四十三話 腹ぺこ魔人
「あーー!! この一口の為に私は生きてた!!」
ノアさん特製のケーキを、私はぱくぱくと口に運んでいく。
至高はパフェだけど、甘い物は正義。
カウンター越しにノアさんが、仕事終わりに酒を呷るおっさんみたいな事を言うのね。
とかなんとか言ってたけど、この美味しさを前にして語彙力など生存不可能だ。
あぁ、もう幾らでも食べられそう。
「ところで、サーシャさんだっけ」
「はい?」
「貴女はどうしてヴェザリアに?」
一瞬、どうして会ったばかりのノアさんが私がヴェザリアに来たばかりって知ってるのだろうかと疑問に思う。
「あたしもこの酒場で働くようになってから長いからさ、人を見れば大体分かる。何より、テッドさんの事も知らなさそうだったし、他国の人なんだろうなあって。違った?」
顔に出てしまっていたのだろう。
呆気なく見抜かれてしまっていた。
「いえ、合ってます。ヴェザリアには人を訪ねる目的でやって来てたんです」
「……それで、魔女を訪ねたって訳か」
合点がいったとばかりに、テッドさんが頷いていた。
「はい。ただ、その過程で『露光の花』が必要になっちゃって。私が魔法師だったら話は早かったんですけどね……」
自力で取りに行く事が出来れば、色々と話は違った筈だ。
でも、ナガレと二人というこの状況で自力で採りに行こうと思える程、私は馬鹿でも自信家でもなかった。
「錬金術師二人で、迷宮塔の上層階は自殺行為だわな」
厳密には、二人とドラゴン一匹な上に、ナガレは錬金術師より魔法師に近いのだけれど、あえて訂正する必要もないかと思ってそれで通す事にした。
「下層階なら、護衛のパーティーがいるなら問題はねえだろうけどな。ただ、最近は物騒な噂もあるから、念には念を入れて準備する事を勧めるぜ」
「上層階の魔物が、下層階に現れた……ってやつですか?」
「よく知ってるな」
「ソーマさん達が教えてくれたんです」
「とはいえ、あくまで噂の範囲だ。それに、ただの魔物なら多少、上の階層に生息している魔物だろうと問題はあまりねえ」
まるで、迷宮塔には「ただの魔物」ではない魔物がいるような口振りだった。
「問題なのは、上層の階層主が現れる事になった場合、でしょうね」
割り込むように、ノアさんが言葉を口にした。
迷宮塔都市であるヴェザリアの住民であり、酒場に務めているのだから、ある程度の情報は得ている事だろう。
ただ、先の言葉には不思議と実感が込められているような気がした。
「これでもあたし、一応元冒険者なの。もう足を洗ってるけどね」
その実感が正しかったと言うように、ノアさんが教えてくれる。
「……あの、階層主っていうのは」
「迷宮塔って、ダンジョンのようであって、ダンジョンとは違うの。その最たる理由が、ダンジョンのように一層限りではない事。そして、十階層ごとに存在している階層主の存在ね。ボスって言えば理解しやすいかな」
ダンジョンについては、ダンジョンのみに自生する薬草をいつか採りに行こう。
なんて予定を立てようとした時に色々と調べていた。勿論その予定は頓挫したけど、それもあってダンジョンの知識はそれなりにあった。
だから、ノアさんの話をそれなりに理解する事が出来ていた。
「迷宮塔ってぶっちゃけ、一階層くらいなら、魔物の強さの差なんて誤差のレベル。だけど、階層主となると話が違う。十階層の魔物は大人一人で倒せてたのに、階層主は大人十人で挑んでも、半数殺されながら漸く討伐が出来たとか、そんなレベルで強いの。とはいえ、基本的に階層主はSやAランクの冒険者パーティーが事前に倒してるから無用な心配なんだけどもさ」
「事前に、って、分かるものなんですか?」
そもそも、一度倒したら終わりじゃないのか。
復活をするとしても、それがいつだとか普通分かるものなのだろうか。
「流石に、この日この場所で復活する。みたいな詳細までは分からないけれど、階層主は倒されてから一週間は最低でも復活に時間を要する習性みたいなものがあってね。だから、一週間を過ぎたらその階層ごとに高位の冒険者のパーティーが配置される事になってるの」
そうする事で、他の冒険者に被害を出さず、かつ復活した直後に倒せるようにしているのだと言われる。
「まぁ、可能性として挙げはしたけど、〝幽霊騒動〟以来、ギルド側も念入りに警戒しているみたいだし、過度に心配はしなくて良いと思うけどね」
「ノアさんおかわり!」
「はいはい」
元気よくフィーネちゃんがおかわりを所望した事で、ノアさんは再び奥へと引っ込んでいってしまう。
「にしても、〝幽霊騒動〟の原因って一体何なんでしょうね」
「さぁな。それはオレが聞きたいくらいだ。だが、ただの〝幽霊〟じゃない事だけは確かだな。冒険者に対してのみ害をなす〝幽霊〟かと思えば、〝幽霊騒動〟が始まってから迷宮塔にまで異変が生まれ始めてるんだからよ」
人間に害をなすかつ、迷宮塔にまで異変を齎す何か。
やはり、無難なところで言えば何かしらの魔物、だろうか。
ドラゴンは魔物に似て非なるものとはいえ、魔物が正体ならばルゥが一番詳しそう……ではあるけど、特に何も言ってこないあたり、心当たりはないのだろう。
何はともあれ、謎は深まるばかりだった。
「そんな訳で、今の迷宮塔内での行動は気をつけた方がいい。正直、何が起こるか分からねえ」
「そう、ですね。私も一応、魔法は使えますけど魔法師と比べればやっぱり付け焼き刃でしかないので気をつけようと思います」
ガロンさんやカトリナちゃんみたく、転移魔法を乱発出来れば怖いものなしだったのに、私にはそのセンスがなかった。
いや、ナガレ曰くあれはガロンさんの教え方が天才型過ぎて色々と終わってる。
とかなんとか言ってたからまだ、希望はある筈……!!
「さぁて。流石に真っ昼間から酒場に入り浸ってるってバレるとリーダーから怒られるんで、オレはここらで」
それを最後に、テッドさんは酒場を後にしようとして。
「テッド~~!!? てめぇ真っ昼間から酒場に入り浸るなんて良い度胸してやがりますね? ええ!?」
まるで狙ったかのようなタイミングで、むんず、と私ぐらいの背丈の少女に首根っこを掴まれていた。
恐らく、先の言葉がフラグという奴だったのだろう。
「……ひ、人違いじゃねえかな」
目を逸らし、微妙に声をかけてテッドさんは返事をしていた。
いや、流石にそれで別人を言い張るのはかなり無理があると思うんだ。
「今日という今日は許さねえです。こっちは、ギルドから仕事を押し付けられてたってのに、てめぇときたら真っ昼間から酒を飲みやがって!!」
そりゃ怒るよねって理由だった。
「ち、ちげえんだよ。オレは、その、そう! 未来の凄腕錬金術師の卵と有意義な話をだな」
「……それがどうなったら酒を飲む事に繋がりやがるんですか」
苦し紛れのテッドさんの言い訳は、木っ端微塵に打ち砕かれていた。
ただ、首根っこを掴む少女は思うところがあったのか。
「……錬金術師。もしかして、テッドが少し前に持ってきたポーションをくれた子ですか」
眉を顰めながら、そんな事を呟いた。
やがて、彼女は周囲を見渡したのち、私と目が合う。
そして何を思ったのか。
彼女は私の下へと歩み寄り、程なく何故か私がテッドさんへお礼として渡した筈のポーションを差し出された。
ポーションは似たり寄ったりの色をしているから間違いやすくはあるけど、自作の物の判断くらいは出来る。
だから、一瞬で分かった。
「……え、えと?」
でも、その意図は全く分からなかった。
「これはお返しするです。あの馬鹿は、世話を焼いたお礼に貰ったなどとほざいていましたが、流石にこれは受け取れねえです」
だけど、その言葉のお陰でひとつ、嫌な予感が脳裏をよぎった。
「……もしかして、何か問題でもありましたか。一応、手持ちの中で一番出来が良いものを渡させていただいたつもりだったんですが」
差し出されたポーションを受け取り、中身を確認する。
だけど、何か問題があるようには思えなかった。
「……出来が良いものって。もしかしてこれ、自作だったりするですか」
「なぁに驚いてんだよ。錬金術師がポーションを作るのは普通だと思うんだが」
私も、テッドさんのその言葉と全く同じ意見だった。
「私が驚いてるのはそこじゃねえです。驚いたのは中身について。このポーション、私の故郷の秘薬と同程度の効果を有してるですよ」
「……リーダーの故郷っていうと、〝エルフの秘薬〟か」
そこで、目の前の少女がテッドさんのパーティーのリーダーである事。
長い髪で隠れていたから分からなかったけど、彼女がエルフである事が判明する。
いやいや、そんな事よりも。
「〝エルフの秘薬〟!!」
錬金術師ならば、誰もが一度は目にしたいと願う代物。
製作の工程、必要となる素材。
それら全てが不明ながら、森の精霊とも呼ばれるエルフの秘薬は、並のポーションとは比較にならない程の効果を有している。
錬金術を学ぶ上で、幾度となく目に入った言葉な事もあり、錬金術師として私は食い付かずにはいられなかった。
「もしかして、ご存知なんですか……? その、製作方法を……!!」
思わず私は食い気味に尋ねてしまう。
「い、いや、私は知らんです。そっちの才能がなかったから、私はこれで生きてるですから」
そう言って、腰に差した一振りの剣を見せてくれる。
「そ、そうですか」
〝エルフの秘薬〟の知識を得られれば、錬金術師として更なる飛躍が。
と、一瞬思ってしまっただけに、少しだけ残念だった。
「……で、それは故郷の〝秘薬〟と効果が限りなく類似してるです。だから、受け取れないです。少し減ってるのは申し訳ないですけど、返す為にあのバカを探してたです」
よくよく見れば、少しだけ量が減っていた。
申し訳なさそうにしているのは、それ故なのかもしれない。
だけど、私的には別に良いのに。
というのが本音だった。
無くなればまた作れば良い。
材料も、今のヴェザリアでは入手が困難かもしれないけれど、アストレアに戻れば普通に有り余っているし。
評価をしてくれるのは嬉しいが、それで罪悪感を覚えられるのは流石に忍びなかった。
「……分かりました。それじゃあ、代わりにこちらを差し上げます」
少しだけ量が減っていたポーションは、懐に仕舞う。
その代わりと言わんばかりに、私は硝子の容器に収めたポーションを、三本取り出して彼女に押し付けようと試みた。
「……私の話、聞いてたですか」
めっちゃ呆れてた。
でも、これにはちゃんとした理由があった。
「それは勿論。ただ、ちょっと前に私、テッドさんにちょっとしたお願い事をしちゃってまして」
『露光の花』の件について、私は頼むだけ頼んで終わってしまっていた。
これは、それもあっての行為なのだと伝えると、やっぱり呆れていた。
……私、おかしな事を言ったかな。
「……分かりましたです。流石に〝幽霊騒動〟で招集されている身。高品質なポーションは持っておくに越した事はないです。ただ、そういうことなら、これは買い取らせて貰うです。頼み事の報酬は遂行してから貰う事にするです」
割と自信作だった事もあって持って来ていた自作ポーションが評価された事は、純粋に嬉しい。
些か評価され過ぎな気もするけれど、それでも。
テッドさんのパーティーのリーダーさんが、真摯な方というのも、よく分かった。
受け取れないから返しにくるのは少しやり過ぎな気もするけれど。
ただ、そういう人だから私が折れる他ないと思った。そうでもなきゃ、収拾がつかなさそうだったし。
「それじゃあ、ここのケーキをご馳走になってもいいですか。あと……二つほど!!」
……この腹ぺこ魔人め。
リュックの隙間から覗くルゥの視線が、私にそう言っているような気がしたけど、真っ先に無視した。
錬金術は集中力を使うから、糖分を食い溜めしてなきゃいけないんだってば。




