20話 肉盾の金岡
「え……?」
リョーコが自分の右胸に刺さった矢を眺める。
矢が飛んできた方を見ると、そこには、肩で息をしながら、ボーガンを構えて立っている西園寺院長の姿があった。
最初にいた手術台の横から離れ、院長は部屋の隅に立っていた。
俺たちがガスに意識を集中させている間に、ボーガンを保管しているところまで移動したのだろう。
「ま、まさか……ガスを倒してしまうとはな。しかし、いざという時のためにコイツを用意していて良かった……」
「リョーコ!!」
「みんな、来ないで!!」
俺や金岡さんたちが一斉にリョーコのところまで駆け寄ろうとしたが、リョーコが制止する。
「ジジイ、なかなかやるじゃん。確かに、オメェみたいな、ヨボヨボのジジイが、アタイを倒そうと思ったら、不意打ちしかないわな……。そのやり方は評価してやるよ」
そう言いながら、左手に持った特殊警棒で、右の手のひらをペチペチと叩きながら、院長の方へ近づいていく。右胸には矢が刺さったままだ。
「けどね……、こんな矢一本で、このリョーコさんを倒せると思ったら、大間違いだよ!! その頭がい骨を叩き割ってやるから、そこで待ってな!!」
リョーコが猛スピードで、院長との間合いを詰めていく。
「こ、この女、バケモノか!! ひっひぃぃっ、こっちに来るな!!」
もう少しで、リョーコの特殊警棒の射程が、院長をとらえようという、その直前で、急にリョーコが地面にへたりこんでしまった。
「あ……れ……」
院長が勝ち誇るかのように語り出す。
「ようやく、効いてきたか。効くのが、遅いので、かなり、あせったぞ……」
「どういうことだ?」
俺が問いただすと院長がこたえた。
「さっき、そこの女を射た矢は、麻酔入りだったんだよ。効くのが遅いので、さすがの私もあせったがね」
「そうか……麻酔入りか。死にいたる毒というわけではないんだな?」
「殺しはしない。生きたまま解剖をしなければ、理解することができないからな」
そう言いながら、院長は俺に向けてボーガンを構えた。気づけば、新しい矢がつがえらている。
院長が、矢をつがえる動作を見ていないので、このボーガンは、自動で装填されるタイプのボーガンなのだろう。
「次はお前たちの番だ……」
「残念だったな、院長。たとえボーガンを持っていても、ガスが負け、これだけの人間が残っている時点で、アンタの負けは確定しているんだよ」
「どういうことだ?」
「いくら連射式のボーガンとは言え、俺たち3人が、一斉にアンタに襲いかかったら、少なくとも誰かひとりは、アンタのところまでたどりつく。そして、たどりつかれたら、非力な老人であるアンタに対抗するすべはない」
「くっ……」
院長が苦い声を出す。
「アンタが勝てるのは、俺たちひとりひとりが、恐怖に逃げ回って、ひとりずつ狩っていける場合だけだ。だが、誓ってもいいが、俺たちは絶対に、そうはならない!!」
「それは、試してみなければ……わからないだろう!!」
院長が発言と同時にボーガンを射るより前に、俺たちは動き出した。
院長の2射目は、空を切った。
俺、金岡さん、沢田さんの3人が一斉に、院長に向けて走り出す。
沢田さんが右側から、俺と金岡さんが左側から、院長の方に向かって駆けていく。
金岡さんは、俺の少し前を走っている。金岡さんは、いざという時には俺の盾になる役割をになっているのだ。
3人とも、少し動作にフェイントを加え、院長の狙いを定めにくくしている。
院長は3射目で、俺と金岡さんの、どちらかに当たるように狙いを定めようしているようだ。
「く……ちょこまかと……」
そう言いながら、院長は3発目の矢を発射した。
この時、俺の予期しないことが起こった。
金岡さんが、両腕を、胸の前で縦に立てて、シールドのようにして、あえて矢に当たりにいったのだ。
矢は金岡さんの、右腕に刺さった。
しかし、金岡さんはひるまずに院長にぐいぐいと迫っていく。
「く、くるな……」
慌てて、院長が4発目を発射する。これも、金岡さんが胸の前に立てた左腕に刺さる。
しかし、金岡さんはひるまずに、院長との距離を詰めていく。
「ひ、ひぃぃっ、なんなんだ、こいつは」
院長がパニックの声をあげる。
金岡さんは、院長のところまでたどりつくと、院長からボーガンをもぎとって、部屋の反対側に投げ捨てた。
ただ、金岡さんが耐えらえたのは、ここまでのようだった。
「教祖様……後のことは頼んます……」
そう言うと、金岡さんは、院長の前で、ひざをつき、そのまま、倒れこんでしまった。
「金岡さん、いざという時は盾になってほしいとお願いしていたけれど、ここまでやってくれるなんて……」
俺は金岡さんの献身ぶりに少し感動していた。
あとは武器を失った、哀れな老人が目の前にいるだけだ……。




