五十二話 魔力欠乏症
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ギルドを後にした私達は、真っ先にノアさんの居る酒場へと向かった。
メルファさんの言う通り、奥の部屋を貸してくれとノアさんに告げると、全てを察してくれたのか。
ノアさんは深い溜息を吐いてから「どうぞ」と奥の部屋へと招いてくれた。
そして。
「……アストレアの王子殿下に、お抱え錬金術師だぁ!?」
「証明出来るものは全てアストレアに置いてきたから、言葉で信じて貰うしかないが」
なんだそりゃ! と声を上げるソーマさんに、ナガレはいつもと変わらない様子で言葉を返す。
面倒事に発展しないように。
また、アストレアからそれなりに離れたこの地で己らの立場を活用する機会に恵まれるとは思えなかったので、軒並み証明出来そうなものは置いて来ている。
だから、ナガレの言う通り言葉で信じて貰う他なかった。
────ただ。
『……バラして良かったの?』
私が思っていた事を、もうリュックに隠れる必要がなくなったからと私の頭の上に陣取ったルゥが問い掛けていた。
「信頼出来る人間なのは、あの時よく分かった。黒幕扱いされるくらいなら、全部バラしてしまった方が色々と都合が良い」
〝ブラックドラゴン〟の存在に気付いていた事。ルゥの存在。
錬金術師らしからぬ魔法の腕。
魔女呼ばわりされているユーミスさんとの繋がり。その他、諸々。
怪しさ満点の私達に今回の一件の矛先が向かう事は言うまでもなく、だったら多少のリスクを背負ってでもバラしてしまった方がいい。
何より、彼らは信頼出来る。
それがナガレの言い分だった。
「まぁ、お陰でその魔道具の出どころや、魔法の腕なんかは納得が出来た」
「……信じてくれるんですか?」
「あんなもん見せられちゃ、信じる他ねえだろ。それに、二人が悪い奴ならあの時オレらに助力せずに逃げればいいだけの話だった。でも、それをしなかった。だからオレは信じるぜ、その話」
ソーマさんの言葉に、ティアさんとバルトさんも異論はないと口にしてゆく。
「しかし、どうしたもんかね」
でも、話はすんなりと終わらない。
その理由は、手持ちのポーションで治療を行い、今はベッドで寝かされている〝ブラックドラゴン〟の存在故に。
話を聞くにも、起きる気配がない。
余程に疲れていたのだろう。
同じドラゴンであるルゥにどうにかする方法はないかと尋ねたけど、こればかりはどうしようもないと言われてしまっている。
「……この子が〝幽霊騒動〟の元凶って言われても、この状態で突き出す訳にはいかないし……それにそんな事をしたらギルド上層部がこの子をまず間違いなく引き取る。もしかすると秘匿するかも」
「そうなったら、〝魔晶石〟の一件の手掛かりをみすみす失う事になる。流石にそれは避けたい」
ドラゴンの希少性を考えると、ティアさんの言葉はもっともだ。
ナガレの言うように、手柄をそのまま奪われる事は十分に考えられる。
そんな事情もあって、私達は自分たちの立場。目的を可能な限り開示していた。
「……というか、当たり前のように受け入れちゃってたんですが、サーシャさんの頭の上にいるドラゴンはどうしてここに居るんですか」
「暇だからついて来たっぽいです。あと、私達のなんちゃって護衛です」
「は、はあ」
二人だけだと城の人達も心配してたんだけど、ルゥも一緒ならまあいっか。
みたいな事になった事もあり、同行する事になっていた、筈だ。
なんかバルトさんが呆れた目でこっちを見てたけど、それが真実なので私にはどうも出来なかった。
「……兎も角、これからどうするかだよな」
「〝幽霊騒動〟の元凶っぽいブラックドラゴンはもう此処にいますし、後は起きるまで待てばいいんじゃ」
「今回の〝幽霊騒動〟で行方不明になった冒険者がいなけりゃ、悠長に構えて問題なかった」
「ぁ」
ソーマさんの言葉で思い出す。
そう言えば、今回の〝幽霊騒動〟で行方不明になった冒険者の人がいたんだっけ。
「問題は、行方不明になった冒険者の居場所を聞き出す方法。それと、本当にあのドラゴンが〝幽霊〟なのか。そもそも、なんでこんな事をしたのか。聞く事が山積みだ」
素直に話してくれるとは限らない。
嘘を吐かれるかもしれない。
不利益を被ることになるかもしれない。
それでも、私達が〝ブラックドラゴン〟をこうして治療し、放置している理由は一つ。
「何より、あの時どうしてオレらを助けたのか。その理由が知りたい」
『あの時は、〝死神〟の姿を見るや否や、〝シャドウダイブ〟を使って勝手に力を使い果たしてたしね』
視線はルゥに集まる。
曰く、ルゥは〝ブラックドラゴン〟から今回の事情を聞こうとしたらしい。
でも、答える前に〝死神〟を見つけた〝ブラックドラゴン〟が勝手に力を使い果たした、と。
だから、聞けず終い。
「魔道具を奪おうとしたのに、今度は助けるって、訳がわからん」
諸悪の根源。
微塵の余地なく、害にしかならない。
〝死神〟からの攻撃から守ってくれたあの行動もあって、ソーマさん達も〝ブラックドラゴン〟の存在をギルドに明かす事はしていなかった。
「兎にも角にも、話を聞きてえ。どうにも、ドラゴンって生き物は意思疎通が出来るみてえだからな」
私達と何不自由なく意思疎通をしていたルゥの行動に、初めこそソーマさん達は目を丸くしていたが、流石にもう慣れたらしい。
そんな時だった。
『……助けた理由は、あれがオイラの不始末だからだ。そのせいで、関係のない誰かが死ぬのは忍びなかったんだ』
嗄れた声。
一瞬、テッドさん達が帰って来たのかと思ったけど、それが間違いであると認識。
身体が思うように動かないのか。
寝そべったままではあるけど、その声は確かに〝ブラックドラゴン〟の口から発せられたものであった。
『魔道具を盗ろうとした理由は、治せる可能性がそこにあるかもしれないって、アンバーって人間から教えて貰ったから』
「……待って。アンバーって、行方不明になったAランクの」
〝ブラックドラゴン〟は滔々と答える。
もしかすると、先の会話を聞いていたのやもしれない。
そんな中、続けられた言葉にティアさんが真っ先に反応した。
彼が口にしたアンバーという名前は、行方不明になっていた冒険者の人のものらしい。
『攫っては、ない。ただ、オイラが病気を治せる手段を探してると言ったら、自分を連れて行けと言われた。だから連れて行った』
「……つまり、アンバーさんが勝手について行ったのが行方不明扱いになってるって事? そもそも、どうしてそうなった……」
『偶然出会ったあいつのパーティーが、オイラを襲って来たんだ。ただ、オイラは戦う気はなかった。でも、そんな説得が通じる様子じゃなかった。だから、気絶させる程度にあしらった』
そりゃそうだよねって頷いてしまう内容だ。
そして、流石にドラゴン。
Aランクパーティーの人達って、かなり腕利きだろうにそれを気絶させる程度にあしらってしまったらしい。何それすごい。
『でも、二人を気絶させた時にオイラに敵意がないって分かってくれた。だけど、どうして迷宮にオイラがいるのかを聞かれた。だから、答えた。病気を治す手段を探してるって』
「……恐らくアンバーって人のパーティーは、知ってて黙ってたな。事情を話すとドラゴン討伐に動く人間が少なくないと分かっているから」
ナガレが答える。
敵意がないドラゴンに己を連れて行けとアンバーさんが口にした理由は恐らく、同情。
もしくは、初めから戦うつもりのなかったドラゴンに対しての申し訳なさが理由だろうか。
ナガレの言う通り、ドラゴンの存在は希少価値が高く、彼らから取れる魔石の価値もとても高いと聞く。
私がルゥをリュックの中に隠していたのはそういう理由もあっての事だった。
『でもそもそもの話、ドラゴンが病を患った、なんて話は聞いた事もないけど。それに、キミの傷は病気というより傷じゃない?』
胡散臭そうなものを見るようにルゥが言う。
事実、明らかに体に悪そうな食生活を送っているルゥは病なんて知らんと言わんばかりにいつもピンピンしてる。
病気を治す為に奔走するドラゴンのイメージが、どうにも想像出来なかった。
『……オイラじゃない。治療が必要なのは、オイラの妹だ。里では、魔力欠乏症。そう診断された』
それは、私もよく知る言葉だった。
でも、それは間違っても病気ではない。
だから首を傾げずにはいられなかった。
「……魔力欠乏症って、限定的に起こるあれの事、だよね」
魔力欠乏症とは、魔力を急激に消費した際に起こる一種の発作。
身体の様々な機能低下が起こるものの、それはあくまで限定的。
時間の経過と共に勝手に治るものだ。
『……身体に魔力が貯まらないんだ。一時的に貯まっても、何もしていないのに漏れ出す。〝魔晶石〟からどれだけ摂取しても、身体から勝手に漏れ出ていく』
〝魔晶石〟が空っぽだった理由は恐らく、コレだろう。
だけど、聞いた事もない症状だった。
『ただ、里の連中がここにある迷宮には、特殊な薬草が自生しているから。だから、ここになら治す方法があるかもしれない。そう言われたから、オイラはここにきた』
上層階に留まっていた理由は、その薬草を探していたからなのだろう。
漸く色々と話が繋がって来た。
『でも、それが見つからなかった。だから、もしかすると症状を和らげる魔道具ならあるかもしれない。そう言われて、今度は魔道具を手当たり次第集める事にした』
「……成る程。そういう事か。ところでルゥはさっきから黙ってるけど、何か心当たりでもあったの?」
魔力欠乏症。
〝ブラックドラゴン〟の口からその言葉が出てきたあたりから黙り込んでいたルゥに話を振る。
ドラゴンの困り事だ。
だったらやっぱり、同じドラゴンに聞いた方が早いに決まってる。
『……その魔力欠乏症のドラゴンって、もしかして生まれつき魔力の保有量が多かったんじゃない?』
『……そうだけど、もしかして白色のお前は何か知ってるのか』
『ぼくはシルバーだから! 白じゃないから! シルバー!』
『わ、悪い』
白とシルバーも、あんまり大差ないじゃん。そんな怒らなくたっていいだろうに。
心の中で私はそんな感想を抱いたけど、ルゥ的にその差は大きいらしい。
『昔ね、生まれつき魔力の保有量が多いドラゴンにさっき言ってた症状が見られたって話を聞いた事があった。確か、五十年くらい前に出会った〝グリーンドラゴン〟が教えてくれた』
赤蜥蜴。青蜥蜴。黒蜥蜴。
同じドラゴンを尽く蜥蜴呼ばわりしていたルゥが、珍しくちゃんとした名称で呼んでいた。
「……じゃあ、〝グリーンドラゴン〟なら治せるって事?」
『たぶんね。だけど、ぼくに〝グリーンドラゴン〟の知り合いはいてもその居場所なんて全く知らない』
意外とルゥの顔は広いらしい。
でも、じゃあ、と思って〝ブラックドラゴン〟に視線を向けると、逸らされた。
『……里からあまり出ない種族なんだ。オイラは知り合いすらいない』
そう言えば、引き篭もりとかなんとかルゥが言っていたような気もする。
だけど、じゃあどうすれば良いのか。
『ただ、一人だけ治せそうな人間に心当たりがあるよ』
ルゥが、滅茶苦茶嫌そうな顔で言う。
顔を盛大に歪めて、苦虫でも噛み潰したように、渋々。
何がルゥをそうさせるのだろうか。
『でも、正直ぼくはオススメしない。見返りにとんでもないものを要求されるから。絶対。でも、あれだけの魔道具を作れる上、〝魔晶石〟の研究をしてた人間なら、普通の治癒師よりもずっと可能性はあると思う。特に、尋常じゃないドラゴンへの執着もあったから』
魔道具を作れる人間で。
尚且つ、〝魔晶石〟の研究をしていた人間。
極め付けに、ドラゴンへの執着。
私、ルゥの心当たりのある人間が誰が分かってしまったかもしれない。
横目でナガレの様子を確認。
ナガレもナガレで察したようだった。
『ユーミス・ツェルグア。あの変人なら、もしかすると治せるかもね』




