15話 潜入、西園寺内科クリニック
俺と、ドライバーをふくむ手下の信者4人をのせたハイエースは、天宮ナギが監禁されていると思わしき、中目黒の西園寺内科クリニックへと向かっていた。
「教祖様、アタイ、本音を言うとね、ナギのこと嫌いなんだ……」
隣の席に座っていたリョーコが俺に話しかけてくる。
「あの子さ、いつもブリッ子してるじゃん。アタイ、ああいうの大っ嫌いなんだわ」
リョーコみたいな、何でも本音で話すようなタイプは、ナギみたいな、男のご機嫌取りの演技をする女は嫌いだろうな。
学生時代に、そんな場面を何度か目撃してきたので、それは俺にもよく理解できる。
「たださ、この仕事してると、女をモノのようにあつかって、自由に支配できると勘違いしている男に遭遇することがよくあるんだよね。アタイは、そいつらの方が、ナギの数千倍、存在が許せないし、ぶっ殺してやりたいと思ってるんだわ」
「だからさ……」
リョーコが左手に持った特殊警棒をジャキンッと振って伸ばす。
「今度こそ、これ、使って良いよね?」
コンビニ襲撃前とは比べ物にならない眼力で、リョーコが特殊警棒の使用許可をうったえかけてくる。
俺は心情的には、リョーコに使用の許可を与えても良いのではないかと思っていた。
ただ、ナギを監禁していると思わしき、院長先生って、92歳の爺さんなんだよな。そんな爺さんを特殊警棒で、しばいたら死んでしまうのではないか。不安になる。
しかし、まだ犯人と決まったわけではないが、もし監禁犯が、その爺さんなら、酷い目にあっても自業自得だよな、とも思う。
「よし、リョーコ。その特殊警棒、使っていいぞ」
「へへっ、やりぃ……。ありがと、教祖様♡」
そう言って、リョーコは特殊警棒を舌でなめた。
ナイフを舌でなめるのは映画とかで見たことあるけど、特殊警棒を舌でなめる奴、初めて見たわ。なんかエロイことを想像してしまう。
そんなやりとりをしているうちに、ハイエースは中目黒の西園寺内科クリニック前に到着した。
車を駐車スペースにとめて、5人で車から降りる。
すると、俺たちの方に近付いてくる人影が見えた。
「アンタが、吉松さんの言っていた畑さんですかい?」
かなりのガラガラ声だ。
そこに立っていたのは、坊主頭で、あごひげを伸ばした40代後半くらいのおっさんだった。
サングラスをつけ、黒い革ジャンにデニムの長ズボンを履いている。
身長は170cmくらい。全体的な印象は、すらっとしているが、胸、腕、脚だけがふくらんでいる。体を鍛えているのだろう。チンピラっぽい雰囲気の男だ。
「そうですが……」
「渡辺丈と申しやす。以後、よろしくお願いしやす」
この男が、吉松店長が電話で言っていた泥棒か。吉松店長は、俺のことをなんと説明しているのだろう。
すぐにでもこの男を洗脳したいが、今、気を失われるとタイムロスが痛いので、全てが片付いてから、洗脳することにする。
俺たちは、渡辺丈の先導で、西園寺内科クリニックの周囲を歩く。
クリニックは、3階建ての直方体の建物だ。壁面はレンガタイルで、数年以内に建て替えられたのか、建物自体は新しい。敷地面積が広く、がっちりした要塞のような印象を受ける。
「さて、この建物のどこから入ろうか……」
「畑さん、こっちです」
渡辺丈が手招きする。
丈の話によると、クリニックは、1階+2階の半分が、医院や待合室、職員の控室になっていて、2階の半分+3階が、院長の自宅スペースになっているらしい。
患者用と、職員用、院長の家族用の、合計3つの入口があって、自宅スペースに行くには、家族用の入口から階段もしくはエレベーターを使って上の階に行かなければならないらしい。
すでに一度、丈は医院スペースにも、自宅スペースにも入り込んでいるが、その時は、どちらにも人はいなかったらしい。
こういうクリニックは、普通、警備会社と契約しているのではないだろうか。異常を検知したら、警備会社から警備員がとんでくるようになっているはずだ。それが来ていないということは、この渡辺丈という男が何かをしたのだろうか。
「ここが家族用の入口です。一緒に来てください」
丈が俺に呼びかける。すでにカギは開錠されており、ドアはすんなりと開いた。
例によって、青山くんとドライバーの稲田さんに外で見張りをしてもらい、俺とリョーコ、金岡さん、渡辺丈の4人で、院長の自宅に潜入することにする。
女神様からもらったスマホの魔力探知МAPで、ナギを示す、赤い光の点の場所を確認する。
ナギとドライバーの沢田さん、2つの赤い点がクリニックの建物内に表示されている。それとは別に、2つ青い点も映っている。
ナギ、沢田さん以外に、あと2人、誰かが、この建物内にいるということだ。
俺たちは丈に案内されるがまま、用心しながら2階、3階を見て回った。
まるでショールームのような、おしゃれなソファが並ぶリビング、本が並んだ書斎、バルコニー等を見て回ったが、ナギや沢田さん、院長の姿はなかった。
魔力探知МAPを拡大すると、どうも書斎のあたりにナギ、沢田さん、謎の2人がいるはずなのだが、影も形も見えない。
「ほら、言ったとおりでしょう?」
確かに丈の言うとおりだ。しかし、ナギたちはこのあたりにいるはずなのだ。
魔力探知МAPの示す4人は、どこにいるのだろうか?