4話 天宮ナギの洗脳 その2
そろそろ本題にとりかからなければならない。
「ねぇ、ナギちゃん。ちょっと、こっちに座ってもらって良いかな?」
俺はベッドに腰かけると、右横のスペースを、ポンポンッと叩いて示しながら言った。
ナギがおとなしく俺の横に座る。
「大ちゃん、どうしたの?」
上目遣いで俺の方を見てくる。化粧と付けまつ毛の力もあるのだろうが、目が大きい。
「ナギちゃんの頭を、撫でさせてもらっても良いかな?」
「えっ、大ちゃんっち、私の頭を、なでなでしたいの?」
「そう、ナギがあまりにカワイイから、頭を撫でてみたいんだよ」
「ナギ、嬉しい~♡」
丸めた両手を、口の前あたりで合わせて感激するという、実に古風で、乙女らしい仕草で、感激の気持ちを表現してくれる。
こんな見ず知らずのおっさんに頭を撫でられて嬉しいわけねぇだろう。
いや、そんなことを考えるのは無粋というものか。これは、この子なりの接客業者としてのサービス精神のあらわれなのだ。事実、この子の本音がどうであれ、俺の顔は、少しだけニヤけていた。キモいな、俺。
「もちろん、いいよ♡」
そう言って、ナギは、俺が撫でやすいように、少しだけ頭を突き出してくれた。
俺はナギのおでこに右手を伸ばす。ナギのサラサラの髪を、俺の右手の指がすくような形になる。
頭を動かされたらまずいので、俺はナギの額をガッと掴んだ。
「えっ、何するの?!」
驚いたナギが、とっさに両手を俺の右手に伸ばす。
大丈夫だ。すぐに終わるからな。待っていろよ。
俺は、両目を閉じて、意識を右手に集中させる。
右手が黄金色に輝きだした。そして、右手を介して、ナギの過去の記憶が流れ込んできた。
天宮ナギ、本名は平井渚。
高校卒業まで奄美市で過ごす。母親はシングルマザーで風俗の仕事をしていた。
父親は事業に失敗してできた借金を、連帯保証人の母親に押し付けてから、女と浮気して、どこかへ消えた。
母親にかまってもらえず、孤独な子供時代を過ごす。学校には、まともに通っていない。
万引きなどの犯罪を行い、補導歴が多数。元ヤンキーだ。
10代後半の時に親とケンカをして、体ひとつで東京に出てきた。
誰からも、まともに愛されたことがないし、まともに人を愛したこともない。
東京に出てから、チャラいホスト風の男に恋をした。一緒に愛し合えるかもしれない、幸せになれるかもしれないと本気で考えた。夢を見ていた。
しかし、男の方は、ナギのことを田舎者のチョロイ金づるとしか見ていなかったようで、新しい女ができたら、簡単に捨てられた。
心を病んでいた時期があり、首吊り自殺を図ったこともあるが死ねなかった。
今は男に貢いでいた時の借金を返すために風俗の仕事をしている。訛り言葉を使って、田舎娘を装い、うぶなオタクの客をその気にさせれば、金になることを知っている。
客は人間ではない。金である。歩くATМである。かつて愛した男が、自分のことをそう見ていたように……。
「なるほど、ナギちゃん、君はこういう人生を歩んできたんだね」
「えっ、何言ってんの、お前?」
異常に気付き、仮面を付けてはいられないと思ったのか、急に、ナギの口調が鋭さを帯びたものに変わる。
「君には、家がないんだね。安心できる場所がない。帰れる場所がない。ホームと呼べるモノがないんだ」
「は? わけのわかんねーこと言ってんじゃねーよ、キモイおっさんが!!」
「大丈夫だよ。もうすぐ、君にも素敵なホームができるよ」
「はなせよっ!!」
ナギは俺の右手を引き剥がそうとする。
「名前は、女神教と言うんだ」
「君はもう、悩まなくていいし、苦しまなくていい。何も考えなくていいんだよ」
ナギは全身をゆすって、必死に右手を引き剥がそうとしている。
「君の心も、体も、お金も、時間も、労働力も、すべて女神様にゆだねなさい」
「君にも……女神様の神々しい御姿が見えるだろう?」
意識をさらに右手に集中させると、輝きの強さが増した。そして、光の一部が矢じり状の塊になって、ナギの額に吸い込まれていく。それと同時にナギの思考の一部が俺の右手に吸い取られた。
「は、はああああああ、わ、わたひにも、みえりゅ、ひ、ひかりが……めがみさまが……」
ナギは放心状態になって、あんぐりと口を大きく開けていた。
目からはボロボロと涙をこぼし、口からは、だらしなく、ヨダレが垂れている。お化粧ばっちりだった、来た時の面影はない。
顔中、体中から汗が噴き出していて、メイド服はうっすら湿っていた。もしかしたら軽く失禁もしていたかもしれない。
「めがみさま……」
そう言うと、ナギは気を失って、パタンと体を左に倒した。
ナギは、俺のひざのうえに頭をのせて、スヤスヤと眠っている。
これで洗脳は完了したのだろうか。
迷える子羊よ、今はゆっくりと眠るがよい。
◆下位ミッション
洗脳魔法で信者を1名、獲得する。 達成!!