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九話 ミナト病

 それから、ぐでーっとしながら疲弊した身体を癒す私であったけれど、数十分も経たぬうちに、陛下が呼んでいる。

 というガルシアさんの一言によって、私とナガレは会いに向かう事となった。


 豪華絢爛、とまではいかないにせよ、貴族然とした装飾。調度品。

 それらが否応なしに、視界に映り込む。


 そして薄氷でも踏むように、恐る恐るといった心境であった私だけれど、陛下がいるであろう部屋の中へと続くドアをナガレが開けた直後、


「いやぁ、疲れているだろうに、呼び出して悪かった。ガルシアのやつから、儂が出向く事は流石にやめてやって欲しいと言われてな。申し訳ないとは思ったが、こうして呼び出させて貰った」


 歳は、四十を少し過ぎた程度だろうか。

 随分と若い王様だった。


 ただ、私の思っていた王様像とはかけ離れており、精悍な面立ちが、王というより武人のような印象を強めていた。

 短く切り揃えられた深緋の髪に、瞳の色までも、ナガレと同様だった事も相まってか。

 限界まで高まっていた警戒心は、そのおかげで少しだけ和らいでいた。


 けれど、ここは王の御前。

 膝を突くとかした方が良いのだろうか。


 そう思ってナガレに意見を仰ごうとした直後、


「ここは非公式の場。楽な姿勢を取ってくれて構わんよ。今回は此方が無理に呼び出したに過ぎんからな。非公式の場以前に、誰にも文句は言わせんよ」


 人懐こい笑みを浮かべながら、いらんいらんと王様に私の内心を見透かされた上で否定をされる事となった。

 

「それと、ナガレ。二年ぶりであるな」

「お久しぶりです。父上」

「二年前、お前が腕の立つ錬金術師に治療薬を作って貰ってくると言って置き手紙ひとつ残して出て行った時は驚いたが、まさか本当にその錬金術師を見つけてくるとは。お陰で、ランを蝕んでいた『ミナト病』も今はすっかり鳴りを潜め、快方に向かっておる。お主ら二人には頭が上がらんよ。感謝する」


 ラン、と呼ばれた人が王妃様の名前であり、そして、『ミナト病』と呼ばれたものが、蝕んでいた病の名前なのだろう。


「それで、サーシャ殿」

「は、はい」

「こうして急ぎで呼び出させて貰った理由は、勿論、感謝の言葉を伝えたかったから、というものであるのだが、貴女の力を是非とも借りたくてな」

「……私の力、ですか」


 一国の王様が借りるような大層なものでは無いと思うけれど。

 反射的に思い浮かんだその感想を飲み込みながら、私は王様の続きの言葉を待つ事にする。


「時にサーシャ殿は、『ミナト病』という病気をご存知だろうか」

「……いえ、初めて伺いました」

「五年ほど前から、アストレアの港街で流行り出した流行病の一つだ。そして、俺の母親が苦しんでいた病。それが、『ミナト病』」


 側にいたナガレが教えてくれる。

 港街で流行ったから『ミナト病』。

 成る程。覚えやすい。


「ナガレの言う通り、五年近く前から急に流行り出した病でな、罹患した者は日に日に衰弱してゆき、肢体も次第に動かなくなってしまう。そういった病なのだ」


 そして、睡眠時間も増え、最後は眠るように死んでしまう事から、『睡眠病』と呼ぶ人間もいるがなと言葉を付け足される。


「ただ、五年経った今でも、その治療法は確立しておらん。一応、優秀な我が国の錬金術師や魔法師達の尽力もあって初期段階ならば、なんとかある程度の治療は出来るようになってきたのだが、進行し過ぎている者に関しては、お手上げというのが実情なのだ」


 だから、ナガレは隣国にまで赴いていたのだ。

 外部の人間の助けを求めていたのだ。


「聞けば、今回の〝魔物大量発生(スタンピード)〟でのトラブルにて、サーシャ殿は、既存の製作方法ではないやり方でポーションを作成したとか何とか」

「サーシャは凄いからな」


 おいそこやめろ。

 実績豊富な錬金術師でもない私への期待値を、当たり前のように上げないで欲しい。


 ……特に、あの時出来たポーションは、本当に偶然の産物なんだから。もう一度作れと言われても、作れる自信はなかった。


「凄い事は既に知っておる。でなければ、ランの病を治せる筈もない。だからこそ、サーシャ殿の力を是非とも借りたい」


 出来る事ならば、力を貸せるものなら貸したい。何より、これから錬金術師として働こうとしているのだから、それは当然だろう。

 だけど、あの偶然の産物としか言いようがないポーションを作るのはほぼ不可能であると思う私がいるせいで、返事に悩んでしまう。


「ただ、力を借りたいと言わせて貰ったものの、これはあの治療薬を作れと言っているわけではないのだ」

「そう、なのですか?」


 てっきり、あのポーションを作って欲しいと言われるものとばかり思っていた。

 けれど、どうにもそれは違うようで。


「儂は錬金術師ではないものの、一応、錬金術の知識はそれなりに頭に入っておる。だから、錬金術に偶然が付き纏う事もよく知っておる。とはいえ、貴女の錬金術師としての腕は、あのポーションを作った事を抜きにしても実に魅力的である」


 奇抜なアイデア。

 枠に囚われない錬金術。


 羅列されてゆく言葉の数々。


「だからこそ、その力を是非とも借りたい。勿論、無理にとは言わんが、どうだろうか。考えてみてはくれんか」

「…………」


 レイベッカの家を追い出された私ごときに、とんでもない期待であった。


 でも。


「分かり、ました。どれだけ力になれるかは分かりませんが、私でよければ喜んで、お力にならせていただきます」


 多少、面食らいはしたけれど、その言葉に私は応える事にする。

 どれだけ力になれるかは分からないけど、それでも私に出来ることがあるのなら、その期待には応えたい。


「そうか! それは助かる。特に最近は、『ミナト病』に関しては全く進展がなくてな。どうしたものかと考えあぐねていたところであったのだ」


 新しい風を入れれば、また何か違った進展が見込めるだろうし、了承してくれて助かった。

 と、心底安堵したような笑顔で言葉を紡がれ、困惑してしまう。


 何というか、失礼だとは思うけれどこの王様は王様というより親戚の気の良いおじちゃんと思ってしまう程に、親しみやすそうな人であった。

 だからなのか。

 気づけばある程度まで私の中の緊張は、緩んでいた。


「しかし、ランの病を治せる程のポーションを作れる錬金術師を招いたとあれば、折角受け取ったこれも無駄になるやもしれんな」


 そう言って、王様は懐から錬金術師にとって親しみの深い硝子の調合器を取り出す。

 中には、薄緑の光を放つポーションらしきものが収められていた。


「父上、それは?」

「見ての通り、ポーションよ。ただ、このポーションは普通のポーションよりも効果が高いらしくてな。うちには優秀な錬金術師がいるだなんだと自慢をしてくるフィレール王国の王子の自慢話に付き合って漸く貰う事が出来たブツだったんだが、この様子だと骨折り損になるかもしれんなあ?」


 意図せず、私が過ごしていた国————フィレール王国の話題が出た事で、あまり良い思い出がなかったからか。少しだけ私は動揺してしまう。


 そして、ナガレはナガレで、「……そんな優秀なヤツ、いたか?」と、側でぶつくさ独り言をこぼしていた。


「まぁ、知らないのも無理はなかろうて。このポーションはあまり数がなかったからか、一部にしか出回っていなかったらしいからな。ただ、つい先日、大量生産の目処でもついたのか。王家お抱えの商人を使って、高値で流通させるだなんだと言っていたぞ」


 数時間ほど前。

 錬金術師長であるダウィドさんが、自分で作ったレシピを私が惜しみなく公開した事に、苦言を呈していたように、錬金術師の知識はそのまま金銭に直結する事が多い。


 特に、親しみ深い物であればあるほど、その価値は跳ね上がる。

 たとえばそれは、ポーションとか。


「……あ」


 そこでふと、思い出す。


 作成方法は私が分かればいいかな、程度に色々と端折っていたレシピのメモをレイベッカの家に置きっぱなしだった事を今更思い出した。

 あの時は、さっさと出て行けと言われたので殆ど何も持たずに出て来てしまった私は仕方なかった、とも言えるのだが、


「どうかしたか?」

「あ、ううん。なんでもない」


 温度調整やらを間違えると、すぐに爆発するし、誰かが好奇心であのレシピを使う事があったら危ないから処分しておけばよかった。

 一瞬そう思ったけれど、一応あそこは錬金術師の一族、レイベッカの家である。


 私なんかのレシピには誰も興味ないだろうし、そんな心配はいらなかったかと思い至る。


「でも、そっか。そんな凄い人がいたなら一度くらいは会ってみたかったなあ」


 ポツリと感想をこぼす。

 父さえ許してくれたならば、登城する程度の資格は一応、私もあったんだけれど、あまり歓迎されていない存在だった事もあり、その機会には終ぞ恵まれる事はなかった。


「恐らく、近いうちに顔くらいは拝めると思うがな。特に、あそこの王子は顕示欲が服を着て歩いているような人間である。自慢がてら、この者が我が国が誇る錬金術師である、くらいの喧伝はするであろうよ」


 そんな私の独り言を耳聡く聞き取ってか。

 王様が面白おかしそうに教えてくれた。


「それで、話はこれで終わりですか? 父上」

「ん? まぁ、言いたかった事は全てもう言い終わったが、何か予定でもあったか?」

「この時間だ。錬金術師用の服の新調を今日中に終わらせるとなればあんまり時間は残ってないだろ。それに、俺はサーシャにパフェを奢る約束がある。店が閉まってサーシャの捨てられた猫みたいな顔を見るのは忍びない」

「ちょっ!? 流石の私も、そこまで食い意地張ってないからね!?」

「く、くくく、そうか、そうか。それは申し訳ない事をした」


 辺りは既に夕方の茜色と、薄暗い夜の色が混ざり始め、コントラストが形成されていた。


 確かに、そろそろお店閉まっちゃうよなあ。

 とは少しだけ思いはしていたけど!

 けども! 何もここで言う必要はないと思う。


 お陰で、王様にもめちゃくちゃ笑われてるし。

 今度から絶対、私を見たらパフェの子とか思われるんだよ、これ絶対。

モチベ向上に繋がりますので、

もし良ければ広告下にある☆☆☆☆☆評価や、ブックマーク等、応援いただけると嬉しいです…!!!

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