46話 光学迷彩マン
1カ月前、日本最大の暴力団、山菱会の会長を狙撃したオレは、それ以来、逃亡生活を続けていた。
当初は、所属する組織、大日本正忠団による支援もあったが、1カ月の間に正忠団の組織は全滅させられてしまった。
隠れ家のマンションも、正忠団のメンバーが消されはじめた頃に、引き払うことにした。
オレが潜伏しているマンションの場所を知っているのは、正忠団の中でも、ごく一部の忠誠心の高いメンバーだけだった。
しかし、それでも、彼らが拷問によって、隠れ家の場所を吐かないという保証はどこにもなかったからだ。
彼ら本人は、拷問に耐えうるかもしれない。
しかし、愛する女や子供を人質にとられても、秘密を守り通すことができるだろうか。
山菱会は、目的のためならば、女子供を人質にすることも、いとわない組織だ。
特に悪名高いのが、外道会という2次団体だ。
山菱会のナンバー2で、切込隊長とも呼ばれている、副会長の外垣道重が率いる組織だ。
イケイケの武闘派組織で、名前の通り、道に外れたことを数多く行ってきており、いくつもの伝説を残している。
山菱会の中でも、汚れ仕事担当の組織だ。
今回の件で、オレの兄や義姉、姪の死体を加工したのも、おそらく外道会だろう。
会長の岡田は覇権主義者で、勢力拡大のために日本各地でドンパチを起こしたが、悪趣味なことを率先して行う人間ではない。
外道会が台頭しはじめてから、山菱会は一気に、残虐性を増したのだ。
奴らなら、むしろ、よろこんで女子供を人質にするだろう。
そのため、今、オレは世田谷区の、とある空き家に転がり込んで、息をひそめて生活している。
はるか遠く、北の北海道か、南の沖縄あたりに逃亡することも考えたが、それでは、身の安全は確保できるかもしれないが、目的を達成することができない。
今度こそ、会長の岡田龍雄を殺すのだ。
そして、兄や義姉、姪をあんな姿に変えた外垣道重、奴も許さない。
もうオレには家族も、帰るべき組織もないのだ。
この怒りがあるからこそ、オレはまだ、生きていることができる。
しかし、だからといって、岡田と外垣を殺害するための具体的な道筋が見えているわけではない。
1か月前に狙撃した時のように、奴らの行動予定を把握しているわけでもない。
仮に、予定を把握していたとしても、奴らは護衛にがっちりガードされている。
たったひとりで、護衛をかいくぐって奴らに銃弾をお見舞いするのは至難の技だろう。
それに、銃弾が消えた、あの秘密が解けなければ、何度、銃撃しても岡田は殺せない。
越えるべきハードルは多いが、解決するための、なんの答えも見いだせないまま、見つかって殺されないように、一日中、息をひそめて、空き家で生活する日々を送り続けていた。
オレが潜んでいる空き家には、電気も水道も通っていなかった。
電気が通っていないのは、まぁ、良い。
日が昇っている間に、室内で活動し、暗くなれば横になれば良いだけだ。
問題は水である。風呂に入れないし、トイレの大を流せないのだ。
特に大の方は深刻だ。
結局、オレは夕方以降、暗くなってから、一番近くにある公園のトイレまで行って、用を足すことにした。
最初は、もしかしたら山菱会の連中に見つかるのではないかと、ビクビクしながら、公園と空き家の間を、なるべく素早く往復していたが、十何回と同じことを繰り返すうちに、慣れてきてしまった。
いっこうに山菱会の連中に見つかる気配がないことも、オレを油断させた。
ある日、いつものように、公園の個室トイレで用を足して、出てくると、たまたま、そこに2人組の柄の悪い男がションベンをしていた。
1人は、スーツを着た、スキンヘッドの大柄な男、年齢は40代前半くらいだろうか。よく見たら、スーツの襟のところに、ひし形の真ん中に「外」という文字が入ったバッジを付けている。
こいつら、外道会だな。
もう1人は、Tシャツを着た20代後半くらいの若い男。両腕に入れ墨が入っている。
どちらもヤニくさい。
「なんや、くっさいホームレスのおっさんやのう」
スキンヘッドが、オレを見るなり、関西弁で言った。
「兄貴、こいつ、もしかして、アイツちゃいますか?」
気付いたのは、入れ墨の方だ。
「アイツぅ?」
スキンヘッドが聞き返す。
「岡田の親分を狙撃した奴ですわ。事務所で手配写真、配ってましたやん」
「ほぉ、言われてみたら、このおっさん、確かに晴海のガキにそっくりやな」
「あのう……、なんのことですか?」
あえてオレはしらばっくれた。
「ほぉ、何もわからんちゅうのかい。まぁ、ええわ。拉致って、事務所でゆっくりと話を聞かせてもらお……」
そう言いながら、スキンヘッドが、洗っていない手を伸ばしながら、オレの方に近寄ってくる。
「やめてください!! 警察を呼びますよ!!」
叫びながら、オレは一目散に走り出した。
後ろから、2人組が「まてぇー、コラーッ!!」と叫びながら追いかけてくる声が聞こえる。
ヤバイ、何とか逃げ切らなければ……。
焦って、路地の角を曲がろうとしたときである。
オレは大ポカをしてしまった。
脚がもつれて転倒してしまったのだ。
終わった……、これで捕まり、殺される……。
そう思ったが、外道会のヤクザ2人の反応は意外なものだった。
「晴海のガキャー、どこ行きやがったー」と叫びながら、オレの横を素通りしていったのだ。
オレは事態がよく理解できなかった。
自分の方を見てみると、オレの体は透明になっていた……。




