5話 送迎ドライバー 稲田義男の洗脳
《天宮ナギの洗脳から4日後の状況》
◆主ミッション(達成までの期限、あと86日)
【1】信者数を増やし、信者の合計魔力値が1,000万を達成する。
信者数:98人 (2→98人に増加)
達成状況:10万485/1,000万 (魔力値が485増加)
【2】異世界(並行世界)を呼び出す器となる召喚魔法使いを見つける。
達成状況:未達成!!
◆下位ミッション
洗脳魔法を使い、信者数100名に到達する。 ≪進行中≫
達成状況:98/100
「大ちゃん教祖様♡、起きてっち!!」
変な方言を使う、猫耳メイド服を着た女が目の前にいる。ニコニコした笑顔で、布団をひっぺがして、俺を起こそうとしてくる。
俺がいるのは天宮ナギの部屋だ。
別にナギは、日常生活を猫耳メイド服で過ごすような変わり者ではない。俺が猫耳メイドの姿で過ごすように命じたから、そうしているだけだ。
最初の洗脳を行ってから4日が経過した。
今、俺はナギが家賃を払っている部屋で、ナギに食事をつくってもらって生活している。
なぜ、そんな状態になっているのか? 理由は簡単だ。俺が昔から、そういう生活に憧れていたからだ。
洗脳魔法を使えなければ、こんなシチュエーションは絶対に起こり得なかっただろう。
一緒に生活してみて、わかったことだが、ナギは意外と料理がうまい。和洋中、様々な料理が作れるし、栄養バランスも、考えられているようだ。もしかしたら、逃げられた元彼においしい手料理をふるまおうと料理の勉強をしていた時期があるのかもしれない。
今までの俺の食生活は、働いているコンビニから入手した、廃棄予定の唐揚げ弁当なんかがメニューの中心だった。
俺が幼った頃に比べれば、最近のコンビニ弁当は、はるかにおいしくなっている。それほど悪いとは思わないのだけど、毎日そればかりだと飽きるし、栄養バランスも偏ってしまう。
ナギの料理を食べるようになってから、食生活の質は劇的に改善した。少し健康になったような気もする。
ナギの借金についてだが、収支のバランスを見てみると、どうも完済できないのは、浪費癖のためのようだ。
ナギのマンションに来た時に、真っ先に目に入ったのは、大量の服・バッグ・靴だった。収納スペースに入りきらなかった一部は、無造作に床に転がっているような状態だった。
どうもナギは欲しい物があったら、後先考えずに何でも衝動的に買ってしまうところがあるらしい。
浪費癖と言えば、俺から言わせれば、このマンションもあり得ない。
五反田駅から徒歩5分圏内にある、30階建てマンションの21階、3LDKの部屋にナギは住んでいる。
一部屋は飼っているネコ専用の部屋になっているようだけど、それにしても、一人暮らしで、こんな広いスペースが要るのだろうか。掃除が大変ではないか。
家賃は月37万円。俺が住んでいた足立区にある築50年のぼろいワンルームアパートの約10倍だ。
いや、これは単純に俺が貧乏すぎるだけか。自分の物差しを絶対視するべきではないな。家賃は高いが、ナギは収入も多いのだ。
ちなみに、これが女神スマホに表示されるナギのステータスである。
信者No.00000002
名前:天宮 ナギ(本名 平井 渚)
年齢:23
職業:デリヘル嬢(ムチムチ猫耳メイド女学院 店員)、ヒラ信者
知力:31
体力:48
腕力:42
耐久力:30
俊敏性:52
外見:90
人間的魅力:62
経済力:年収2,000万円、借金1,500万円
魔力:10pt
魔法:特になし
特技:田舎娘を装い、相手の心の隙に付け入る。
常連客、約50人を意のままに操り、設定した誕生月にはブランド品を貢がせることができる。
(※この特技は魔法ではない)
店のホームページでは年齢が21歳となっていたが、少しだけサバを読んでいたようだ。
あと、知力は31と低い。
しかし、たくさんの男をその気にさせて、貢がせてきた女だ。そのような芸当をこなすには、話術や人心掌握術が必要なはずだ。バカでは、そういうことはできない気がする。
この数値には、そういう能力は反映されていないのだろうか。それとも人間的魅力の方に含まれているのか。
年収は2,000万と多い。後から、わかったことだが、この年収には何人かの、金銭感覚が壊れた太客からのチップが含まれているためだ。
魔力値については、一般的には5~10と聞いているので、高い方と言える。
試しに洗脳を行ってみて、気付いたことだが、洗脳魔法を使うことで、俺の魔力値は少しだけ減るようだ。ナギの洗脳の直後、魔力値が9万9,996ポイントになっていた。これはナギと、もう一人を洗脳して、合計4、魔力値が減ったためである。
話をナギの洗脳直後に、さかのぼろう。
ナギが気を失ってから70分後、まだスヤスヤと眠っているようなので、俺はビンタをして、ナギを起こした。
「大ちゃん……?」
ナギが不思議そうな顔で俺の方を見ている。
「俺はもはや“大ちゃん”ではない。“大ちゃん教祖様”と呼ぶのだ」
我ながら変な呼び名だとは思う。
しかし、ただの“教祖様”だと肩書に過ぎないし、何だか寂しい気がしたのだ。
ジャンルが誕生した初期のギャルゲーで、自分の名前がニックネームで呼ばれた時の、あの“ときめき”を忘れたくなかったのかもしれない。
俺はナギに電話をして、待機していた車のドライバーを部屋に呼び出させた。
ドライバーは“稲田さん”という62歳のおっちゃんだ。ナギが言うには、余計なことは話さず、適度に聞き役にも回れる人らしい。時間通りに女の子の体を運んでくれるし、割と優秀な老ドライバーのようだ。
「ナギちゃん、どうしたんだい?」
おっとり刀で駆け付けた、稲田さんの額に右手を押し当てる。右手が黄金に輝く。
「め、めがみさま……」
稲田さんは、そう一言こぼすと、白目をむいて、へたりこんでしまった。
これで2人目の洗脳完了。
その瞬間、ポケットに入れていた女神スマホからアナウンス音声が流れた。
「【下位ミッション:洗脳魔法を使い、信者数100名に到達する】が発生しました」
こうして、二つ目の下位ミッションが発生した。