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七話 友達だから

「〝燃え上がれ(イグナイト)〟」


 王城に位置する錬金塔。

 そこは、名だたる錬金術師達が仕事場として使っているだけあって、これまで使っていた工房とは比較にならない程の設備が整っていた。

 所狭しと納められた錬金術用の器具の数々。

 それらに思わず目移りしてしまいそうであった自分自身をどうにか抑え込み、火の魔法を行使する。


 ポーションを作るならば、必要となるのは材料と硝子の調合器(フラスコ)のみ。

 便利そうな器具を使ってみたくはあったけど、今はそれをしている状況ではない。


 使い慣れた器具で、確実に己の出来る事をこなす事が最優先。

 故に、調合機に詰め込んだアグニの葉を始めとした材料と水を混ぜ合わせたものを自前の火の魔法を用いて加熱する。


「……ぅげ」


 直後、鼻が曲がると言わんばかりの引き攣った声があがった。

 それは、あれから王様への報告をすぐに終わらせ、手伝う事はないかと急いで戻ってきたガルシアさんの声であった。


 作業を始めると同時に、充満する強烈な異臭。

 薬草と泥を混ぜ合わせ、焼き焦がしたようなその臭いは、錬金術師からすれば、慣れ親しんだもの。しかし、騎士であるガルシアさんにとっては耐えられる臭いではなかったのだろう。


 一瞬、声につられて肩越しに振り向くと、両手で鼻を押さえるガルシアさんの姿が映り込んだ。


「……サーシャさんは兎も角、殿下までこの臭い平気なんですか」

「二年も錬金術師の真似事してたらな。流石に慣れるさ。なにせ、ずっとポーション作ってたからな」


 初めはめちゃくちゃ顔に布巻いてやってたナガレであったけど、ある時突然、もう慣れた。

 とか言って布を外してたっけ。


 ふと、昔の出来事を思い出してつい、破顔してしまう。


「……あの、サーシャさん、でしたっけ」


 そんな折、じっと私の動きを観察していたダウィドさんから怪訝そうに声をかけられる。


「それは、一体?」

「?」


 眉根を寄せて首を傾げるダウィドさんの視線の先には、今し方、火の魔法によって熱される硝子の調合器が置かれている。


 何も、変なところはない。

 これは、いつも通りである。

 だから、小首を傾げる私だったけど、程なくダウィドさんが言いたい事を悟る。


 私の目の前には、硝子の調合器が十個ほど並べられている。

 そしていっぺんにそれを熱し、ポーションの作成に取り掛かっていた。


「……あぁ、これですか。えと、オリジナルレシピ、といったら聞こえは良いですけど、実のところ私自身も未だ安定しては作れないんですよね」


 ポーションの質がヨスガの葉の状態に左右されるように、ヨスガの葉の代わりを一から作ろうとした場合、代用を作る為にと材料にしたものに左右される事となる。

 だから、十個いっぺんに作り始めても、それなりに良い状態のものは基本的に一個か二個しか出来上がらない。

 故に、一気に作り始めないとあっという間に日が暮れる。


 でも、ダウィドさんの言いたい事は違う事であったのか。困り顔で苦笑いを一度。


「恐らく、それを魔法師に見せようものならば、間違いなくスカウトされますよ。十個の魔法陣を同時展開。そして一定温度に全て保たせるその技量は、魔法師から見ても異常に映るでしょうから」


 異常。

 そう言われても、あまり実感は湧かなかった。

 私の錬金術はただ一つの例外なく、全てが本の知識。他人の錬金術だって、見たことがあるのはナガレの錬金術くらいだったから。


「……邪魔するようで大変申し訳ないのですが、もう一つだけ、お尋ねしても?」

「それは勿論、構いませんけど……」


 図書館にこもっていた頃なんて、毎日ナガレとくっちゃべりながらやっていた。

 だから、多少話しかけられたところで邪魔と思うどころか、良い暇つぶしが出来て嬉しい!

 程度の認識だったんだけど、ダウィドさんの真剣な声音に、そんな茶化した返事が出来るわけもなくて。


「どうして、名乗り出て下さったんですか。どうして、惜しみなくレシピを提供して下さったのですか」


 ————貴女のレシピが本物であるならば、それこそ、溢れんばかりの富を築けた事でしょうに。


 なのに、こんなにあっさりと提供して良かったのかとダウィドさんが私に尋ねてくる。


「…………」


 それは、少しだけ回答に悩む質問であった。


 困ってそうだったから助けようと思った。


 これが私にとって嘘偽りのない本音であったのだが、言われてもみればちょっとだけやっちゃったなあ感がある事は否めない。


 なにせ、追い出されたとはいえ、レイベッカの家に認められる為に色々と試行錯誤し、得た結果の一つがコレである。

 指摘をされて初めて、少しやっちゃったかなあ感があったけど、不思議と後悔はなかった。


 その理由は何故だろうか。


 硝子の調合器を熱する魔法陣に意識を割きながらも、少しだけ理由を模索。黙考。

 そして、考えてみれば割とあっさりといとも容易く答えにたどり着いた。


「ここが、〝ナガレ(友達)〟の国だったから、だと思います」


 たぶん、他の国だったからといって知らぬ存ぜぬを通すほど人でなしになったつもりはない。

 でも、刹那の逡巡なく力になろうと考えた理由は、きっとそれであったのだと思う。


「勿論、これからお世話になるんだから、とかそういった理由はあるでしょうけど、一番は、それだと思います」

「友達、ですか」

「ええ。誰だって、友達が悲しむ顔は見たくないでしょう?」


 お母さんの為に異国の地で錬金術に励むような人間だ。二年近く顔を合わせていたから人柄もそれなりに知ってるし、ガルシアさん達のナガレへの対応を見ていればナガレがどんな人なのかは、よく分かる。


 だったら————助けようと。

 力になろうと思う理由は、それで十分。


「それに、ナガレには色々と助けて貰いましたから、その恩返しもしておきたいんで」

「……おいおい。母親の一件で、俺はサーシャに恩だらけだってのに、まだ増やすのかよ」

「んふふ。それじゃあ、今日のこれはパフェで許してあげよう」


 図書館で錬金術に励んでいた頃、疲れた時は決まって私はパフェを買って食べていた。

 甘いものはやっぱり疲れた脳に一番いい。


 というか、ナガレのお母さんの件については私に自覚がなかったし、これからどうしようか途方に暮れていた時に手を差し伸べてくれたあの出来事。

 それで、私の中では全てチャラどころか、寧ろ恩を感じていたのだけれど、ナガレはそうじゃなかったらしい。


 とはいえ、これまでの付き合いから水掛け論に発展する事は容易に想像が出来たので、場が収まるように私はパフェを持ち出しておく事にした。


「これはもう、アストレアで一番たっかいやつを奢ってもらわなきゃ。フルーツいっぱい、アイスいっぱいのやつを!!」


 期待に胸を膨らませるどころか、声に出したせいで、心なしかお腹が減ってしまう。


「……それは分かったから、余所見し過ぎるなよ。まぁた爆発する羽目になるぞ」

「わわっ!? あ、あぶない。あぶない」


 慌てて浮かべていた魔法陣をかき消す。

 ナガレの指摘のお陰で、ギリギリ間に合った。


「せ、セーフ。セーフ」


 火に作用しやすいアグニの葉を使っている為、ちょっとした事で爆発してしまう。

 だから、油断は出来ないと分かってたはずなのに。恐るべし、パフェの魔力。


「……どうやら、殿下は異国の地で良き友人に恵まれたようですね」


 そんな下らない事を考える私をよそに、先の言葉にぽかんと呆気に取られていた筈のダウィドさんが、続きの言葉を紡いでいた。


「ああ、そうだな。俺は恵まれてた。そして、随分と恩を受けた。どうにか、全部返したいとこなんだが、返す速度よりたまる方がずっと早くて困ってるよ」

「それじゃ、気分良くパフェを食べる為にも頑張ってポーション作りましょっか!」


 ぶっちゃけ、私自身、アストレア王国で錬金術師としてやっていけるか不安であった。


 だから、本当は言っちゃいけないんだろうけど、早速こういう機会に恵まれた事はある意味幸いだった。



「————ったく、あたし達がご飯休憩してる間に、随分と面白そうな事をしてるじゃない? ええ?」



 そして、次の指示をと思った折。

 出口に繋がるドア辺りから数名の足音と共に、新たな声が聞こえてくる。


 紫の髪をシニヨン風に纏めた褐色肌の女性。


「アリスですか」


 ダウィドさんがアリスと呼んだその女性は、ぐーっと伸びをしながら、好奇に満ち満ちた笑みを顔に貼り付けつつ、此方へと歩み寄り、


「それ、あたしも手伝うわ。人手は一人でも多い方が良いでしょう?」

「助かります!」


 即座に私が返事を返すと、彼女の顔に人懐こい笑みが浮かんだ。


「よしきた。何を作るかは把握してないけど、この臭いからして……ポーションか何かかしら?」


 単なる錬金術特有の異臭としか思えない臭いから、的確にアリスさんはポーションを作っているのだと当ててみせる。

 私にはそんな芸当は一切出来ない。


 だからつい、目を大きく見開いてしまう。


 直後、どうだと言わんばかりのドヤ顔が視界に映り込んだけど、さっぱりとした笑顔だったからか。そのドヤ顔に一切、嫌悪感はなくて。


「取り敢えず、指示を貰える? 指示さえくれれば、あとはこっちで何とかするから」


 ————認められたい。


 その一心で錬金術を学び続けていた私にとって、頼られるというこの光景は新鮮過ぎた。

 ……ただ、新鮮である以上に、忙しくはあるけど、頼られるという行為は悪いものではなかった。


 寧ろ、どこまでも心地の良いものであって。


「それじゃあ、これを、次はラズナの実を砕いた物と混ぜ合わせて————」


 このイレギュラーな出来事のお陰で、これから錬金術師として生きていく自信がついたような。

 そんな気がした。

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