34話 般若の顔
「教祖様、そろそろ出発のお時間です」
事務所スペースで待機していると、寺田くんが、俺を呼びにきた。
稲田さんのハイエースが、メイド女学院の入居している雑居ビルの、すぐ近くに停まっているので、そこまで歩いて移動することになっている。
これから雷通のメディア企画局長である高塚氏を洗脳しに向かうのだ。
洗脳に参加するメンバーは、俺、レイカ、寺田くん、稲田さんの4人だ。
レイカ、寺田くんといっしょに事務所スペースを出ようとしたら、ナギが俺を呼び止めた。
「大ちゃん教祖様、待って欲しいっちば。ナギもいっしょに連れて行って欲しいっちば」
「えっ、ナギもいっしょに行きたいのか?」
吉松店長が、名簿に載っている客の洗脳についてはスケジュールを組んでいるはずだ。
ナギも何かしらの予定が組まれているのではないだろうか。
今は、俺の目の前にいるけれど、さっきまで、どこかへ行っていたしな。その間、予約でも入っていたのだろう。
「ナギは、吉松店長が決めた予定が入ってるんじゃないのか?」
「それは……、入ってるちば……」
それならば、いっしょに行くことはできない。
「でも……」
ナギがモジモジしている。
「ナギ、どうしたんだよ?」
ナギは、意を決したように、大きな声で叫んだ。
「大ちゃん教祖様が、ナギを置いて、出て行ったら、ナギ、寂しいっちば!!」
まるで小さい子供のようだ。しかし、そんなことを言われると俺も弱い。
そこまで求めてくれると、正直、嬉しくなる。
ただ、今はスケジュールを優先すべきだろう。
「ナギ、ごめんな。今は洗脳のためのスケジュールが大事なんだ……」
そう言って、俺はナギを抱き寄せて、くちびるにキスをした。
ディープキスだった。俺の舌が、ねっとりとナギの舌に絡みつく。
ナギの口内の温度を感じる。暖かい。今、俺はナギと結びついている。
「今は、これで我慢してくれ……」
ナギは、ニヘッと笑いながら、顔を真っ赤にして、うつむいている。どうやら夢心地でいるようだ。
「わ、わかったっちば……」
「それじゃあ、俺は行くから……」
俺が、レイカたちの待っている方を振り返ろうとすると、ナギが「あっ、待って」と言って、引きとめた。
ナギは、俺の胸のあたりに、顔を近づけると、ささやくような小声で言った。
「大ちゃん教祖様、レイカちゃんには、気を付けて……」
気を付けるって、何に、気を付ければ良いのだろうか。
レイカは、ちゃんと洗脳している。
洗脳を解除できる魔法使いでもいなければ、俺を裏切る心配はない。
もし、そんな魔法使いがいるとして、俺よりも先にナギが、その存在を知っているなんてことはあり得ないだろう。
そう思って、レイカたちのいる方を振り向くと、俺は腰を抜かしそうになった。
レイカが、憎しみのこもった、般若のような顔で、俺とナギを睨んでいたのだ。
どす黒い、憎悪と敵意の感情をビンビンと感じる。
こっ、こわい……。
「ヒエッ」
思わず、情けない声をあげてしまった。
緊張のあまり、パチパチと何度も、まばたきをする。
すると、さっきの般若の面が、まるでウソであったかのように、レイカの顔は、いつもの表情に戻っていた。
あれは俺の見間違いだったのだろうか?
今は、穏やかな顔で俺たちの方を見ている。
「ごめんごめん、遅くなってしまった」
そう言って、レイカ、寺田くんと合流し、事務所スペースを出ようとする
振り返ると、ナギがニコニコしながら手を振っていた。
移動のハイエースの中で、レイカは俺の左隣に座った。
レイカは、肉食系で、とても積極的だった。
車の移動は、わずか10分程度だったが、レイカは、俺の左腕に、自分の右腕を絡みつけてきた。
オッパイの感触が俺の左腕につたわる。
レイカの顔が、俺の顔のすぐ近くにある。吐息が顔にかかりそうなくらいの距離だ。
「ねぇ~、教祖様ぁ、さっき、ナギちゃんと何を話しておられたんですかぁ?」
そう言いながら、レイカが、俺の股間のうえに左手をおく。
「えっ……まぁ……」
ナギが寂しいと言っていた、くらいのことを適当に言っておけば良かったのだが、俺は口ごもってしまった。
その間も、レイカは左手で俺の股間をなでまわす。
「教祖様ぁ。さっき、ナギちゃんとやっていたこと、私にもやっていただけませんかぁ?」
そう言うと、レイカは、許可も得ないうちに、強引に、俺のくちびるを奪った。
レイカの舌が絡みついてくる。レイカのくちびるはプルルンとしていて、とても柔らかかった。
レイカとのディープキスは数十秒間、続いた。
稲田さんは無言で運転に集中しており、寺田くんは、目をそらして、見ないフリをしてくれた。
ようやく、チュッという音がして、唾液の糸をたらしながら、レイカが、俺の口から舌をぬいてくれた。
「教祖様。レイカ、感激です♡」
目が♡マークになった状態の、ウットリとしたレイカの顔が、俺のすぐ目の前にあった。
一夫一婦制の考えを捨て去っている俺からすると、レイカのアプローチは、悪い気はしなかった。
洗脳しているのだから、当たり前と言えば、当たり前なのだが、俺、モテモテだな。
その後も、体を密着させてくるレイカとイチャイチャしているうちに、ハイエースは、目的地である、国道1号線沿いにある高輪のピックアップポイントに到着した。
レイカをおろして、俺と青山くんは、少し離れたところで様子をうかがう。
俺たちが、到着したのが、約束の時間である22時の、5分前だった。
それから、5分が経過し、約束の時間になったが、高塚局長の車は現れない。
それから待たされること20分。
ようやく、レイカの近くに、1台の青いジャガーが停まった。




