16話 隠し扉の記憶
確かに、スマホの魔力探知МAPは、書斎のあたりにナギたちがいることを示しているのだが、それらしい人の姿は全く見えない。
念のため、渡辺丈に1階と2階の医院スペースも見せてもらったが、やはり人の姿はなかった。
ここまでくると、残された答えは、もう、うっすらと見えてきているのだが、念のため、答え合わせを行うことにする。
俺、リョーコ、金岡さん、渡辺丈の4人は、クリニック3階の書斎に集まっていた。
俺が信者を洗脳するとき、いつも、右手で、その信者の、過去の膨大な記憶を読み取っている。
あまりに膨大な記憶のため、全てを細かく正確に把握することはできない。
ほとんどの場合、その信者の人生のエッセンスとなるような部分だけを見て、大まかな理解を得るだけにとどめている。
ただ、その気になれば、特定のエピソードに関する記憶を、ピンポイントで呼び出すことはできる。
俺を除いた信者数が54人だから、54人分の、洗脳する時点までの記憶が、俺の頭の中にはおさまっていることになる。
女神様から力を与えてもらわなければ、54人分の記憶を保持するなんて、俺には到底、不可能なことだっただろう。俺は、もう普通の人間ではなくなっているのだ。
さっそく、ナギの院長先生に関する記憶を呼び出してみる。
何か、居場所を教えてくれるようなヒントはないだろうか……。目を閉じて、過去に読み取った記憶に意識を集中させる。
「ナギちゃん、いつも私のところへ来てくれて、ありがとう……」
目の前に、白髪頭のメガネをかけた老人が立っている。インテリ顔とでも言うのだろうか、大学教授みたいな顔をした男だ。エリートっぽい雰囲気がある。
この人が院長先生だろう。
身長は160cmくらい、体は細い。腕なんかは、少し太めの枯れ木のようだ。
服装は黒のジャケットに、黒のズボン、白いワイシャツを着ていて、右手に杖を持っている。
想像していたような、変態っぽさはない。やさしそうな老人だ。
「ナギちゃんに、私の秘密の部屋をみせてあげよう……」
そう言うと、院長先生は、本棚に置いてあった本を4冊、どかした。
空いたスペースの壁面に、スライド式のフタのようなものが見える。
院長先生がフタをスライドさせると、テンキー式のキーボックスが現れた。
4ケタの暗証番号を打ち込んでいく。
打ち込みが終わると、ガチャっという音がして、書斎の西側の壁一面に並んでいた本棚の、一区画が、ドアのように奥に開いた。
ナギは、院長先生に案内されるまま、隠し扉の奥に入っていく……。
「うーん、やはり隠し扉があるようだな」
これは俺が洗脳する時点までのナギの記憶だから、以前にも、ナギは隠し部屋に案内されたことがあるということだ。
俺は、ナギの記憶の中で、院長先生がやっていた通りに本を4冊どかし、スライドを開ける。
4ケタの暗証番号を入力しなければならない。
「暗証番号は確か……、0、4、2、4」
何の番号かは、わからないが、これが暗証番号だ。それにしても、ナギのやつ、よく遠慮せずに、暗証番号をガン見していてくれたものだ。あの子、学生時代は万引きとかしていたし、あわよくば、何か盗んでやろうと思っていたのかもしれない。
ガチャっと音がして、西の壁面にある本棚の一区画が開く。
「ええっ、すごーい!! 教祖様、よくわかったね!! やるじゃん」
リョーコが俺をほめてくれる。
「さすが、教祖様ですな」と金岡さん。
うん、記憶の中に答えがあるから、別に何もすごくはないんだけどね……。こんなに褒められると、こそばゆい。
「ゲゲッ、こんなところに隠し扉があるとは!! オイラには、わからなかったぜ!!」
渡辺丈よ。お前は職業が泥棒なのだから、建物の外観に対して、書斎のスペースが狭すぎるとか、いろいろな要素から、この隠し扉については気づいても良かったのではないか。
クリニック内に侵入するまでは、警報装置も作動していなかったし、優秀な男かと思っていたが、俺がイメージしていた泥棒とは違っていたようだ。普段は空き巣犯みたいな、泥臭いことをしているやつなのかもしれない。
「それにしても、畑さんは、皆さんから教祖様と呼ばれているんですねぇ」
渡辺丈が俺に話しかけてくる。
吉松店長は、俺のことをどう説明しているのだろうか。
「皆さん、キャバ嬢みたいに、すごーい、とか、畑さんのことを褒めるんで、オイラ、驚きやしたよ。へっへっへっ」
こいつ、このまま洗脳してやろうか。お前も、すごーい、の合唱要員にあとで加わるんだよ。
お前のような長渕剛みたいな外見したおっさんに、すごーい、とか言われても嬉しくねぇけどな。いっそのこと、俺を讃えるハーモニカでも吹かせてやろうか。
渡辺丈のことはさておき、俺たち4人は、隠し扉の奥へと入っていった。
そこにあったのはエレベーターだった。
中に入って、操作パネルを見ると、どうやら、このエレベーターは3階と地下1階をむすぶ直通エレベーターのようだ。
「おそらく、この地下1階に、ナギと沢田さん、そして西園寺院長がいる。みんな、用意はいいか?」
俺は覚悟を決めて、B1ボタンを押した。