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23話 西園寺院長の過去 その3

 西園寺公彦(さいおんじきみひこ)は14歳の時に、是名機関(ぜなきかん)という、日本軍の研究機関で軍属として働くことになった。


 是名機関は、動物や人間を材料とした実験を、日常的に行っている組織である。


 例えば、人間に対して、どれほどの衝撃を加えれば死に至るのかを調べるための実験や、どれほどまでの凍傷に耐えられるのかを調べるための実験、開発した薬を投与した場合の人間の強度の測定、軍医教育のための生体解剖などが行われていた。


 当時、是名機関では、公彦のような14歳~18歳の少年が数十名、軍属(正規の軍人の手伝い)として働いていた。


 彼らは、それぞれ、実験動物や捕虜の管理、手術の補助、物資の調達、実験場の設営など、役割分担に応じた仕事が与えられていた。


 公彦のような例外を除いて、少年たちは正式に配属されるまで、配属先の名称や、どのようなことをしている組織なのか、ということは知らされていたなかった。


 そのため、中には配属されて、数日で脱落する者もいたが、大半の軍属の少年たちは、状況に適応し、それを仕事として受け入れていった。


 例えば、人体実験で使われる捕虜についても「彼らは皇国に敵対する勢力の捕虜であり、死刑宣告を受けている身である。どうせ、彼らに待っているのは死だけだ。どうせ処刑するのであれば、実験材料として使うことで、皇国の科学技術の発展に役立てようではないか」という説明を受けると、心のどこかで割り切れないものを感じながらも、少年たちは、その説明を吞み込み、仕事に励むのであった。


 ただ、その中にあって公彦だけは、少し毛色が違っていた。公彦は、嬉々として是名機関の仕事に打ち込んでいた。また、機関内でも、トップである是名少将のお気に入りということで、特別扱いを受けていた。




 是名機関で働いている軍人や軍属も、ずっと基地(研究所も兼ねる)に閉じこもっているわけではない。


 外出許可が出ているときには、約30キロ離れたK市まで行って、羽根を広げることもあった。


 K市は人口40万人程度の中規模都市で、映画館やカフェ等がある、文化の香りのする街であった。


 とある休日、公彦は、同年代の同僚2人といっしょに、カフェでひとときを過ごしていた。


 そんな時、出会ったのが河島ユリエである。


 河島ユリエは、麦わら帽子をかぶり、白いワンピースを着た、いかにもお嬢様という恰好で、静かに本を読んでいた。年齢は、おそらく10代半ばくらいであっただろう。


 彼女には独特の存在感があり、彼女のまわりだけは、まるで花が咲いているかのような華やかさがあった。


 そんな様子であったため、軍属の少年3人組は、たちまち彼女に惹かれ、3人のうちの誰かが代表して声をかけようという話になった。


 当初、3人の少年たちは、誰が声をかけるべきか、いろいろと理由をつけて、お互いになすりつけあっていたが、最終的にはジャンケンで決めることになった。


 かくして、ジャンケンに敗北した公彦少年が、代表して河島ユリエに声をかけることになったのである。


 こんなふうに、女性に声をかけるのは、公彦にとって人生で初めてのことであった。


「お、お嬢さん。も、もしよかったら、僕たちのテーブルの席がひとつ、空いているので、い、いっしょに、お話しできませんか?」


 公彦は緊張してガチガチになっていた。


「まぁ、私に話しかけておられるんですか?」


 ユリエは口に左手を当てて、驚きつつも、少し笑っているような表情をしていた。


 たった一言であったが、これだけで、公彦はユリエのやさしさ、育ちの良さ、上品さを感じ取ることができた。


 これが河島ユリエとの出会いであった。


 そして、公彦にとっての人生最初で、最後の、恋の始まりでもあった。




 公彦が、いつも仕事をしているときには目にするのは、苦しんでいる人間の姿や、破損した人体、臓器、血液、黄色い脂肪といったものである。


 公彦が生きている世界は、ただれた世界であった。


 公彦に関して言えば、好きこのんで、そういう世界に身を置いている側面もあったが、やはり、ただれた世界で生きていれば、心がすさんでくる。


 そんな公彦に、一時の安らぎをあたえてくれたのが、河島ユリエの存在であった。


 公彦は、ユリエのやさしさ、そして育ちの良さからくる、おっとりとしたところを愛していた。 


 ユリエはいつも同じ時間に、カフェへ読書をしにやってきていたので、公彦は、休暇でK市に行くたびに、ユリエとの仲を深めていった。


 公彦がユリエの家に遊びに行くこともあった。


 ユリエの家は豪邸であった。


 ユリエの父は、帝国大学を卒業後に、商工省に入省したエリート官僚で、今はK市の運営責任者として働いているということだった。


 ユリエの父も公彦のことを気に入っており、ゆくゆくは本土に戻って、公彦とユリエが結婚するという話も進んでいた。


 仕事も恋も順調にすすみ、公彦は充実した日々を送っていた。


 しかし、一方で戦争自体は、日本本土に対する空襲が次々と行われ、徐々に敗色が濃厚となり始めていた。

 

 そんな1945年4月の中旬、公彦は、是名少将(ぜなしょうしょう)の執務室に呼び出された。


「きたる4月24日、後進の育成のため、捕虜の生体解剖研修を行うことになった。ついては君が執刀を担当したまえ」


 是名少将、じきじきのお達しであった。

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