74話 誘惑>洗脳
俺は、メイド女学院の事務所スペースで吉松店長と、今後、魔法使いを増やしていくための計画を話し合っていた。
「そう言えば、ナギちゃんは、どんな魔法を使えるようになったんですかい?」
ナギの魔法の内容について、吉松店長に話していなかったな。
「ナギ、店長に、体験させてやれ……」
「わかったっちば……」
一瞬、静寂が訪れる。
「えっ? これから、何か始まるんですかい?」
店長が疑問を口にした瞬間、ナギが店長に向けて、軽く左目でウィンクした。
すると、ハッキリとわかる形で、店長の両方の黒目に、ピンク色の♡マークが浮かび上がってきた。
「なぎちゃま……」
店長が、口からだらしなくヨダレを垂らしながら、蕩けたような表情で、ナギの方をジッと見ている。
なんだか、とても漫画的だ。
そうだ。試してみたいことがあったのだ。
「吉松店長、教祖命令です。ナギの頭にチョップしてください」
「えっ、なんで?」
ナギが驚いた表情で、俺の方を見る。
店長は、まるで壊れたロボットのように上半身をガクガクと痙攣させて、その場から動こうとしない。
どうも、相反する命令がせめぎ合っているようだ。
一向に、ナギの頭にチョップを入れる気配はない。
「うーん、そうか……。それなら、これはどうだろう?」
俺は、店長の方に近付き、右手で頭を触ってみた。
光は目で、音は耳で、刺激を受け取るわけだが、どうも人間には、どこかに魔力を感じ取ることができる部分があるらしい。
いや、もしかしたら、これは人間に限らないのかもしれない。
動物や植物、山や海、風の流れ、炎の揺らめき、といった自然環境にさえ、どこかに魔力を感じ取ることができる感覚器官のようなものが存在している可能性がある。
目や耳のような、ハッキリとした体の一部として存在しているわけではなさそうだが、確かに、どこかで魔力を受容しているのを感じる。
もしかしたら、この魔力を受容している部分こそ、魂とでも呼べるモノなのかもしれない。
目に見えないので、今の吉松店長が、どこで魔力を受け取っているのか、特定できないが、現在進行形で、ナギの魔力を浴びて、意識を変質させられている部分があることは、右手から感じ取ることができた。
俺は右手から、その見えない、変質を受けている部分に、魔力を流し込むことで、ナギから受け取っている魔力を強引に上書きしてみることにした。
吉松店長は、無表情のまま、すっと動き出したかと思うと、素早くナギの前に立ち、ビシッとナギの頭にチョップを叩きこんだ。
「ちょっと~、大ちゃん教祖様。痛いっちば~」
ナギが涙目になって、両手でチョップを入れられたところを押さえながら、抗議してくる。
「ごめんごめん。俺の洗脳と、ナギの誘惑、どちらが優先されるか、試してみたかったんだ」
結果としては、ナギの誘惑の方が、俺の洗脳を上回るということがわかった。
俺の洗脳魔法は、どれだけ離れていても、ずっと効果が持続するのに対して、ナギの誘惑魔法は、ナギの半径10m、ナギの放出する魔力が届く範囲にしか効果がない。
短距離パワー型で、射程距離が短いが、そのかわりに強力ということなのだろう。
ただし、直接、右手で頭に触れることができれば、誘惑魔法に対して、洗脳をさらに上書きすることはできる。
もし、敵に、ナギと同じような誘惑魔法を使う人間がいた場合、信者は、誘惑されてしまうということになる。
俺の洗脳魔法には、後から、かけられた誘惑魔法を防ぐ程の強さはない。
これは、かなり大きな問題だぞ。
今まで、信者の絶対服従を疑ってこなかったけれど、場合によっては、誘惑など、何らかの効果魔法を受けた信者が、一時的にせよ、敵側に寝返る可能性もゼロではないということだ。
何か定期的に、信者が裏切っていないかどうかを確認する方法を考えないといけないな。
これも課題のひとつだな。
「ナギ、もう店長にかけている魔法を解いてやれ……」
「わかったちば……」
店長が、黒目に浮かべていたピンク色のハートマークがスッと消えて、正気に戻る。
「はっ……、わしは何を……」
「吉松店長、これがナギの誘惑魔法です」
「なかなかに、恐ろしい効力を持った魔法ですな」
「吉松店長、ナギにメロメロだったっちば……」
そう言えば、アン〇ンマンに相手をメロメロにするパンチを放つ、キャラクターがいたな。
いかん、こんなことを考えている場合ではない。
俺には時間がないのだ。歩みを前に進めなければならない。
「そう言えば、吉松店長。前にリストアップした35名の客のリストの中で、まだ洗脳が完了していないのは何人でしたっけ?」
「既に30人は洗脳完了しているので、あと5人ですな」
そうか、もう一息だな。残りの5人をさっさと洗脳してしまおう。
「吉松店長、確か、明日は日曜日だったと思います。残りの5人を今日中に洗脳して、明日の夕方、女神教の第1回の幹部会議を開催したいと思います」
「会議を開くんですかい?」
「そうです。参加予定者の名簿は、店長にお渡ししますので、細かい開始時間の設定、メンバーとの調整、会場のセッティング・準備等は、店長にお任せします。今、我々には、取り組むべき課題が山積しています。3人寄れば文殊の知恵と言いますし、信者たちの知恵を借りたい」
急な会議開催だが、俺には時間がないのだ。吉松店長に頑張ってもらおう。
信者は俺の命令を優先するので、欠席者はいないだろう。
大事な予定や家族サービスをキャンセルすることになる人間はいるかもしれないが……。




