五十四話 私に出来る事を
「……じゃあ、サーシャとシルバードラゴンはこっちにおいで。戦力把握に必要はないだろうから、確認の間に私の用事を済ませておくよ」
戦力としてカウントされているのは、ナガレと〝ブラックドラゴン〟。
ユーミスさんは上層階に出入りしていた人間だけれど、〝ブラックドラゴン〟を助ける要員として外せない。
戦力としてカウントすべきでは無いだろう。
加えて、私も戦力として向かう訳では無い。
ルゥは……うん。よく分からない。
「シルバードラゴンは、補助に特化したドラゴンだからねえ。多分、こっちにいてくれた方が何かと都合がいいんだよ」
「……あ、成る程」
そして、テッドさん達と言葉を交わすナガレと〝ブラックドラゴン〟を置いて、私は奥へと案内される。
ただ、奥とは言っても外観から分かるようにここは小さな小屋でしか無い。
案の定、奥は地下へと続く部屋となっており、私は頭の上にルゥを乗せたまま、地下へと先行するユーミスさんの背を追うようについていく事となった。
「ところで、ユーミスさん。一ついいですか」
「なんだい?」
「ユーミスさんって〝ブラックドラゴン〟に何を見返りとして求めるつもりなんですか?」
妹さんを助けられて良かったね。
で終わるところを、見返りにユーミスさんが研究材料として求める────。
とかだったら、何というか。
報われなさ過ぎると思ってしまったので、もしそうなら何か交渉でもして……なんて思っていた私だったのだけれど。
「質問に一つ、答えて貰うだけだよ」
「質問、ですか?」
「とあるドラゴンの、情報が欲しくて」
ドラゴンに執着しているとは思っていたけど、それはただの見せ掛けではなく本心だったらしい。
それも、見返りに求めるのが情報だけと口にするユーミスさんに少し疑問を覚える。
一体、どういう理由なのだろうか。
そう思って、理由を尋ねようと試みる私だったが、それに先んじてルゥが口を開いた。
『だったら諦めた方がいいよ。〝ブラックドラゴン〟は引きこもりだから。情報らしい情報は持ってないよ』
聞くだけ無駄だと先にルゥがバラしてしまう。
前を向いているから表情までは分からないけど、不思議とユーミスさんに落胆している様子は見受けられなかった。
「……んー。それは残念だねえ。漸く、手掛かりが得られると思ったんだけど」
『手掛かりって?』
「私はね、とあるドラゴンを探してるんだ」
研究者然とした気質である事に加えて、迷宮塔の上層階にも足を踏み入れていた程の人。
一瞬、〝竜殺し〟という単語を思い浮かべてしまった私は仕方がないと思う。
ルゥの様子も少しだけ険しいものに変わる。
そんな中、ユーミスさんは違う、違うと言うように苦笑を一つ。
「私が〝魔晶石〟の研究を辞めた理由ってなんだと思う?」
脈絡のない質問だと思った。
不意に投げかけられた質問。
ユーミスさんが〝魔晶石〟の研究をやめた理由なんて、皆目見当がつかない。
だから、返答に困ってしまう。
「研究者をやってる間に、本当に自分がやりたい事に出会ったから。だから、私は研究者をやめた。魔道具を作ってるのはその延長さ」
地下までの道のりが長いから、その暇潰しに昔語りをしてくれているのだろうか。
それとも、その探してるドラゴンの手掛かりを、ルゥが知っているかもしれないから語っているのだろうか。
真偽は不明だけど、ユーミスさんは滔々と語る。
「なに、至極単純な動機さね。昔、〝魔晶石〟の研究の為に赴いた場所があってね。そこで、死に掛けたんだ。でも、絶対絶命の状況で、とあるドラゴンに助けて貰ったのさ。その時に背に乗せて貰って見た光景が忘れられなくてね。またあの景色が見たくて。空を飛んでみたくて、〝魔晶石〟の研究をやめて、魔道具の作成に没頭するようになったんだよ」
「……そういう事だったんですね」
研究者だから、検体にでもするのではないか。
数分前にそんな事を考えていた私は、申し訳なさで胸がいっぱいになった。
『……まあ、ドラゴンは気まぐれだからね。ぼくがここにいるのも気まぐれだし、基本的にみんな長生きだから自由に生きてるよ』
だから、別に恩義に感じる事もないし、得した程度に考えればいいんじゃないかな。
と、ルゥはドラゴンの価値観で言葉を返す。
「向こうは覚えてないだろうけど、まあ、私の気が済まないのさ。だから、知り合いだったらお礼をする為にも、今いる場所を知りたかったんだけどねえ。まあいいさ。そういう事なら、一日私の抱き枕になって貰う事にするからねえ」
「…………」
感動的な話が一変。
元々の簡単な見返りから、一日の地獄へと早変わりしていた。
……る、ルゥが余計な事を言うから……!!
「ところで、言われるがままについて来ちゃったんですけど、地下には何があるんですか」
「薬草を始めとした材料だよ。錬金術師なら分かるだろうけど、地下の方が色々と素材の保存に都合が良いんだよ」
栽培には不向きではあるが、保存ならばユーミスさんの言う通り地下は都合がいい。
なにせ、劣化を遅らせられるから。
「薬草群は使えないみたいだし、他の階層に寄って向かうのも時間の浪費だからねえ。今回は特別に、私が保存しておいたものを持ってく訳」
「……でも、ユーミスさんって錬金術師じゃないのに完成品ではなく、どうして素材を保存してるんですか?」
錬金術師でなければ、素材をいくら持っていたとしても使い道はないだろうに。
「今回の〝幽霊騒動〟の一件で、色々と値が高騰してるからねえ。備えあれば憂いなしって言うだろう? それに、錬金術師の伝手はあった。だから、高騰し初めの頃に手当たり次第買い漁っておいたのさ」
やがてたどり着く地下の部屋。
古びたドアを押し開けた先には、よく分からない魔道具らしき物に混じって素材がちゃんとした状態で保存されていた。
「私に錬金術の知識はない。だから、好きに持っていくといいさね。これでも、愚兄の錬金術師としての腕は信用してるからねえ。その愚兄が認める錬金術師。私はそれを信用しようじゃないか。さっき言ったように、私にはドラゴンに恩がある。薬草の価値など気にせず、好きな物を持って行ってくれると助かる」
あえてユーミスさんがそう告げた理由は、錬金術師ならば誰でも分かるような希少な材料が山ほどあったから。
〝幽霊騒動〟があったから買い込んだと言っていたけど、そんなすぐに集まるような素材ばかりでない事は一目瞭然。
価値が分かるからこそ、私が使用を躊躇うと思ったであろうユーミスさんの判断は正しい物だった。
「それでドラゴンの容態だけど、私達に出来る事。しなくちゃいけない事の凡そは、既に見当がついてる」
「……そうなんですか?」
「あくまで予想だけどねえ。その予想を共有するから、それに応じた物を作れるように、素材は多く持って行っていた方がいいさね」
ナガレ達の戦力把握も、時間がない事を気にして、すぐに終わる事だろう。
それもあってか、ユーミスさんはユーミスさんで地下に仕舞われた魔道具を漁りながら言葉を続ける。
「〝魔晶石〟の研究をしていた頃、私はとある試みを行っていたんだ。それが、魔力の塊とも言える〝魔晶石〟を、生物であれば誰もが例外なく有している魔力を貯める器官と、同化させる事」
本来、〝魔晶石〟が枯れるなんて事は土台あり得ない話なのだ。
個体差もあるが、その魔力量は推定ながら優秀な魔法師数千人分とも言われる程。
「だけど、失敗した。失敗した理由は単純。本来持ち得た器官が、〝魔晶石〟が有する魔力に耐え切れなかったから。だから、私はその器官を〝魔晶石〟に取り替える試みもしてたんだけど……まぁ、今は置いておくとして。恐らく、継続的な魔力欠乏症の理由はそれさね。魔力を貯めて、送り出す器官が壊れている。だから、魔力が貯まる事なく、垂れ流されてる」
────要するに、こういう事さね。
そう言って、ユーミスさんはお金の入っているであろう麻袋を掲げ、底を魔法で軽く焼く。
そうして破けた穴から、重力に逆らわずにお金が落下してゆく。
「でも、物事はこの破れた部分を修復すればいいってだけじゃない」
『……器に見合わない量の魔力を取り込む行為そのものを、どうにかしなくちゃいけない。仮にぼくらが治しても、もう一度破けるのは時間の問題だ』
「ベビードラゴンとはいえ、流石に知恵者。長生きをしているだけあって頭の回転が早いねえ」
「でも、それじゃあどうすれば良いんですか。治しても、意味がないって事ですよね……?」
「その通り。ただ治すだけじゃ意味がない」
そして、ユーミスさんは「あった、あった」と言いながら何やら得体の知れない物を取り出していた。
「その場凌ぎで治しても、また同じ事が繰り返されるだけ。だから、解決するには根本をどうにかしなくちゃいけない。恐らく、この問題を治せる可能性があるのは、人間に限って言えば私くらいだろうねえ」
視線はルゥに向いていた。
とどのつまり、ドラゴンであればその限りではない。そう言いたいのだろう。
「私達がやる事は二つ。魔力を貯め、送り出す器官を修復すると同時、器部分を作り替える」
要するにそれは、不変と言われていた魔力の保有量を底上げさせる。という事。
だから、思わず目を剥いてしまう。
「そんな事が、出来るんですか?」
「出来ないよ。事実、無理だった実績もある」
「……。え゛?」
話の流れからして、「出来る」と言い切るものだと思っていた。
なのに、ユーミスさんの口から出てきたのは、出来ないの一言。
「……ぃ、いやいや! じゃあなんで私にそんな話を長々としたんですかっ!?」
「ただそれは、人間に対しては無理だった、という事さね。嗚呼、無論、人体実験なんて非人道的な事はしてないから安心しなさいな」
『……ドラゴンなら、可能性があるって話か。確かに、ぼくらは人間と比べれば丈夫だね』
「そう。だから、耐えられる可能性がある。助けられるとしたら恐らく、それに賭けるしかないだろうねえ」
「あの、なら私いらなくないですか……?」
聞く限り、ユーミスさん一人でどうにかなりそうな気がする。
というより、私に手伝える事があるようにはとてもじゃないけど思えない。
「そんな事はない。錬金術師がいないなら、そもそもこれが成功する可能性はゼロになるからねえ。〝ブラックドラゴン〟の傷を治した時、偶然近くに治癒師がいなかったから君がポーションを飲ませた。だから、気付く機会に恵まれなかったんだろうが……そもそもドラゴンに、並大抵の魔法は効果がない」
「…………。そ、そうなの?」
私はルゥに視線を移した。
アストレアで、カトリナちゃんが魔法の練習をしてる時、真っ先にルゥが流れ弾に当たりたくないからって逃げてた気がする。
パフェ作りのフルーツをつまみ食いしたルゥに、ガロンさんが魔法でお仕置きされてた時、普通に痛がってたような……。
『今、サシャが思い浮かべたであろう連中は例外だから! ドラゴンに、並大抵の魔法は効果がないの! 並大抵! ここ重要!』
要するに、カトリナちゃんやガロンさんは並大抵じゃないという事か。
まあ、魔法師長さんと天才なカトリナちゃんだし、言われても見ればって感じはする。
「だから、治癒魔法が効きにくいさね。だから、うんと効果のあるポーションを作って貰う必要がある。それが出来なければ、これを使ってる途中に死ぬなんて事が普通にあり得る。ドラゴンが幾ら人間より丈夫と言っても、痛みでショック死する可能性は十分ある。何より、既に衰弱してる状態。死ぬ可能性は、どちらかといえばそっちの方が高いとみてるよ」
そう言ってユーミスさんは、先程取り出していたよく分からない物を見せてくれる。
恐らくそれが、〝魔晶石〟の研究の中でユーミスさんが完成させた成果の一つなのだろう。
「……分かりました。効果の高いポーションを私は作ればいいんですね」
「それともう一つ。魔力を抑える効果のあるものも作って欲しいねえ」
ユーミスさんは、作る物は一つとは言っていなかった。
「器を作り替えてる途中に、ドラゴンの魔力が暴走する可能性がある。私の想定では、そうなる可能性がかなり高いと踏んでる」
『……器を作り替えるんだ。その際に溢れ出た魔力がばら撒かれたら恐らく、近くにいる人間はひとたまりも無いね』
「なる、ほど」
そしてその役目は、治癒師や魔法師には難しい。ユーミスさんを頼ろうにも、作り替える役目で精一杯。私がどうにかする他ない、と。
錬金術師がいないと無駄足になる可能性が高いと口にしていたユーミスさんの言葉の意味が、今、痛いくらい理解できた。
というより、錬金術師がいなければそもそも話にならない。
本当に、五十五階層から連れ出すだけで終わったのではないだろうか。
「出来るかい?」
「出来る、出来ないじゃないですね。助けるには、やるしかないじゃないですか」
「まあ、その通りなんだけどねえ」
幸い、材料はある。
何の為にためていたのかは分からないけど、地下にある素材は全て使って良いとユーミスさんから許可を得てる。
「ルゥ。手伝って貰っていい?」
『〝ブラックドラゴン〟の為に動くのは癪だけど……まあ、いいよ。他でもないサシャの頼みなら手伝ってあげる』
だったら、私に出来ることをするまでだ。




