部長たちの会議は踊る
場所は、放課後の生徒会室。一学期の終業式も済み、各クラスから通知表が配られる度に悲喜こもごもの歓声叫喚が聞こえたのも、今や昔のこと。開け放たれた窓から喧しく聞こえてくるのは、ジリジリと揚げ物をしている時のような音で鳴く蝉の声ばかり。
黒板側の辺を除いてコの字型に椅子が並べられ、各席には運動部の名目部長六名が距離を置いて座っている。黒板の前にも生徒が一人立っていて、今にも椅子取りゲームでも始まりそうな雰囲気である。しかし、会話内容に耳を傾けてみると、そんな愉快なものではないことが分かる。
「え~、全員揃ったようですので、生徒会執行部クラブ総務担当若松より、経緯の説明をいたします。あ~、ここにお集まりの皆さんは、在籍部員一名の運動部に所属するわけでして、二学期の総会前に、活動実績の乏しい部活動は削減したいとの生徒会長の一存も踏まえまして、まぁその~」
原稿に目を落としながら、しどろもどろに発言する若松。その頼りない様子に痺れを切らした生徒の一人、テニス部の高山が苛立ちを含んだ強い声音で若松の発言を遮る。
「その話なら、みんな聞き及んでます。要するに、クラブ棟の部屋数が足りないから、この中から一つ廃部にしたいっていうのでしょう?」
「はい、然様ごもっともで」
高山の指摘に、若松は情けなくペコペコと頭を下げる。どうやら、事情を知らないのは若松の方だったようだ。最初の発言等から推測するに、俺様キャラで宛らワンマン社長と化している生徒会長から、直前に厄介事を押し付けられただけなのだろう。
そんな若松を気に留める生徒は一人も居らず、腰を下ろしている生徒たちは勝手に議論を進めていく。今度は、剣道部の山崎山の呟きからスタートした。
「この中から一つっていうなら、決まってるようなものだと思うけどなぁ」
「そうね。由宇ちゃん先輩はテニス部、井手先輩は柔道部、松竹梅先輩はバレー部、山崎山くんは剣道部、そしてわたしはバスケ部とくれば、自ずと候補は一つに絞られたようのものだわ」
「そもそも、運動部にカテゴライズされているのがチャンチャラおかしい部活が、明らかに混入しているよ。なっ、井手っち?」
「そうそう、竹松の言う通り!」
悠月の発言に松竹梅が賛同し、ついでに井手が尻馬に乗った。すると、若松を含めた六人の視線の矛先にいる浦切が反論した。
「ちょっと待ちたまえ、皆の衆。穴熊囲いされたようで面白くないから、不服を申し立てさせていただくが、将棋は戦略と攻防で成り立つ盤上の格闘技であり、頭脳戦、すなわちマインドスポーツであるからして、立派な運動部であるぞ」
「でも、試合でも制服のままでしょう? 更衣室もシャワールームも必要ないんだから、クラブ棟の一室を占拠する正当な理由は何もないわよ」
「そうよ。由宇ちゃん先輩が正しいと思います!」
「いやいや、桂の高跳び歩の餌食。急いては事を仕損ずるものであるから、考慮時間を使わせてもらおう。良いかな、若松くん?」
「あっ、どうぞ」
急に話を振られた若松が安請け合いすると、浦切は一分間の長考に入り、一つの結論を出した。
「うむ。クラブ棟を一部屋空けたいというのなら、私の部室を明け渡そう」
「ああ、よかった。では、気が変わらないうちに荷物の運び出しを……」
「まぁ、話は最後まで聞きたまえ」
ホッと胸を撫で下ろした若松が喋り出そうとすると、浦切はそれを制して続けた。
「ただし、運び出した荷物は今の生徒会室に置かせてもらうし、二学期以降はそこを部室とさせてもらうというのが条件だ。空威張りばかりで高校生活向上に何ひとつ実績を残していない生徒会長と、虎の威を借りる狐とばかりに既得権益を主張している腰巾着共にとっては、あの教室は半分でも広すぎるからな」
「いよっ、流石は三語殿! ナイスアイディア!」
「井手っちに賛成」
「星花ちゃんも賛成よね?」
「もちろんです、由宇ちゃん先輩! あの小憎らしい生徒会執行部こそ、活動拠点を半減させるべきです」
「あれあれ。風向きが変わっちゃったねぇ」
この後、若松もシンキングタイムを貰って形成逆転を試みたものの、六人から猛反撃を食らい、結局、生徒会室の半分を将棋部の部室とするということで、勝負は決着した。
「はぁ、気が重いなぁ。生徒会長に報告したら、なんて言われるだろう……」
結果的に大凶の貧乏籤を引いてしまった若松は、ガックリと肩を落としながら重い足取りで生徒会室へと向かって行った。
外は夕凪、夕暮れ刻。渡り廊下のすぐ近くの防風林では、カナカナという蜩の声が、もの悲しく、うら寂しく響いていた。