五十九話 アルケミア
不幸中の幸いは、つい最近までミナト病の対抗薬作りに勤しんでいた事だろうか。
既存のもので、効果を高める方法はダウィドさん達と嫌っていう程悩み抜いた。
それもあって、そっちの知識は沢山増えていた。まさか、ここでもそれが役立つとは夢にも思わなかったんだけれど。
「……アンバーさんには申し訳ないけど」
頂いた〝ドラゴンブラッド〟。
その全てを使用せざるを得ない事に、申し訳なさを感じながらも敢行。
かつてミナト病に罹患した重篤者へ行った処置と同様、血を用いての薬の効果を引き上げ。
問題は、〝ドラゴンブラッド〟がドラゴン本来の性質である魔力に対する対抗を引き継いでしまっている点だろう。
だけど、その程度ならやってやれない事もない。
分解。結合。調和。同化。昇華。
「ミナト病で、経験がなかったら絶対に無理だったね、これ……ッ」
摩耗してゆく集中力。
どうにか最後まで保たせなければいけない。しかし、五分しかないという制限が私を急き立て、焦りの感情を増幅させる。
保たせるどころか、その消耗は加速の一途。
更には、失敗は許されないという状況。
のし掛かるものが多過ぎて本当に嫌になる。
逃げ出したくなる。
でも、私はそうしたら何もかもがおじゃんになる。そんな事は嫌だし、認められない。
だから、やる。頑張る。
それが出来るだけの力量は、ある筈だ。
なんと言っても今の私は、アストレア王国のお抱え錬金術師なのだから。
「────〝錬成〟────!!」
作り変える。
完成。
更に作り変える。
完成。
更に。更に、更に、更に、更に────。
そうやって、段階を踏んで効果を高めてゆく。口にした五分という時間を目一杯使わせて貰う。
それこそ、いつ五分を迎えるのか。
正しく把握する為の余裕すらも削り取り、全集中を錬金術に向ける程に。
『サシャ』
「……ルゥ?」
だから、いつものように私の頭の上に乗ったルゥが声を掛けてくれるまで他の声はまるで耳に入ってこなかった。
『時間みたいだよ』
リソースを全て割いていたせいで、周りの光景の変化にすら気付けていなかった。
たった五分の間に、見た事もない魔道具が出されていて。
私の知らない魔法陣も展開され、ユーミスさんの準備は整っているようだった。
「……もう、そんな時間だったか。うん、大丈夫。物は完成したから」
魔力の消費。
集中力の限界。
諸々のせいで身体にふらつきを覚えるけど、この程度ならどうにかなる。
「なら良かった。それじゃあ、始めるさね」
私の言葉を耳にしたユーミスさんが、完成した事を確認して、そう口にする。
直後、発光を始める魔法陣。
ドラゴンの身体が、光に包まれる。
ドラゴンの胸部に手を当て────〝リメイク〟とユーミスさんが呟くや否や、ドラゴンの様子が一変し、暴風とも取れる風が周囲に吹き荒れる。
「……まさか、〝ドラゴンハート〟を作り変える気……!?」
事前に打ち合わせをしていないアンバーさんが、ユーミスさんがやろうとしている事に気付く。
そんな事は土台無理であると言わんばかりに声には尋常でない驚愕の色が込められていた。
けれど、アンバーさんの言葉に返事をする事は程なくやって来た絶叫とも取れるドラゴンの咆哮によって遮られる事となった。
────器を作り替えてる途中に、ドラゴンの魔力が暴走する可能性がある。私の想定では、そうなる可能性がかなり高いと踏んでる
吹き荒れる暴風。
ドラゴンの様子。
何もかもがユーミスさんの言う通りになっていた。
だけど、その想定に応じた薬を私は作成している。完成したものを、ドラゴンの口に運ぶ。
その際に濃密な魔力の塊でもある風によって肌を斬り裂かれてしまう。
でも、関係ない。
「流石」
私と同様、肌を斬り裂かれながらも作り変える作業を進めるユーミスさんが、一言。
完成したものを飲ませるや否や、暴風が。ドラゴンの絶叫が止んだ事実を前にユーミスさんはそんな感想を漏らしていた。
出来ればまだ手伝いたい。
でも、ユーミスさんがやろうとしている行為に対する知識が絶望的に欠けていた。
展開されている魔法陣だって、そもそも見たこともない。
何より、ドラゴンの身体に複数の魔法陣を浮かべ、作業が行われるその複雑極まりないものを手伝える気がしなかった。
『……まずいね』
最中、ルゥの声が聞こえて来る。
その声は、焦燥感に駆られているようにも思えた。
『さっきの風を抑えられたのは良いんだけど、そのせいで外のアレまで消えてる。それに、この建物も』
ルゥの言葉が途中で遮られる。
理由は、倒壊のような音が邪魔をしたから。
崩れる音と共に私達が今いる建物が、ぱらぱらと音を立てて崩壊を始める。
仕方がないとはいえ、絶妙な均衡のもと成り立っていたものが失われた。
それによって、この建物が崩れ落ちるのも時間の問題である事は一目瞭然だった。
「……限界まで、待つ。待って、これを使う」
私は、ナガレから受け取っていたブレスレットに視線を向ける。
転移魔法の効果が得られるこの魔道具に賭けるしかないだろう。
一度に何人の転移を行う事が出来るのか。
本当に使えるのか。
懸念要素はあったが、それでも賭けるしかない。少なくとも、ユーミスさんの作業はまだ終わらない。限界まで待った上、建物が無事という保障はどこにもないのだから。
『それしか手段はない、か』
ルゥの口からも、それが最善であると確認が取れる。
そして、普段よりもずっと長く感じる一秒、一秒を味わいながら私達はユーミスさんとドラゴンを見守り────やがて。
最早、いつ完全に崩れ落ちてもおかしくないギリギリの状態ながらユーミスさんの作業が間に合う。
成功したのだろう。
成長していたドラゴンの身体は、ルゥ達と変わらないくらいに小さくなっていた。
時間は、ない。
だから、私は終わった事を確認するや否や、すぐにブレスレットの効果を発揮させた。
「転移、します……ッ」
足下に広がる魔法陣。
覚えのある転移の魔法陣が起動し、私達の身体を光で包み込む。
移り変わる景色。
襲う酩酊感。
気付けば、先程までいた場所から脱する事が出来ていた。しかし、未完成なものだったのか。
転移先はもう一方のブレスレットの持ち主の側ではあった。
あったのだが、
「……空中!?」
アンバーさんが口にした通り、空中。
それも、ナガレ達のいる真上へと転移をしてしまっていた。
そのまま落下したら死ぬような高さではないけれど、怪我は避けられないくらいの高さ。
だが、私はその事実に構わず叫ぶ。
「ナガレ!! 転移魔法!!!」
やる事は、全て終わった。
後は、逃げるだけ。
ナガレとメルファさんの側にテッドさんがいる事も確認しながら、直後。
この人数での転移は流石のナガレも厳しいものがあるからか。
渋面を浮かべていたが、やらざるを得ないと判断をして私が言葉を口にすると同時に魔法を展開してくれていた。
そして私達が落下し、地面に接触する直前、ナガレが展開した転移魔法が発動。
そのまま、私達は五十五階層から掻き消えるようにしてその場を後にした。
「────ぐえっ」
立て続けの転移魔法。
今度は、小屋のような場所へ乱雑に身を投げ出された私達は各々が痛みに堪えるような声をあげていた。
「……転移魔法まで使えたですか」
「魔法が荒い事は見逃してくれよ。人数の関係上、悪いがそこまで気を回せなかった」
「だよ、ね。五人くらいが限界だった筈だもんね。無理を言っちゃってごめんね」
「問題ない。あそこで転移魔法を使わないって選択肢はなかったからな」
私達と別れてから、メルファさんと何を話していたのかは知らないけど、転移魔法を使用したナガレは滅茶苦茶呆れられていた。
「……いたた……って、ここ私の家かい」
「悪い、他に良さげな場所が浮かばなかった」
「いや、それは構わないけれど」
酒場も、ひと目があるからドラゴンの存在が露見する可能性があるから無理。
宿屋も、拙い。
ギルドは論外で、じゃああと残された選択肢はといえばユーミスさんのお家しかなかった。
なるべくしてなった結果。
ユーミスさんもそれを理解してか、ナガレを責め立てる事はなかった。
「それで、そっちはどうなったんだよ?」
「恐らく、これで問題ない筈さね。ただ、実験的な部分が大きいから要経過観察ではあるけれど。状態は安定しているし、このままならきっと明日明後日にでも目を覚ますんじゃないかね」
ユーミスさんもユーミスさんで、賭けの部分が大きかった。
だからこそ、取り敢えずはどうにかなったが、ここからどう転ぶかは分からないと答えていたのだろう。
「そうかよ。なら、〝ブラックドラゴン〟は当分、ここで過ごした方がいいかもな。ここは良くも悪くも人が近づかねえ場所だからな」
対処出来る人間はどうせ、ユーミスさんだけ。
加えて、この小屋ならば人は殆ど近づきはしない。理由は言わずもがな、得体の知れない場所だからと周知の事実としてユーミスさんが避けられているから。
「私もそれが良いと思うです」
メルファさんも同意し、元よりドラゴン好きなユーミスさんは反対する理由もないのか。
口を開くまでもないといった様子だった。




