五十三話 足手纏い一人と一匹
『だけど、僕に出来るのはあの変人の下に連れて行く事まで。それと、今ここに居ない二人の冒険者から許可を取る必要もあるよ』
一見、非情にも思えるルゥの言葉。
でも、意図的でないにせよ、〝幽霊騒動〟という騒ぎを起こしてしまっている。
Aランク冒険者のアンバーさんが行方不明扱いの今、唯一の手掛かりである〝ブラックドラゴン〟を自由勝手に行動させられない。
少なくとも、アンバーさんを助けてからになるだろう。
『まあでも、アンバーって人を迎えに行くついでにキミの妹も連れ帰って、あとはあの変人に任せたらきっと何とか、』
『……それは無理なんだ』
『へ?』
なるでしょ。
楽観視しながら言葉を続けるルゥだったが、それを遮るように絞り出すような声が聞こえた。
『……症状が悪化し過ぎたせいで、迷宮から動かせない。〝魔晶石〟が多くある深部で漸く、命を繋いでる。そんな、状況なんだ』
よくよく考えれば、〝幽霊騒動〟は間違ってもここ最近の話ではない。
期間にして一ヶ月以上経過してしまっている。状態の悪化は、少し考えれば分かる事だった。そうでもなければ、治癒師であるアンバーさんを連れていかなければならないという状況にも陥らなかった事だろう。
『だから、時間が無かった。その、焦りがあったんだと思う。お陰で、こうして怪我を負って。血のせいで、多くの魔物が寄ってきた』
だから追われていたのか。
階層主の予期せぬ出現も、ドラゴンブラッドによるものなのだろう。
「つまり、助けるとしたらダウィドの妹が直接向かわなくちゃいけないという事か」
『……助けてくれるなら、お礼はちゃんとする。オイラに出せるものは、なんでも出す。だから、』
〝ブラックドラゴン〟が悪者でない事は、これまでの会話から理解している。
だけど、だからと言ってユーミスさんが頷くかどうかは話が違ってくる。
それに恐らく、向かう先は上層階。
危険度からしてリスクが高過ぎる。
とてもじゃないが、応じられる訳が
「それ。魔女が頷いたなら、応じてあげるですよ」
日暮れまで時間はまだあった。
だから、もう少しかかると思っていたのだけれど、ドアが開かれると同時にメルファさんの声がやって来た。
それは意外にも、応じて良い。という返事で、驚きを隠せなかった。
「〝ブラックドラゴン〟は、身内意識が高いドラゴン。そう記憶してるです。ただ、このままだと遅かれ早かれそっちのドラゴンの片割れは討伐対象になるです」
急激に魔力を〝魔晶石〟から吸い取っているのだ。今回のような、階層主の異変のような事が出てくる可能性は高い。
となれば、必然討伐するしかなくなる。
「ですが、事情がどうあれ〝ブラックドラゴン〟を殺したともなれば他の〝ブラックドラゴン〟が首を突っ込んでくる可能性が高い。そう睨んでるです。だから、助けられるなら助けるべき。私はそう思ったです」
それは、ルゥも言っていた事だった。
今は迷宮塔の問題だけで済んでいるが、他のドラゴンが首を突っ込んできたともなると、国単位での面倒事にまで発展する。
「とはいえ、助けるにせよ普通の治癒師じゃ無理なんだろ? だったら、魔女が頷くかどうかに懸かってる。そんな訳で、オレらとしては魔女が頷いたら応じてやっても良い。その場合はオレらが上層階まで護衛する」
遅れてやってきたテッドさんが補足する。
にしても、よく私達の話が聞こえてたなあと思わずにはいられなくて。
丁度その時、メルファさんは長く伸びた銀色の髪をかき上げる。
まるで、尖った長い耳を強調するような所作だった。
「ドアに遮られていようと、数十メートルくらいなら聞こうと思えば話なんて、全部聞こえるです」
……私の内心は完璧に見透かされていた。
「取り敢えず、魔女の下に向かうです。この話はあくまで、魔女から治せると言質を取った上で同行の了承を得ない事には始まらんです。ソーマもそれで構わないですか」
「構うも何も、元々〝幽霊騒動〟の一件はあんたら高ランク冒険者に一任状態なんだ。オレらからは特にねーよ。あの時、どうしてオレらを助けたのか。その理由ももう聞けたし、オレらは満足だ。不満があるとすりゃあ、薬草が手に入らなかった事だが……」
そう言って、ソーマさんはテッドさんから投げ渡されていた魔石を見せつける。
「五人で分けても十分すぎる稼ぎだわな。ま、薬草はこれを売っぱらった金で買うとするさ。つぅわけで、後はそっちの好きにしてくれや」
「助かるです」
それを最後に、ソーマさん達は立ち上がる。
どうやら、ユーミスさんの下に訪れる事に同行する気はないらしい。
彼らの頼もしさは、先のダンジョンでよく知っていたので少しだけ寂寥に似た感情に襲われる。そんな私の表情の変化を目敏く見つけてか。
「上層階ともなると、流石にオレらじゃ足手纏いだからな。そっちのエルフはすんげえ強えから安心しろよ。実力は、オレら三人合わせたパーティーより上だしな」
にぃとソーマさんは骨太な笑みを浮かべる。
でも、私が寂寥に見舞われていた理由はメルファさんの実力が信じられなかった、というより、ソーマさん達とここで別れるのが寂しかっただけだった。
だから、なのだろう。
「まあ、用事が終わったら国に帰っちまうんだろうが……気が乗ったらまたパーティー組もうぜ。ま、護衛なんていらねえかもしんねーが」
「……。はい。また一緒にパーティーを組みましょう。みんなで潜った方が楽しいですし、ぜひ!」
ちらりと、視線をナガレとルゥに移しながら付け足されたその言葉に、私は笑みを浮かべて首肯した。
私から見ても凄腕の魔法師であるナガレと、攻撃魔法を除けば優秀な魔法師と遜色ない。
場合によっては、大きく上回る能力を持っているルゥがいるからこその発言。
ただ、迷宮塔の知識は全くないし、単純な実力だけでどうにかなる話でもない。
だから、その機会があったらぜひと思った。
「それじゃ、時間もないだろうからさっさと魔女の下に行ってみっか」
そして私達は、面倒事は勘弁してよねと言わんばかりに疲れた様子のノアさんに見送られながら酒場を後にし────
「構わないよ」
事情を事細かに話すまでもなく、〝ブラックドラゴン〟を助ける事に手を貸して欲しいと告げると、二つ返事でOKが出ていた。
あまりにあっさりとし過ぎていて、拍子抜けだった。
「じ、上層階ですよ……?」
十階層の階層主である〝死神〟を見た後だから、上層階と言われると少しだけ腰が引けてしまう。
「まあ、昔は自力で『露光の花』を採りに行ってた時もあったからねえ」
じゃあどうして、私達に採ってこいなんて言ったんだ。
真っ先に問い質したかった。
「……だったらなんで俺達に採りに行かせたんだ」
心のうちに秘めるに留められなかったナガレが、実際に尋ねていた。
うん。その気持ちはよく分かる。
「いや、だって、そこまでする義理はないからねえ? あと、単純に面倒臭いから」
……確かに、私達がユーミスさんに一方的にお願いしてるだけの立場だ。
文句は言えないし、ユーミスさんの発言は当然といえば当然のものなんだけど、なんか釈然としなかった。
「ただ、私は問題ないんだけど……たぶん、聞く限り私一人だと解決出来ないねえ、それ」
「……というと」
「〝魔晶石〟の研究をしていたから、そこから漏れ出る魔力を吸収する魔物の生体についても、ある程度の理解はある。魔法師としての教養もそれなりにある。ただ、生憎私は錬金術師の知識だけはないさね。恐らく、その状態だと錬金術師が必須だよ。抜きで向かっても、途中で命を落とす可能性が恐らく高い」
「つまり、何が言いたいです?」
あえて錬金術師と名指しした理由は、治癒師ではダメな理由があるからだろう。
要するに、ユーミスさんは何を言いたいのだとメルファさんが問い掛け、そして。
「そっちの錬金術師の子……サーシャだったかい? この子も同行しないと多分、無駄足になるよ」
「……俺じゃだめなのか」
目的は治療。
だからこそ、錬金術師が必要になる可能性をナガレは予め理解していたのかもしれない。
その上で、ナガレは私を連れて行く事に反対しているようだった。
「ダメって事はない。ただそっちの子は、独力で〝ミナト病〟なんて病気の特効薬を作った錬金術師だろう?」
「……なんで、それを知ってるんですか」
「ビリビリに破いてやった愚兄からの手紙に、そう書いてあったからねえ」
ユーミスさんに渡したあの手紙に、そんな事まで書いていたのかと思うと同時、内容を事細かに覚えているユーミスさんの記憶力に脱帽する羽目になった。
「勿論、取り越し苦労になる可能性もある。だけど、そうならない可能性の方が高いと私は見てるよ。何より、そっちの子は奥の手があるって聞いてるけど?」
「…………。ダウィドの奴、喋り過ぎだろう」
ナガレは嘆息した。
奥の手とは恐らく、〝転移魔法〟のこと。
ここまで来ると、あの手紙に何が書いてあったのかと気になってくる。
「……だが、正直な話、俺達には危険を冒してまで助けに向かう理由がない」
私達の目的は、〝魔晶石〟の一件の原因を突き止めること。
その目的は、既に達成されているのだ。
ナガレの言う通り、これ以上首を突っ込む真っ当な理由も義務もない。
決してこれは意地悪で言っている訳ではなく、私の身を案じてくれていること。
かつ、ナガレが自分自身の立場を考えてのこと。
それらの理由ゆえだ。
「……迷宮塔五十五階層。無理強い出来る階層じゃねえ。正直な話、オレらのパーティーが護衛についていても守り切れるかどうかは五分五分。しかも、今回はフルメンバーじゃねー」
ユーミスさんの下に向かう道中、テッドさんから聞く限り、今回の意図しない階層主の出現が他の階層でも起こっていないか。
その調査に他のメンバーを動員する事になったらしい。
なので、今すぐに動けるのはテッドさんと、メルファさんの二人だけ。
他に協力を仰ぐにせよ、ドラゴンの存在が足枷となっている。
「だから、お嬢ちゃんがどんな選択をしようと責められる道理は────」
「じゃあ、助けに行きます」
「ね、えって、人の話聞いてたか……?」
なんか、滅茶苦茶呆れられた。
「ユーミスさん。助ける為には、私が必要なんですよね」
「恐らくねえ」
「だったら、私もついて行きます」
ナガレは多分、私ならそう言うって分かってたんだと思う。
「だめだ」と声を荒げて止める事をするどころか、もう諦めの境地に入っていた。
そもそも、そんな選択をする人間でもなければ〝ミナト病〟が解決した後に実家のあるフィレールに戻り、尻拭いをする。
なんて事をする筈がないから。
「これが、救いようのない悪人の頼み事なら聞く気なんてこれっぽっちもありませんけど……そうじゃありませんし」
ドラゴンは、誇り高い種族。
そんな彼が、恥も外聞もかなぐり捨てて私達にこうして頼み込んでいる。
ユーミスさんにどんな頼み事をされるか、分かったものではないとルゥから忠告を受けていたのに、微塵の躊躇いなく『オイラに出来る事なら何でもする』と言って協力を取り付けていた。
そんな彼を、少なくとも私は放ってはおけない。何より、私は誰かを救う為に。
救いたいが為に錬金術師を志したのだから。
「相棒はそんな事を言ってるけどいいのかい」
ユーミスさんがナガレへ確認をする。
「……こうなったサーシャを止められない事は、もう知ってる。この善意に、俺の母も救われた。止められる筈がない。だったら、守る。俺に出来る事は、そのくらいだろう」
「あ、あははは……」
申し訳なくて、乾いた笑いしか出てこなかった。
『問題ない。この人間は、オイラが守る』
「お前は自分の妹のことだけ心配していろ」
暗に必要ないと告げながら、ナガレは未だ回復しきっていない〝ブラックドラゴン〟を呆れたような視線で一瞥する。
「決まり、だな。あんま時間はねーらしいから、すぐにでも向かいてえところだが、流石に五十五階層。各々の出来る事は最低限、把握しておきてえ。特に、お嬢ちゃん達とドラゴン二匹の戦力が不透明過ぎる。どこまで頼って良いのか。守らねえといけねえのかが分からねえ」
テッドさんにそう言われて、私はルゥと顔を見合わせた。
この場において、足手纏いは多分、私とルゥだ。補助特化だから仕方ないんだけれど、取り繕っても迷惑を掛けるだけなので大人しく白状する事にした。
最中、ルゥが補助特化である事を知った〝ブラックドラゴン〟に、オイラが守ってやると言われ、なんか滅茶苦茶ショックを受けていたのが印象的だった。
どうにも、プライドが傷ついてしまったらしい。私にはよく分からない理由だった。




