58話 ヘルメットをかぶった教祖様
前方に5人、後方にも5人、オレは挟み撃ちされてしまった。
「あのう……、晴海忠さん? 聞こえていますよね? いたら、まずは姿を、あらわしてもらえませんか?」
リーダー格と思わしき、小柄な20代くらいの女顔の男が、オレの反応を待っている。
さて、どうしたものか。
特殊能力によって、今のオレは、体が透明になり、臭いも、音も消えている。ぶつかりでもしない限り、奴らが、オレの位置を察知することはできないだろう。
このまま、そろっと、奴らの間を縫って、逃げ出そうか。
しかし、もう負傷してフラフラなのだ。速いスピードで走ることはできない。
「あの……、教祖様、本当に透明人間なんて、いるんですか? いなかったら、今のぼくら、めちゃくちゃ、マヌケなんですけど……。え? 間違いない? それに教祖と呼ぶな、と?」
小柄な男は、携帯のワイヤレスマイクで話している相手を“教祖”と呼んでいるらしい。それに電話相手の人物は、オレの能力についてもある程度、把握しているようだ。
本当、何者なんだよ、コイツら。
「ねぇ、晴海忠さん。ぼくたちは、あなたの味方なんですよ。治療もしてあげるって言ってるじゃないですか。はやく出てきて、くださいよ」
小柄な男が繰り返し、オレに語りかけてくる。
体はボロボロで、手当てを受けるべき医療機関の当てもない。
痛みはあるし、歩くのだけでもしんどい。
何もかもが面倒になってきた。
弱った心が、コイツらと話をしてみても、良いのではないかと、ささやく。
いや、ダメだ。わからないことが多すぎる。
賭けをすることはできない。賭けに負ければ、命を失ってしまう。
今はまだ、命を失うわけにはいかないのだ。
あと1人、殺さなければならない人間がいる。
奴を殺すまでは死ねない。
だから、オレは力をふりしぼって、駆け出すことにした。
といっても、負傷した左脚を引きずりながらなので、早歩きしているような感じにしかならないのだが……。
前方にいた2人の、ごつい体格の男の間に空いていた、かろうじて人間が1人、通れそうなくらいのスペースを縫うようにして進み、ゆっくりと抜けていく。
「えっ、透明人間が、逃げ出そうと移動を開始した? どのへんにいるんですか?」
相変わらず、小柄な男は、ワイヤレスマイクで“教祖”と話しているようだ。
ぼんやりとした奴である。
「場所を、うまく説明できる自信がない?」
あわてた様子の小柄な男を尻目に、オレは歩みを進める。
少しでもはやく、コイツらから距離をとりたい。
急ぎ気味に進んでいると、今度は、前方から、ハイエースが猛スピードで路地に入ってくるのが見えた。
ハイエースは、進路を阻むように、オレの前方5mのところで、横付けされた。
中から、誰かがおりてくるようである。
オレは、懐にしまっていた銃に手を置いて、身構える。
中から、最初におりてきたのは、身長は2mあろうかという筋肉隆々の黒人だった。右目に眼帯をしており、右手にボーガンを握っている。
そして、次におりてきたのは、頭にフェイスシールド付きの黒い防弾ヘルメットをかぶり、胴体には黒い防弾チョッキを着た、まるで機動隊員みたいな恰好をした、身長180cmくらいの男だ。
男は猫背気味の姿勢で、両手で握ったピンク色のスマートフォンを、のぞきこんでいる。
機動隊員みたいな恰好の男が車からおりてきた直後、オレが後方に置き去りにしてきた、男たちが、あわてて、こちらの方に駆け寄ってきた。
口々に「教祖様!!」と叫んでいる。
まさか、この機動隊員みたいな恰好をしたチキン野郎が教祖なのか?
「このスマホを信じるなら……、俺の真ん前、5mのところに“練習1号”がいるはずなんだけどな……」
教祖と呼ばれた男は、何度も、スマホと、オレのいる方を見比べながら、ブツブツ話している。
ただし、奴にはオレの姿が見えないらしく、頭を上げている時は、オレを通り越して、遠方を見ているような感じだ。
「あのう、晴海忠さん。あなたが山菱会会長の暗殺未遂事件を起こした、晴海忠さんだということは調べがついているんです。それに俺には、あなたの位置もわかりますよ。観念して姿をあらわしていただけませんか?」
オレが立っているところとは、少しずれた場所を見つめながら、教祖らしき男が話しかけてくる。
気が付くと、後ろに置き去りにしてきた、10人の男たちが、素早く走ってきて、追い付いていた。オレの周りを円形に囲っている。
今度はピンポイントで、オレのいる場所を囲むように立っているので、人が通れるほどのスキマもない。
もう逃げられないか……。
最後に大暴れしてもいいが、数人は射殺できても、押さえつけられそうだな。
それなら、こいつらが本当に味方である可能性に賭けた方が良いのか……。
観念して、透明ステルス状態を解除することにした。これで姿は見えるようになるし、体臭や、動作するときの音も聞こえるようになる。
悪臭というのは、臭いを放っている本人は無自覚なものだ。オレは気づいていないが、体からは鼻が、ひん曲がるような体臭がしていたのだろう。
あと、出血し、外垣の返り血をあびている、オレの見てくれも、ひどいものだったのかもしれない。
ステルスを解除した途端、オレの周りにいた12人の男たちが、ひとりの例外もなくギョッとした驚きの表情を浮かべた。
「もう疲れたし、観念することにしたよ。ただ、ひとつだけ教えてもらえないか? アンタたちは何者なんだ? 特にオレの目の前にいる機動隊員みたいな恰好したアンタ。アンタは教祖なんだろう?」
オレが質問すると、教祖が答えた。
「一気にうさんくさくなるので、教祖という肩書きは隠したかったのですが、今回も失敗しましたね。もう良いでしょう。素直に話しますよ。俺たちは女神教です。あなたも我々の仲間になりませんか?」
女神教……、どこかで聞いたことがある名前だ……。




