70話 朝チュンと包丁ババア
目覚めると、俺は全裸だった。
裸のナギを抱きしめたまま、眠ってしまったようだ。
ナギの脱ぎ捨てたメイド服や下着が、ベッドのすぐ近くに落ちている。
朝の適度な冷気が、俺の体をなでる。
ズボンやパンツ、靴下といった衣類は、人間をしばる鎖だ。
服を着ることで、人間は、人間らしくあることを強要される。
俺は、そんな鎖をはずし、自由を味わっていた。
全裸で寝ることが、こんなに気持ち良かっただなんて……。
手の指が……、脚が……、股間が……、アンテナとなって、ナギの肉の質感をとらえている。
俺のアソコが再び、固くなりかけていた。
ピクピクと動き出す。
別に、そんなもので起こすつもりはなかったのだが、ナギが寝ぼけ眼で、目を覚ましたようだ。
「ううん……、大ちゃん教祖様……?」
「ナギ、おはよう」
俺は、ナギにやさしく声をかける。
アソコで軽くノックして、起こしておきながら、やさしく「おはよう」も何もあったものではないものだ。
「昨日は、お楽しみだったちば……」
ナギの面白がるような目が、俺を見据えていた。
これはツッコミ待ちで、わざと、ふざけて言っているのだろうか?
「そのセリフって……、宿屋の主人が言うセリフじゃないのか? 一緒に寝た女が言うセリフじゃないだろう……」
「ふふふっ」
ナギは楽しそうに笑いながら、右手で、俺のアソコをキュッと握ってくる。
「大ちゃん教祖様、今朝も元気っちば、あと1回は、いけそうっちば……」
時計を見ると、時刻はもう、11時を過ぎていた。
いかんいかん、こんな退廃的な生活を送っていては、ダメ人間になってしまう。
「ナギ、ダメだ。もうメイド女学院に行かないと……。これ以上、気持ち良いことに、流されていたら、どこまでも堕落してしまう……」
「大ちゃん教祖様、気持ちよかったと? ナギも気持ちよかった~♡」
だから、そういう話をしているのではない。
「あと1回」とねだってくるナギを振り切って、出勤する準備を行う。
パンにソーセージ、目玉焼きという、オーソドックスな朝食をとってから、身支度を整える。
なおも腕を回し、引っ付いてきて、イチャイチャしようとしてくるナギと一緒に、エレベーターを降りて、マンションの玄関を出た。
ナギのマンションは、玄関の前に、ちょっとした花や樹が植えられていて、入居者に緑の安らぎを提供している。
そこでは、灰色の作業着を着た、60台前半くらいの、メガネをかけた白髪の男性が、竹ぼうきで落ち葉をかき集めていた。
このマンションの管理人さんだろうか。
もう12時前だものな。そりゃ、管理人さんも出勤して、仕事をしていて当然か。
ただ、ひとつ気になったことがある。
玄関を出た直後から、ずっと、管理人さんが、俺たちの方をじっと見てくるのだ。
俺たちに、何か、おかしいところがあるのだろうか?
管理人さんの視線を観察していると、どうやら見ているのは、俺ではなくナギのようだ。
「管理人さんの様子がおかしいっちば……」
ナギも異変に気付いたようだ。
ただ今のところ、管理人さんからは、3m近く距離があるし、熱い視線を送ってくるだけで害もなさそうなので、やり過ごすことにした。
そのままマンションを出て、角を曲がり、大きな道に出ようとしたら、60歳くらいの、中年女性が左手に紙袋を持ったまま、直立の姿勢で、立っているのが見えた。
何時間前から、ここに立っているのだろうか。
幽霊のような、不気味な女だった。
肩ぐらいまである白い髪は乱れ、生気が抜けたような表情で、じっと、その場に佇んでいた。
「あの……、大丈夫ですか? 何かあったんですか?」
心配になって、つい、声をかけてしまった。
「あんたが……、天宮ナギって子かい……?」
女は、俺の質問を無視し、蚊の鳴くような弱々しい声で、ナギに聞いてきた。
「えっ……」
ナギは、状況がよく理解できず、答えに窮しているようだ。
「あんたが、天宮ナギなのかって聞いてんだよ!!」
女は突然、怒鳴り出した。
「お前が、天宮ナギなんだろう!! 私は知ってるんだよ!!」
中年女性は、左手に持っていた紙袋から、刃渡り20cmはあろうかという牛刀包丁をとりだした。
「あの子は……、あんたとの結婚を楽しみにしていたのに……、よくも……、よくも……、私の、カワイイゆずるちゃんを……、あんな優しい子を……」
中年女は、こみ上げてくる感情を押さえきれず、今にも泣きだしそうな顔をしている。
「死ね!! 死んで、償え!!」
そう叫びながら、中年女は、ナギめがけて、ブンブンと包丁を振り回しはじめた。
「し、知らないっちば……」
ナギは、俺の腕をふりほどくと、意外なほど、俊敏な動作で、包丁をかわす。
ナギも必死だな。と言うか、ナギ、こんなに素早く動けたんだな。
まぁ、日頃から、コイツ、ぶりっ子の演技してるからな。
「知らないだと……、ふざけんじゃねぇ!!」
中年女は、鬼のような形相を見せながら、すさまじい気迫で襲いかかってくる。
あまりの勢いに、気圧されて、ナギは尻もちをついてしまった。
「これで終わりだな。クソ女……」
そう言いながら、中年女が、牛刀包丁を振り下ろそうとした瞬間、横やりが入った。
ナギと包丁との間に、竹ぼうきが割って入ってきたのだ。
竹ぼうきを差し込んできたのは、先ほどまで、ナギをじっと凝視していた管理人さんだった。
「大丈夫ですか? ナギ様……」
管理人さんは、まるでナギの騎士のようであった。




