四十四話 迷宮塔
* * * *
「んふふふふふ」
『……そろそろやめない? その不気味な笑い声』
「んふふふふふ」
『だめだこりゃ』
あれから私はポーションを押し付けたのち、ノアさん特製のケーキを二つほどご馳走になった。そしてなんとなんと、お土産までいただいてしまった。
食後のデザートとしてどうぞと言われて、更にもう一つケーキを受け取ってしまった。
ここでご機嫌にならずして、いつご機嫌になれというのだろうか。
ナガレのお土産ではあるけど、大きめのサイズらしいし、少しだけ分けて貰おっと。
「でも、随分と長居しちゃったなあ」
空は既に茜色が滲み始めていた。
迷宮塔の事を聞いたり、ケーキを味わって食べていたらいつの間にか時間が過ぎていた。
『ナガレが待ちくたびれてるんじゃない?』
「……ぐ。だ、だけど今回はずっと食べ歩いていた訳じゃないから大丈夫なの。ケーキをご馳走にはなってたけど、情報収集もしたし、お土産もほら!」
何より、酒場を出た後に真っ赤っかな菓子を買ってなければもう少し早く戻って来れた筈なのだ。
しかし約束を破る訳にもいかないので、寄り道をしてルゥに約束の辛いおやつを買って渡す羽目になっていた。
そうこうしている間に時は過ぎ、やがて視界に映り込む宿屋。
そこには丁度、別方向から帰って来ていたナガレの姿があった。
ただ、私と同様に何やら荷物を手から下げており、遠目からでも分かるくらいそれなりに量があった。
「あ。ナガレ」
名を呼ぶとすぐに此方の存在に気付き、立ち止まってくれる。
「すっごい荷物だけど……なにそれ」
「ダウィドの妹から貰った……というより、押し付けられたが正しいか」
「ユーミスさんから?」
「ああ。どうにも、〝魔晶石〟の研究を止めた後は魔道具の製作にハマっていたらしく、迷宮塔に向かうと言ったら試作品だから。と言われて色々と押し付けられた」
言われて顔を覗かせてみると、確かに魔道具っぽいものが幾つか見受けられた。
「それとダウィドの妹から、これ。サーシャに渡してくれってさ」
「私に? なら、それは中で貰うね」
紙袋を差し出される。
受け取りたいところではあったが、今はケーキが入った袋を両手で抱えているので中で貰う事にした。
「ちなみに、サーシャのそれは」
『ケーキ』
リュックの隙間から、辛い匂いを漂わせながら餌付けされていたルゥが答えた。
「相変わらずだな」
私が外に出るとすれば、それ以外に理由はないと確信していたのだろう。
知ってた。とばかりに微笑を浮かべた。
「でも、よくケーキなんて売ってたな」
「穴場を偶然見つけちゃったんだ」
歩きながら答える。
「そこで、偶然テッドさんとも出くわしてね」
「ギルドで会った青髪の?」
「そう、青髪で三つ編みの。だから、私の方でも迷宮塔について聞いて来たんだ。でも、ユーミスさんから私にって何なんだろ」
「確か、服とかなんとか言ってた気がするが、中身は見てないから分からないな」
「服……有難いんだけど、流石にユーミスさんのお古は私には難しい気がするけどなあ」
背丈が違うから、多分だぼだぼになる。
「いや、俺もそれは言ったんだが、ダウィドの妹曰く、大丈夫らしい」
とすると、丁度偶然、ぴったりサイズの服があったか。
それとも、サイズを自由に変えられる便利な服か。
恐らくは後者だろう。
少し気になって私は袋の中を覗いてみる事にした。
「何か紙みたいなのが入ってる」
ケーキが入った袋を抱えたまま、私は取扱説明書かなと思って紙だけ取り出してみる。
そこには、でっかい文字で『賄賂』と書かれていた。
「…………」
自然とルゥに視線が向く。
私にわざわざ賄賂と称して贈り物をするという事はつまり、そういう事なのだろう。
この場にいない筈なのに、ベビードラゴンの説得よろしくねえ! と、ユーミスさんの声が聞こえたような錯覚に陥った。
抜け目がないというか、なんというか。
とりあえず、見なかったフリをして袋の中に戻しておいた。
そんなこんなと話している内に、部屋にたどり着く。
『……やっと出られたあ。って、なにその紙』
私がケーキを片付けている内に、目敏いルゥが、リュックから出るや否や、ユーミスさんの賄賂と書かれた紙の存在に気付く。
「な、何でもないよ。これは、その、ただのゴミだから」
賄賂を渡されたからと言ってルゥの説得を頑張るつもりはあんまりなかったけど、バレた場合、ルゥが折角の賄賂を噛みちぎったりするかもしれない。
私は慌てて紙を丸めて、ポッケに突っ込んでおいた。
「でも、本当にこれ、貰っちゃってもいいのかな」
「倉庫の肥やしになってるだけとも言っていたしな。貰って問題ないと思う」
中には、白と赤が基調となったローブが収められていた。
賄賂というだけあって、素材も、アストレアの魔法師達が着ている物とあまり遜色はないようにも思える。
丈が長過ぎるのが問題のような気がしたけれど、
「……本当だ。勝手に大きさが変わった」
ダボダボのローブを試しに着てみた途端、大きさは私のサイズに合うように変化した。
折角なので、ナガレがユーミスさんから押し付けられたと言っていた他の魔道具も、私は物色を始める。
へんてこなボールに、孫の手みたいなもの。
よく分からないタオルに……いや、本当に一見するとほぼ全部ガラクタにしか見えなかった。
「ところで、ナガレは何を聞いてきたの?」
「主に、ダンジョンについて。それと、〝魔晶石〟について、もう少しだけ聞いてきた」
「〝魔晶石〟についてって、まだ聞く事あったの?」
ダウィドさんからの手紙も話したし、私達から言えることは全て伝えたつもりだ。
加えて、相談もちゃんと行った。
「いや、単に俺が引っかかってるだけだと思う。何というか、然程驚いていなかった気がしてな」
『あー。それはぼくも思ったかも』
ルゥがナガレの言葉に納得していた。
「それってどういう事?」
『〝魔晶石〟に内包された魔力が枯れるって事は、それだけの何かがあったって事。それによって起こる現象は、〝魔晶石〟の研究をしていた人間ほどよく分かってる筈。対岸の火事とはいっても、あまり驚いていなかったのは言われてみると気になるね』
「だから、そういう事例に一度以上、見舞われた事があるんじゃないかと思って、改めて聞きに行ってきた」
「……い、言われてみれば確かに」
「案の定、一度そういう事例に見舞われた事があるって答えだった」
「それで、その時はどうだったって?」
「とある魔物の変異種が、〝魔晶石〟から魔力を過剰摂取出来る上、それで成長していく個体だったらしい」
────変異種。
そう言われて真っ先に、〝ミナト病〟の原因を作り出した食魔植物〝ネードペント〟の名前が浮かんだ。
通常種と、変異種の違い。
それは、実際に討伐に向かった人間でもあるからこそ、よく分かる。
「そんな訳で、新たな変異種が現れた可能性は高いだろうと言われた。それも含めて、魔物の種類さえも『露光の花』さえあれば絞り込めるから、やっぱり探してきて貰う他ないと言われた。もっとも、変異種でなくとも、それと同等の何かであれば可能性は十二分にあるそうだ」
「同等の何か、か」
そんな規格外な魔物がいたかなあと考えると、不意にルゥの姿が浮かんできた。
私と一緒になって、ユーミスさんの魔道具を弄っているルゥの姿はどこからどう見ても人畜無害。
それもあって偶に忘れかけるけど、一応、これでもドラゴン。
可能性としてはゼロではないだろう。
『……一応言っておくけど、他のドラゴンがどうしてるかなんて、ぼくは何も知らないからね』
私とナガレの視線が向いた事で、ルゥが呆れ交じりに答えた。
そりゃそうか。
出会った時も、ルゥだけだったし、ましてや最近はずっと一緒にアストレアで行動していた。
他のドラゴンの行動など、知る由もなかった筈だ。
『というより、この魔道具って本当に要らない物なの? これとか物を冷やすのに使えそうなんだけど』
「なにそれ。ちょっと貸して!」
物を冷やす魔道具とか、ケーキの保存にピッタリ過ぎて、反射的に声を上げてしまう。
その後、階層主と呼ばれる魔物が下層であっても危険である事。
立ち入る際に危険な階層。
それらの情報共有を行いながら、宿屋にて提供されるお夕飯を食べる事に。
そして、その後も興味を惹かれるユーミスさんの魔道具を、ナガレとルゥと一緒になっていじくり回し────。
「……おいおい、大丈夫かよ二人とも」
約束の時間にギルドへ訪れた私とナガレは、ソーマさんに心配される羽目になっていた。
目の下に拵えた大物の隈が目立っていたのだろう。
辺りの景色が少し明るくなってきたなあってあたりまでは記憶があるんだけど、それ以降の記憶が完全に抜け落ちている。
でも、三時間は寝てるし大丈夫、大丈夫。
「れ、錬金術師に寝不足はつきものなので」
仲間はずれにしたら怒られるから、ルゥは寝てたけどリュックに突っ込んできた。
偶に、ぐごー!っていびきが聞こえてくるから、多分まだ寝てる。
「……それで、どうする事にしたよ」
「ぜひ、今回の依頼を受けさせて貰えたらなと」
「そうかい。んじゃ、改めて。オレはBランクパーティー『エペランザ』リーダーのソーマだ」
「同じく、『エペランザ』のフィアだよ」
「バルトです」
ナガレは元々、万が一を想定して魔法師として十全に動ける為の服装だったらしく、昨日と格好は同じ。
でも、私が昨日とは異なって、ユーミスさんから『賄賂』で頂いたローブを身に纏っていたからだろう。
返事については、敢えて聞かずとも分かっていたような口振りだった。
「サーシャです」
「ナガレだ」
「よし。それじゃ、早速向かうとすっかあ!」
そう言って、昨日と同じ席で待ってくれていたソーマさんは腰を上げる。
昨日紹介して貰ったパーティーメンバーである、ティアさんとバルトさんと各々が武器を手にしていた。
ティアさんが弓で、バルトさんが剣。
ソーマさんも腰に下げている剣を見る限り、剣士なのだろう。
「一応、うちが魔法師兼任のパーティーだよ」
────魔法師はいないのだろうか。
そう思った私の表情を読んでか、ティアさんが教えてくれた。
「魔法師は、魔力が切れてしまうとどうにも出来ないから。だから、その時の為に。それと、魔力の節約の為にうちは弓も使ってるの」
その言葉に、成る程と納得してしまう。
「ところで、迷宮塔ってどうやって入るんですか?」
「あれだよあれ」
ソーマさんが指さした方に視線をやると、そこには魔法塔で見た覚えのある陣があった。
でも、注視してみるとあの時とは陣の模様が似ているようで異なっている。
「迷宮塔はギルドの管理下に置かれています。その為、入場はギルド内からしか出来ないようになっています。なので、ギルドの中に迷宮塔への入り口────〝ゲート〟と呼ばれる物があそこにある訳です」




