗脳する必要はないので、統合幕僚監部や、陸海空の幕僚監部が入っているフロアをピンポイントで狙えば良いのかもしれないが、それでも、やはり建物が大きすぎる。
それに他に6棟も建物がある上、警務隊という、昔の軍隊で言うところの憲兵の部隊や、情報通信系の部隊も常駐している。
防衛省のサイトによると、約1万人が勤務できる施設が配置されている、とあるので人数も多過ぎる。
うん、最初から予想はしていたけれど、これは無理だな。
もし仮に、自衛隊中枢の乗っ取りに成功して、クーデターを起こさせたとしても、その後がグダグダになりそうだ。
占拠できるのは、首都のごく一部のエリアだけだ。
他の道府県はもちろんのこと、東京都内ですら、呼応してくれる者はいないだろう。
我が女神教は、今の時点では、ようやく信者400人を超えたくらいの、弱小も弱小、超弱小の組織なのだ。
こういうことを考えるのは、何万、何十万、何百万と、信者を増やしてからの話だな。
防衛省がダメなら、首相官邸はどうだろうかと考えてみたが、90m×50m、高さ35mで、やはりこれも、ちょっと大きい。
それに、総理大臣を洗脳したいのであれば、わざわざ首相官邸にいる時を狙う必要はない。
議員会館内の事務所に向けて移動している時や、地元選挙区の事務所に戻っている時、何かのイベントで挨拶している時を狙えば良いのだ。
首相官邸にいる時より、ずっと手薄である。
意外と、これは簡単に成功しそうな気がする。
確か、今の総理大臣は、式田丈雄と言ったっけ。
「慎重に検討する」とばかり言って、何もしないことから、国民からは、あまり支持されていない男だ。
式田を洗脳するのは良いかもしれない。
ただし、政権与党・民自党の、党内のパワーバランスによって、その椅子に座っているだけの男であり、議院内閣制の性質上、大統領みたいに独裁的な力を振るえるわけでもない。
あと、よく考えてみたら、総理大臣って、偉すぎて、使い勝手が悪そうなんだよな。
指示が、下達されるまでのラインが長すぎるのだ。
警察署長とか、自衛隊の駐屯地の司令とかの方が、命令を出した者から、実行する者までのステップが少なく、使い勝手が良さそうである。
もう一つ、考えなければならないことが、政府が、魔法使いの存在を把握して、その対策をとっていないかどうかということだ。
山菱会の会長、岡田龍雄は、自身が魔法使いということもあるだろうが、魔法使いの存在を把握しているようだった。
日本政府が把握していないなんてことがあるのだろうか。
いきなり、式田を洗脳しようとするのは危険かもしれない。
総理の洗脳については「慎重に検討」してからにしよう。




