22話 西園寺院長の過去 その2
西園寺公彦の人生を変える大きな転機となったのが、1944年、14歳の時のことである。
公彦の通う旧制中学校に、故郷の学校の視察という名目で、是名修一という40代後半の軍医少将がやってきたのだ。
是名修一は公彦と同じ、愛媛県の西部、宇和島の出身だ。
帝国大学の医学部を卒業してから、陸軍内で軍医として活躍し、とんとん拍子に出世していき、軍医少将までのぼりつめた人物として、地元ではちょっとした有名人であった。
是名のたっての希望で、視察対象だったクラスでは、班に分かれて、カエルの解剖実習を行っていた。
その際に、是名の目にとまったのが、公彦であった。
多くのクラスメートが実習にとまどいを見せる中、公彦だけは、慣れた冷静な手つきで、カエルの解剖していたのだ。
「君だけは、他の子たちとは明らかに、手つきが違うようだね。慣れているのかな?」
是名少将が話しかけてきた。
年齢は40代後半のはずなのだが、実年齢よりも、はるかに若く見えた。30代前半でも通りそうなくらいだ。
是名少将は気品のある、整った顔立ちをしていた。軍服に白手袋をしていたのだが、その姿は、軍医というよりはピアニストのようだった。
部下を2名、引き連れていたので、偉い軍人だということはわかるのだが、あまり、少将の威厳や重厚さは感じられなかった
公彦は、いつわって答えても仕方がないと思い、素直に答えた。
「おっしゃる通りです、閣下。わかるのですか?」
「もちろんだとも。見ていれば、わかるよ。君の解剖の手つきには、情熱とでも言うのかな、いや、情熱はちょっと違うか。執着心……、執念……、とにかく、他の子とは違って、並々ならぬ情念を解剖に注いでいることはわかるよ。君、名前はなんというんだい?」
「西園寺……西園寺公彦です……」
「ほぉ……西園寺。君は、あの西園寺家のご子息なのか?」
「閣下の想像しておられるような者ではありませんよ。自分は、遠い分家の人間ですから……」
この時の、やりとりはこれっきりだった。
しかし、後日、是名少将は部下を引き連れて、公彦の家をたずねてきた。
突然のお偉いさんの訪問に公彦の家族は驚いた。
「先日、学校を視察した際に、ご子息のカエルの解剖実習を拝見させていただきました。単刀直入に言いますと、適性があるようなので、ご子息を軍属として、我が部隊に迎え入れたい」
是名が訪問してきた目的は、公彦のスカウトだった。
もちろん、公彦の両親は猛反対した。
それも、そのはずである。いくら分家の三男とはいえ、将来的には旧制高校に進学させ、それなりのエリートコースを歩ませようと両親は考えていたのだ。
軍属というのは軍人ではない。雑に言ってしまえば、軍人のお手伝いのようなものだ。
公彦には、もっとエリートになって欲しい。今は勉学にうちこみ、国に奉公するのは、エリートコースに乗ってからで良い、というのが両親の考えだった。
しかし、最終的には、是名少将の情熱と、提示した条件によって、押し切られてしまった。
軍と医学界に強いパイプを持つ是名少将は、将来的に、公彦が帝国大学の医学部へ進学できることを両親に約束したのだ。
当の公彦本人が、どう考えていたのかと言えば、是名部隊での仕事を想像し、ワクワクしていた。
「公彦くん、私は、確実に君を、部隊に招き入れる。確実にだ。私は、やると決めたことはやる人間だ。どうせ、来ればわかることだから、言っておくが、我が部隊は良いぞぉ……」
そう言って、是名少将が語ったのは、部隊での研究内容だった。
不老不死の研究、疲れを知らず、負傷しても戦い続けられるような強化兵士の研究、洗脳の研究、超能力・超常現象の研究、動物の兵器利用の研究等、担当者が望めば、好きなだけ、テーマに沿った研究ができる。
そして、そのために必要な予算・人員・器材は、是名少将が責任をもって「ぶんどってきてやる」と言うのだ。
是名少将の部隊は、是名機関と呼ばれていた。是名機関は言ってしまえば、研究目的を達成するためならば「何でもアリ」の組織だった。
そして、その「何でもアリ」の中には、人間を実験材料にすることも含まれていた。
「公彦くん、人類が進歩するためには、倫理などという足かせは不要だとは思わないか? 科学者は自らの知的好奇心にのみ、忠実であるべきなんだ」
是名少将は、そう言っていた。
倫理観を失い、各個人が、同じ人間であるはずの他者への配慮を失った世界、人間が他者をモノのように扱う世界、そんな世界を想像し、公彦少年はゾッとした。
しかし、それと同時に、純粋に自らの科学的探究心に対してのみ忠実でいられる、是名少将に憧れのような感情も、強く感じた。
かくして、1942年4月、西園寺公彦は、大陸に所在する、是名機関の軍属として勤務を開始することになったのである。




