56話 宴会ホールからの脱出
外道会の会長、外垣道重は、全身に銃弾を浴びて死亡した。
オレは、兄や義姉、姪の仇を討つことができたのだ。
しかし、とっさの判断で、外垣の巨体を盾にしたとは言え、オレも無傷とはいかなかった。
右の肩と脇腹、左脚の太ももに、銃弾を受けてしまった。
いずれも貫通しており、致命傷ではなかったが、全身に強い痛みを感じる。
出血も激しいようなので、早く手当をしなければならない。
オレは右の脇腹を手で押さえながら、たどたどしい足取りで、外垣のそばを離れることにした。
「会長!!」
護衛の2人が、あわてて倒れている外垣の死体に駆け寄る。
心臓の音を聞いたり、手首の脈をみたりしているようだ。どうやら本当に外垣が死亡したのかを確認しているらしい。
「亡くなっておられます……」
やがて護衛の1人が、首を左右に振ってから、神妙な口調で言った。
そりゃ、そうだろう。お前らがトドメを刺したのだ。
「会長ー!!」
さらに7、8人の幹部が叫びながら、外垣の死体に、まとわりつく。中には、コワモテの顔を、涙で濡らしてクシャクシャにしている者もいた。
やがて、外垣の死体にそばにいたひとり、ゴツイ体格をして、まるでスーツを着たゴリラが、サングラスをかけているかのような外見の幹部が、ズカズカとステージの上まであがって、正田の襟首を掴んで言った。
「てめぇ!! 正田ぁ!! 助かったかもしれないのに、なぜ、会長を巻き添えにした!!」
「何を言ってるんですか? 会長は頭を撃たれたんですよ。武山組長も、見ていたでしょう、あの出血量を……。あれでは助かりませんよ」
「会長は不死身なんだよ!! あの程度の銃撃じゃ、死なねぇ!! お前は外道会のトップの座が欲しくて、会長を殺したんだ!!」
「武山組長、今は、そんなことを言っている場合じゃないでしょう? 会長を撃った、透明人間の死亡がまだ確認されていません。奴が、まだ生きているかもしれないんですよ」
「グッ……、チクショウ!! 透明人間の野郎、どこにいやがる!!」
武山と呼ばれた幹部は、そう叫ぶと、正田の隣にあったマイクスタンドを両手で掴んで、真ん中でへし折った。動作まで、ゴリラみたいな奴だ。
「テメェら、絶対に透明人間を生きて返すな!! 死体を見つけろ!! まだ生きているようなら、見つけ出して、必ず殺すんだ!! 探せ、探せ!!」
武山が叫ぶと、宴会ホール内にいた、外道会の幹部と構成員が、いっせいにオレを探し始めた。
腕を前に出して、手を左右に動かしながら、周囲を探しまわっている。姿勢こそ低くはないが、メガネをかけている人が、メガネをなくした時に、するような動作だ。
「外垣会長のご遺体のまわりには、ヒットマンの死体らしきモノはありません!!」
警護の構成員が報告する。
「チクショウ、さっきの一斉射撃で、息の根を止めたんじゃねぇのかよ!!」
武山が苛立たしげに叫ぶ。
そんなことをしていて、オレを捕まえられるはずがない。
なぜなら、オレには、奴らの動きがハッキリと見えているからだ。よければ、良いだけの話だ。
しかし、この直後、オレは大きなミスを犯していることに気付いた。
血である。
体から流れでる血によって、大きな血だまりができていたのだ。
オレが体のまわりに、まとっている、透明ステルス化するオーラの範囲内であれば、血は見えないが、体から距離が生じれば、くっきり見えてしまう。
「ここに血だまりがあるぞ!!」
幹部のひとりが叫び、その周りに人が集まってくる。
やばい、血だまりは、ひとつだけではない。
血だまりができている位置関係から、今、オレがいる場所が特定されてしまうのも時間の問題だ。
こうとなったら、走るしかない。
正直に言えば、走りたくなかった。
いや、正確には、自分が、走れるのかどうかが、わからなかった。
とにかく全身が痛くてたまらないのだ。体中が、悲鳴をあげている。
しかし、無茶は承知で、途中で、体が壊れるのも覚悟したうえで、走るしかない。
オレは走った。
フォームも何もあったものではない、腕と脚を、必死で前後に動かし、少しでも速く、前に進もうとした。
しかし、フラつく体はなかなか前に進んでくれない。
体の部位を動かすたびに、さらに強烈な痛みが、オレの体を襲う。
「こっちにも血だまりがあるぞ、奴はこっちだ!!」
外道会の奴らが叫んでいる声が聞こえる。
「クッソ、透明人間の奴、どうすれば居場所が……。そうだ!! ミラーボールだ!! ミラーボールを使って、会場内を照らせば、透明化が間に合わず、奴の姿が浮き彫りになるはずだ!!」
武山がアイデアを閃いたようである。
「ミラーボールだ!! ミラーボールをつけろ!!」
武山の指示を受けて、さっそく構成員たちが、あわただしく動き、機器を操作する。
オレは、透明ステルス化が、どういう仕組みで行われているのかを理解していない。
もしかして、これはピンチなのか? ヤバイのか?
よく、わからないまま、オレは焦った。
「バカ!! 武山、やめろ!!」
正田が止めようとしたが、間に合わなかった。
ホール内が暗くなり、天井に設置された、何台ものミラーボールから、赤、緑、青、黄色、色とりどりの光線が走る。
万事休す、これでオレの体の輪郭が見えてしまうのか、とあきらめかけた。
しかし、実際には、オレのステルス透明状態が、解かれることはなかった。
カメレオンのように、後から周囲にあわせて色を変えているわけではなかったようである。
どうやら、オレの体にあたる光を屈折させて、オレがいなかった場合の、光の進路を再現して、まるで、オレがそこにいないかのように見せているらしい。
だから、ミラーボールをつけたところで、ステルス透明化した状態は何も変わらない。
いや、それどころか、ホール内が暗くなって、色とりどりの目ざわりな光線が走ってくれているおかげで逃げやすくなった。
宴会ホール以外の場所にいた、応援の構成員たちが、手に銃をもって、あわてて入口から宴会ホールに入ってくるのが見えた。
オレは奴らを、フラフラしながらも、かろうじて、かわす。
敵の失敗に助けられ、オレは何とか、宴会ホールから抜け出すことができた。
ようやく、少し余裕ができたので、ヤクザの首を2つくるんでいた風呂敷を、一番、出血のひどかった左脚の太ももに巻く。
右の肩と脇腹の血は、服がある程度、吸い取ってくれるし、体から、完全に滴り落ちるまでに、ある程度、血の落ち方をコントロールすることができる。
しかし、左の太ももは、そうもいかない。だから、左太ももの止血を優先した。
オレは体にムチ打ちながら、フラフラした状態で走り続けた。
そして、ついに外道会館の入口、鉄製のゲートのところまでたどりつくことができた。
しかし、鉄製のゲートは、かたく閉ざされており、見張りの構成員も3人、立っている。
ゲートの両側には、上に鉄製の棘が乗っかった、高い壁が続いているが、それを乗り越える体力と気力は、もう残されていない。
せめて、少しでも目立たないところへ移動しなければ……。
オレは外道会館の、庭の方に、脚をひきずりながら移動する。
そして、そこにあった芝生で大の字になって、あおむけに倒れた。
奴らも血眼になって、オレを探している。ここでは、見つかって、殺されてしまうかもしれない。
しかし、もう体が動かない……。
オレはそのまま意識を失ってしまった……。
意識を失ってから何時間が経過したのだろう。
まだ体はステルス透明化したままだし、外道会の奴らにも捕まっていないようだ。
芝生から体を起き上がらせて、左脚をひきずりながら鉄製のゲートまで行く。
そこで目にしたのは、あわただしく行き交う、警察官や鑑識、救急隊員……、そして地面にちらばった無数の人間の、血と肉片だった。




