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29話 中津川巡査部長の発砲

「主任、そこまでです!! 何をやってるんですか!! その(かた)に銃口を向けるなんて、なんと(おそ)れ多い!!」


 気が付くと、後輩の高橋が、オレに銃口を向けて立っていた。


「高橋?」


 あれほどオレを慕っていた高橋が、なぜ、こんなことを?


 オレには、瞬時に状況を理解することができなかった。


 高橋は4人組に気を失わされた時に、なんらかの洗脳をほどこされたということか?


 それに高橋がいう“その(かた)”というのは誰だ?


 やりとりの流れから判断すると、リーダー格の冴えない顔をした男っぽいが……。


「なぁ、高橋、お前が言う“その方”というのはコイツのことか?」


 オレは一瞬だけ銃口をクィッと前に押し出すことで、冴えない男の方を指し示した。


「コイツなんて呼び方はやめていただけますか? その(かた)は、我らの偉大な教祖様なのです」


 やはり、この男がそうなのか。それに肩書きは“教祖”なのか。


 オレたちのやりとりを見て、教祖と呼ばれた男は苦い顔をした。


「こういう時、頭の回転のはやい人なら、とっさの判断で、敵に情報をあたえず、俺を守るためのウソもつけるんでしょうけどね……。洗脳された直後の人に、そこまで期待するのは、高望みのしすぎかな……。忠誠心が前に出てしまうこともあるだろうし……」


「お前が、高橋を洗脳したということなんだな!!」


「まぁ、かくいう俺もベラベラしゃべりすぎか……」


 教祖と呼ばれた男は、オレの質問には答えない。


 どうも言葉のキャッチボールが成立していないようだ。


 さっきから男が話している内容も、オレに話しかけているというよりは、独り言にちかい気がする。


 この男は危険だ、とオレは思った。


 催眠術を使ったのか、何をしたのかはわからないが、どんなに長く見積もっても、オレが巡回に出てから交番にもどるまでの数時間、おそらく実際には、数分か十数分のあいだに、高橋を洗脳してしまった。


 この洗脳能力を使えば、どれだけの悪事が行えるだろう?


 この男の存在は、社会にとっての脅威だ。


 悪の芽は、早めに摘み取っておくべきだろう。


 警察官が、人間に弾が命中するような形で発砲する場合には、通常、警告を行う等、いくつかの手続きが必要となる。


 いくつかのステップを踏んで、それでも指示に従わない場合に、はじめて人体に命中するような発砲が許される。


 今のような、両手をあげて、無抵抗な状態の人間に対して発砲することは許されない。


 しかし、オレはそれらのルールを一切、無視して、目の前の男を射殺することにした。


 男を射殺したら、オレは身体的にも、社会的にも無傷ではいられないだろう。


 今回の場合、高橋が洗脳されている。


 教祖を殺しても、おそらく高橋の洗脳はとけないだろう。


 現実は基本的に、不可逆的なものだ。


 悪の親玉を倒せば、全てが元通りになるなんて、そんな都合の良い展開、起こってくれたらラッキーだが、期待すべきではない。


 洗脳がとけなかった場合、おそらくオレは高橋に撃たれ、最悪、命を失う。


 命を失わず、負傷ですんだとしても、無抵抗な男を射殺したことについてオレは罪に問われ、おそらく職を失うことになるだろう。


 しかし、オレの仕事が“社会の秩序を守る”警察官である以上、目の前の男の存在を見過ごすわけにはいかない。


 教祖と呼ばれる男、コイツからは10年前にオレが射殺したニートと同じような破滅願望を感じる。


 強力な洗脳能力を持っている分、あの時のニートより、かなり質が悪い。


 絶対に、ここで始末しておかなくてはならない。



 オレは覚悟を決めて、教祖と呼ばれる男に向けて発砲することにした。


 しかし、引き金をひく、わずかな動作の瞬間、教祖の隣に立っていた、黒いニット帽のあごひげ男が、すばやく教祖をつきとばし、身代わりとなって肩を撃たれた。


 そして、それと同時にオレは、高橋に右手を撃たれ、拳銃をはじきとばされてしまった。


 激痛が走り、血が流れ出る。


 オレは左手で、右手をおさえて、しゃがみこんだ。


「貴様!! 教祖様になんてことを!! 殺してやる!!」


 高橋が鬼のような形相をして叫んでいる。


「待て!! 殺すな!!」


 声をあげたのは教祖だった。


 つきとばされた教祖は「イテテテッ」と言いながら、立ち上がる。


「いやー、ビックリしました。本官さんが、交番襲撃犯を射殺したことは、高橋巡査を洗脳した時点で知っていました。しかし今回は、その時とは状況が違う。仕事や命を失う可能性が高いのに、俺を射殺しようとするとは思わなかった……」


 オレは痛みをこらえながら、力をふりしぼって言ってやった。


「オレはな……、お前みたいな、人を巻き込んで、破滅しようとする連中が許せないんだよ。破滅したいなら、ひとりで勝手に死ね!! 人に迷惑をかけるな」


「俺は、まだ……、あなたから見たら、高橋巡査を洗脳しただけなんですけどね……、交番襲撃犯と似たようなことをしていると思うわけですね。そういうのって、わかるものなんですか?」


「顔や雰囲気で、お前が、あのニートと同系統だってことはわかるさ」


「そうですか……」


 教祖は何かを思案しているようだ。


「先ほど、本官さんは、俺が高橋巡査に何をしたのか聞きましたね。高橋巡査が何をされたか、教えてあげますよ」


 そういうと、教祖はオレの頭のうえに、右手をのばしてきた。


 オレの視界いっぱいに、黄金色に輝く世界が広がる。


 そして、オレは神々しい女神様の姿を見た……。

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