17話 秘密の標本部屋
隠し扉の奥にあったエレベーターを使って、地下1階まで移動する。
俺、リョーコ、金岡さん、渡辺丈の4人がエレベーターから降りる。
通路の先に扉が見えた。
3階でスマホのアプリ、魔力探知МAPを見たときは、書斎のあたりに、信者を示す赤い点が2つ、非信者を示す青い点が2つの、合計4つの点が表示されていた。
念のため、もう一度、魔力探知МAPを確認すると、赤い点1つと、青い点2つは移動しており、書斎の地下にあたる部分に表示されているのは、赤い点1つだけだった。
扉の奥に信者がひとりいる。ナギか沢田さんのどちらかだろう。
俺たちが、扉を開けると、そこにいたのは、両手、両足を縛られて、さるぐつわをはめられた沢田さんだった。
部屋自体は、何も置いていない、殺風景な空間だ。床に沢田さんだけが横たえられている。
敵にあたる、青い点が近くにいないことはわかっているので、急ぎ、沢田さんに駆け寄り、いましめを解いてやる。
「きょ、教祖様、助けに来てくださったんですね。ありがとうございます!!」
沢田さんは、40代前半の、小太りで色白な男性だ。
今は、目に涙を浮かべながら、俺に感謝の言葉をのべている。
「沢田さん、無事でよかった。ナギはどこですか?」
「ナギちゃんは、院長のジジイ、デカイ黒人といっしょに、奥の部屋へ連れていかれました。私は『お前の番は後だ』と言って、ここに置いて行かれたんです」
「えっ、デカイ黒人?」
「そうです。身長が2mくらいある大男です。院長のジジイの命令通りに動く奴のようでした。私が様子を見に来た時、そいつにやられたんです」
それは聞いていない。青い点が2つあったので、高齢の院長と、あとひとり、院長をサポートする奴がいるのだろうとは予想していたが、身長2mくらいの黒人か……。
沢田さんを加えた俺たち5人で押さえきれるだろうか。
同行メンバーの面々を見回していると、腕組みをしながら話を聞いていたリョーコと目が合った。
リョーコは、ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべている。
「えっ、なに? 教祖様、ビビってんの?」
「教祖様って、小物だね♡」
「大丈夫だよ。教祖様のことは、このリョーコさんが、命に替えても守ってあげるからさ♡ 他のおっさんたちのことは知らんけど」
38歳の身長180cmある、図体のデカイおっさんが怯えながら、20代前半の口にピアスした小娘の陰にかくれて、守られている構図を想像して、かっこわるいなと思った。
リョーコを洗脳した日、流れ作業的に、何十人もの人間を洗脳したので、ひとりひとりの人生をあまりはっきりとは覚えていない。
だから、リョーコの、この自信がどこから沸いてくるのか、俺にはよくわからないのだが、この謎の自信には勇気づけられる。
「コラッ、リョーコ!! 教祖様に小物とはなんだ。失礼だろうが!!」
いつものように金岡さんが、リョーコを叱る。
「良いんですよ。金岡さん。なんだか、リョーコの一言でちょっと勇気が出ましたから」
「そうですか? こいつに甘い顔をしていると付けあがりますよ」
「教祖様が良いって言ってんだからいいじゃん!! 金岡のおっさん、しつこい!!」
「皆さん、まぁ、落ち着いてくださいよ。いざとなったら、オイラのキックで黒人なんてイチコロでさぁ」
渡辺丈はキックに自信があるようだ。確かに、体を鍛えてそうではある。果たして期待して良いのだろうか。
地下1階も、他のフロアとほぼ同じくらいの広さがあるようで、ナギと院長達がいる部屋に行くまでには少し距離があった。
俺たちは、魔力探知MAPの光点の位置を頼りに、ナギたちのいる場所へと近付いていく。
途中、ホルマリン容器を置いた棚が、たくさん並んでいる部屋があった。
それぞれの容器の中には、腕や脚、心臓、腎臓など、人体のパーツが、分けて入れられている。
「ウゲッ、なにこれ? 気もちわるっ!!」
リョーコが悲鳴をあげる。
「きょ、教祖様、これって、人体ですよね?」
金岡さんが確認してくる。別に聞かれたところで、人並みのことしか言えないのだが、一応、答える。
「た、多分、そうでしょうね。これらの標本をまともな方法で入手したようには思えない。もし、自分で殺して、標本にしたのなら、院長は人殺しということになります」
「ねぇねぇ、教祖様、こっち見てよ!!」
リョーコが俺を呼ぶ。
俺たち一同は、容器の中身を見て、一瞬、絶句した。
そこに入っていたのは、若い女性の生首だった。
「ねぇ、教祖様、これって……ナギの首……?」
リョーコが聞いてくる。
「いや、違うよ。ナギを示す、光の点は地図アプリでも、別のところを示している。それに沢田さんがいたところから移されて、そんなに時間も経っていないだろう」
「それも、そっか……」
この生首がナギのモノではないことは明らかだった。しかし、リョーコが勘違いするのも無理はないと思った。生首の顔は、ナギに似ていたのだ。
「畑さん、さすがに、これはマズイですよ。警察に通報した方が良いんじゃねぇですか?」
渡辺丈の言うこともわかる。女神教の信者ではなかったら、なおさら、そう思うことだろう。
しかし、今の俺たちには時間がないのだ。
「丈さん。あなたの言うことも一理あります。しかし、ことは緊急を要します。今すぐ、院長を止めなければ、ナギは、この女性と同じような目に遭わされてしまう。だから…今は……急ぎましょう」
「わ、わかりやした」
俺たち5人は、心の中で、頼むから間に合ってくれよと願いながら、地下1階の通路を駆けた。
そして、ついにナギや院長たちがいるであろう部屋の前に辿り着いた。
この奥に、ナギ、黒人の大男、院長の3人がいる。
いよいよ、院長と対決だ。