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21話 西園寺院長の過去 その1

 金岡(かなおか)さんの体を張った行動によって、西園寺(さいおんじ)院長は武器のボーガンを失った。


 今、目の前にいるのは、ただの哀れな老人だ。


 俺とほぼ同時に、沢田さんも院長のところへ、たどり着いた。


 沢田さんが怒りの声をあげる。


「チクショー、院長のジジイ、金岡さんまで撃ちやがって!! 教祖様、このジジイには、俺も猿ぐつわをはめられて、しばられた恨みがあります。どうして、やりましょう?」


 院長は、慌てているようだ。口につけているマスクをはずし、俺たちに、よく聞こえるようになった状態で、交渉しようとしてくる。


「まっ、待ってくれ、君たち……。さっきの話の続きをしないか? さっきは、ひとり1億といったが、2億払おう。これなら、どうだ?」


 俺は思わず、ため息をもらしそうになる。


「院長、アンタは本当にわかっていない……。俺が最初に言った言葉の意味を、全然、理解していなかったんだな……」


 俺は沢田さんに許可を出す。


「沢田さん。コイツに一発くらわして良いですよ。ただし、頭と腕はさけて、死なない程度にしてください」


「へへっ、教祖様、良いんですか?」


 沢田さんが胸の前で、両手を合わせて丸め、左右に動かしながら、院長をなぐる準備をしている。


 日頃は、おとなしい色白のおっさんのはずなのだが、憎い相手に暴力を加えられる喜びのあまり、ギラついた表情をしている。


「まっ、待ってくれ、話せばわかるはずだ……」


 院長が必死に説得してくるが、そもそも俺たちは話が通じる相手ではないのだ。


「よくも俺をしばって、あんなイモムシみたいな格好にしやがったな!! 教祖様の前で恥をかかせやがって!!」


 そう叫びながら、沢田さんが院長のみぞおちに強烈なパンチをくらわせる。


「グハッ!!」


 院長の口から透明な液体が飛び出す。院長はみぞおちをおさえて、ひざをついた。


「ま、まて……」


 院長が手を伸ばして、さらなる攻撃を制止しようとする。


 俺が院長の顔をのぞきこみながら、話しかける。


「院長先生、これで終わりではありませんよ。次は俺の番です。アンタには、大事な信者のひとりをさらわれ、ふたりを負傷させられましたからね。俺も、最低一発はなぐらせてもらわないと気が済まない……」


「ま、まってくれ……」


 右手は洗脳を行うための大事な手なので使えない。


 俺は、思いっきり力を込めて、左手のグーパンチを院長の左ほおに叩きこんだ。


 「ボギッ!!」という、にぶい音がした。


 どうやら院長の、ほお骨がおれた音のようだ。


「い、いだあああああああああ」


 院長が左ほおをおさえて転げまわっている。92歳なのに、元気なジジイだ。


 この年になっても、人間は命にしがみつき、こんな生命力にあふれたリアクションをするものなのかと妙に感心する。


 一切、手加減しなかったためか、俺の左手もジィンと痛む。


 心に制限をかけずに、人を殴ったのなんて、何十年ぶりだろう。小学校以来ではないだろうか。中学・高校と、何の面白みもない真面目な学生だったからな……。


「院長先生、そろそろ終わりにしてあげますよ……」


 俺は転げまわる院長を見下ろしながら言った。


「ど、どういうことだ? 私を殺す気か? ひっ、やっやめてくれ!!」


 叫んでいる院長の頭に右手をかざす。


 すると右手から黄金の光が放出される。


 やがて、俺の中に、院長の過去の記憶が流れ込んできた……。










 西園寺公彦(さいおんじきみひこ)、1930年に愛媛県西部の西園寺家の三男として生まれる。


 西園寺家の本家は、愛媛県西部では有力者であったが、公彦の家は分家だったので、それほど豊かでもなかった。


 公彦は幼い頃から勉強が得意で、将来を期待されていた。


 子供時代、公彦は、山奥の誰にも知られていない、自分だけの秘密基地、『秘密の研究室』と呼んでいたが、そこで遊ぶことが多かった。


 特に好きだったのが解剖だ。捕まえた犬、猫、ネズミ、トカゲ、ヘビ、カエル、魚、鳥などの動物を、こっそり秘密の研究室まで運びこんでは、家から持ち出したハサミやナイフで解剖することが、このうえない楽しみだった。


 ただし、異常性は自覚していたので、秘密の研究室の存在および、研究室で行っている行為がバレないように細心の注意を払った。


 公彦少年にとって、解剖は、とても背徳感を覚えるものであった。今で言えば、10代の少年がこっそりと親に見つからないように、ポルノ動画を見る感覚に近い。


 うーん、このジジイは、子供時代から似たようなことをしてやがったんだな……。


 愛国少年でもあった公彦は、大日本帝国の躍進を、心から誇らしく思っていた。


 公彦が12歳になるまでに、大日本帝国は、朝鮮半島、台湾はもとより、満州、中国大陸の一部、ミャンマー、マレーシア、シンガポール、インドネシア、南洋とつぎつぎと領土を拡大していった。


 公彦は、大日本帝国がアジアの盟主、そして、ゆくゆくは世界の覇者になるのだと信じて疑わなかった。


 将来は医学・生物学の研究者として皇国の発展に貢献したいと考えていた。


 そんな公彦少年の人生を変える大きな転機となったのが、1944年、14歳の時のことである……。

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