62話 泣いて馬謖を斬らせないで
2時間後、MAP上の光点から判断すると、いまだに外道会館では、大勢の警察官や救急隊員があたただしく行き来しているようだ。
ずっと停止していて、気を失っていると思われた、晴海忠の光点が、ようやく動き出した
動きが止まる直前と変わらず、移動速度は遅い。
俺は、拠点であるメイド女学院の事務所を離れ、ハイエースに乗って、港区にある外道会館に向けて移動を開始した。
時刻は、まもなく24時を過ぎて、日付が変わろうとしていた。
晴海忠については、直接、姿を確認していないこともあって、不確かなことが多い。
移動速度が遅いので、負傷しているだろうという予想をしているが、この予想とて、当たっているとは限らないのだ。
別の何らかの理由で、ゆっくり歩いている可能性も0ではない。
おそらく、晴海忠は、銃を持っているだろう。
もし負傷していないのであれば、俊敏に動き回れる、銃を持った透明人間を相手にせねばならず、かなり厄介だ。危険でもある。
だから、俺は、晴海忠の捕獲に立ち会わないことにした。
過去に、交番で警察官を洗脳しようとした時、対象の警察官が危ない奴で、あやうく射殺されかけたことがある。
あれは、我ながら無防備すぎたなと反省している。
自分の予想を過信していた点も良くなかった。
十数年にもわたり、自尊心を踏みつけにされるような人生を過ごしてきたことで、俺は、他の人間にくらべて、命に対する執着心がうすい。
それどころか、自分の人生を投げ捨ててやりたいと考えたことも、何百回、下手をすれば何千回とあったくらいだ。
電車が入ってくる直前に、駅のホームから飛び降りたら、楽に死ねるだろうか?
赤信号のタイミングで、横から走ってくるトラックの前に、飛び出したら、このクソみたいな人生を終わりにできるだろうか?
こういったことを何千回、考えてきただろう。
そういう感覚を引きずっていたので、びっくりするくらい無防備だったのだ。
しかし、そんなことではいけない。
この世界をゲームに例えるならば、宝くじに当たったくらいの幸運によって、俺は“クソ雑魚モブ”から、世界を変え得る“プレイヤー”になることができたのだ。
“クソ雑魚モブ”には、資源もなければ、選択肢もない。
一方、“プレイヤー”には、資源もあれば、力もある。自分の判断・決定しだいで、世界を変えることができるし、その未来には、様々な選択肢・展開が広がっている。
だからゲームをしていても、メチャクチャ面白い。
“クソ雑魚モブ”からは、抜きんでた存在なので、自尊心や承認欲求も満たされる。
自らの油断によって、こんな面白いゲームから簡単におりるようなことがあってはならない。
命を、もっと惜しまなければならないのだ。
だから、晴海忠の捕獲には立ち会わない。
警察官の信者など、比較的、体格の良い信者を選抜して、捕獲チームをつくったので、彼らにやってもらおう。
捕獲チームは、アルファードとランドクルーザーに分乗して、俺の乗っているハイエースとともに外道会館に向かっている。
ちなみに捕獲チームのリーダーには、寺田くんを任命した。
彼は別に、体格が良いわけではない。むしろ、色白でひょろっとしている。
若いし、将来的には、わからないが、少なくとも、今の時点では、リーダーの器というわけでもない。
それでも、なぜ彼をリーダーにしたのかと言うと、彼ならば、何度か、会話のやりとりをしているし、気心が知れているからだ。
洗脳するとき、その人間の過去の記憶を、覗き見ることができる。
だから、その人間が、信じられる人間かどうか、頼りになる人間かどうか、ということはある程度、わかるのだけど、覗き見た記憶というのは、どうも映画を見ているような感覚で、生の実感に乏しいのだ。
その点、寺田くんは、コンビニ洗脳ミッションや、聖哉の洗脳にも同行しているし、今まで、会話する機会も多かった。その他の大勢の信者と比べて“顔”が見える。
歴史上の人物について話した時に、彼がどんなリアクションをするのか、ちょっとだけ楽しみにしている俺がいる。
彼を“かわいい”と思っているし、気に入っているからリーダーに任命したのだ。
もちろん、信者の中には、他に、もっと有能な人間もいるだろう。
特にリストアップして洗脳した、最近の信者は、社会的な肩書きを見る限りでは、初期の信者よりも有能なはずである。
そういう信者については、機会を与え、頭角を現して“顔”が見えてきた時点で、重用すれば良いと俺は考えている。
「寺田くん、君をリーダーに任命したんだから、『泣いて馬謖を斬る』ような真似はさせないでくれよ」
メイド女学院を出立する前、俺は、リーダーである寺田くんに声をかけた。
「教祖様、バショク、ですか……? バショウのことですか? 松尾芭蕉って、斬られたんですか?」
何を言っとるんじゃ、お前は。
寺田くんは相変わらずトンチンカンなことを言う。
俺は、黙って、首を左右に振った。
「えっ、違うんですか? じゃあ、バフン……、馬糞のことですか?」
何でやねん。バショウよりも、離れとるやないか。
おそらく“バショク”というワードに、馴染みがないから、知っている言葉への置き換えが行われているのだろう。
「違うよ。バショクは、三国時代の武将の名前で、『泣いて馬謖を斬る』は、意味としては、たとえ、お気に入りの部下でも、命令違反をして失敗したら、規律を正すために処断する、みたいな意味かな……」
「ええっ、ぼくって、教祖様の、“お気に入り”の部下だったんですか……」
単に、失敗するんじゃねぇぞ、ということを言いたかっただけなのだが、本旨とは関係のないところに反応して、感激してくれているようだ。
女顔の大きな瞳をウルウルさせている。
「ぼく、がんばります!!」
うむ、がんばってくれ。
寺田くんが、お気に入りの部下であることは、まぎれもない事実である。
ただ、重要な役をまかせるということは、それだけ危険にも晒しているということでもあるのだが……。
車に揺られながら、そんなことを思い出していたら、車列は、晴海忠がいる地点に近づいてきた。




