四十二話 甘味処を求めて
それから、過ぎる事一時間。
小さいお手手ながら、素材のすり潰し等をルゥが渋々ではあったけど手伝ってくれた事もあってなんとか終わった。
そしていざ、散策を───!!
そう意気込んだのが丁度、三十分程前の出来事だった。
「…………な、い」
茫然自失となりながら、私はとあるお店の前で立ち尽くしていた。
パフェ屋ではないが、限りなくパフェが売ってそうな甘味処。しかし。
「どうして開いて、ないの……」
『だからぼくが言ってたじゃん』
入り口のドアに貼り付けられた張り紙は、私に残酷無比過ぎる現実を叩き付けてくる。
【臨時休業中。営業再開日未定】
ルゥがなんか言ってるけど、全く頭に入ってこなかった。さいあくだ。
『金を落とす冒険者が不景気なんだから、パフェ屋みたいな甘味処はそもそも立ち行かないでしょ』
これでも三十分近く探し歩いてようやく見つけたお店。ここからもう一店舗となると多分、時間的にも厳しい。
ナガレと再会してもう一度探す……?
いやいや。
今回は錬金術師として来ているんだから、そこはちゃんと自重しないと。
『サシャもこの機会に、あんな甘ったるいものじゃなくて、舌がひりひりするような辛い物にハマっちゃえば良いのに』
でも、ヴェザリアに来たからには味見くらいは……いやでもでも。
そんな事を考えていた時だった。
「────ぬいぐるみ……が、喋ってる?」
幼い声が聞こえてくる。
反射的にがばっと振り返ると、そこには私より幼い六、七歳くらいの女の子がいた。
遠心力のようなもので身体を引っ張られたルゥが、『ぐえっ』って苦しそうな声を漏らしていたけど、今はそれどころじゃない。
ルゥの存在は出来る限り隠すべきって忠告を受けてたのに、これはマズイ。
「ち、違うの。これは、えっと、決してドラゴンとかじゃなくて、その……そう! 喋るぬいぐるみなの!」
焦燥感に駆られていた私は、かなり無理があったような気もするけど、どうにか誤魔化す。
「やっぱり! もしかして、喋るぬいぐるみさんもパフェを食べに来たの?」
『いや、ぼくは別に────むぐっ』
「そ、そう! 喋るぬいぐるみさんもパフェを食べに来たんだ!」
余計な事を口走りそうだったルゥに喋らせる訳にはいかない。
私は強引にリュックを締めて捏造しておいた。
「やっぱりそうなんだ……。でも、残念だよね、ここの甘味処って凄く美味しかったんだけど、ちょっと前からお店がお休みしちゃってて。開いてないかなって思って来てみたんだけど」
開いてなかった、と。
どうにも、この女の子も甘い物を食べにやって来た子であるらしい。
確かに、私もパフェ屋が閉まるとなれば毎日が憂鬱な気分に見舞われると思う。
だから、この女の子の気持ちは痛いくらい分かった。
ただ、同時。
もしかして、この女の子なら他の甘味処の場所も知っているのでは……? という期待が湧き上がってしまう。
「この近くには、どうして甘味処がここにしかないんだろうなあ……」
でも、私のその期待はたった一瞬で木っ端微塵に砕け散った。
「……わ、私のパフェが……」
ユーミスさんが、ガロンさんみたく、趣味がパフェ作りだったりしないだろうか。
もうそんな期待するだけ無駄な希望に縋りたくなってきてしまう。
「……もしかしてお姉ちゃん、パフェを食べに来たの?」
「そう。パフェを食べに来てたの。貰ったお給金は全部パフェに捧げるくらいの気持ちでいるのに……これじゃあなんの為にヴェザリアまで来たのか分かんないよ……」
『……ちょっと前までギリギリ利いてた自制はどこに行ったんだよ』
ルゥがまたしても呆れてた。
でも、リュックの隙間が狭まったせいで私にギリギリ聞こえる程度の声量だ。
「パフェ、かあ。わたしも分かんないなあ。……あ、でもね、ここの甘味処は閉まっちゃってるけど、ノアさんが作ってくれるケーキはすごく美味しいんだよ」
「ノアさん?」
「うん。ここの近くの酒場で働いてる人なんだけど、小さなアイスが乗ったケーキを偶に作ってくれるの。それがすっごく美味しくて」
「案内して欲しい! 私を! 今すぐに! そこへ案内して欲しい!」
歩み寄っていた女の子の手を両手で握り締めて、私は早口になりながらもお願いする。
パフェではないけれど、聞く限り、限りなくパフェに近い。
時間は……日暮れまではもう少し時間がある。余裕があるとは言い難いけれど、そのノアさんのケーキを味わってから宿屋に戻る事にしよう。あわよくば、ナガレにお土産で買って帰ろう。
「べ、別に良いんだけど……なら、一つだけお願いを聞いて欲しいなあ、なんて」
捲し立てるように言葉を口にした私の様子に戸惑いながらも、女の子はその代わりに。
といって条件を突きつけてくる。
私よりずっと幼いのに交渉というものを理解している女の子だった。
「聞きましょう」
私は二つ返事で頷いた。
パフェでないのは残念だけれど、ヴェザリアにこれからも留まる事を考えたら、糖分を補給出来る場所はどうにかして知っておきたい。
「やった!! えっとね、さっきの喋るぬいぐるみさんを、触らせて欲しいの!」
「…………そ、そう来たかあ」
リュックの中で、ルゥの時が止まるのが不思議と理解出来てしまった。
ユーミスさんの件が余程にトラウマになっているのだろう。
しかし。しかしである。
私の中の悪魔が十秒くらいなら大丈夫じゃね? と囁いてくる。
天使は、ルゥには餌付けすれば十秒くらいなら我慢してくれるよと援護射撃をしていた。
つまり、私の中の答えは決まっていた。
背負っていたリュックを肩から外し、口元に近づける。
「……あ、あとで辛い物を買って来てあげるから十秒だけ我慢して」
『…………十秒だけだよ』
この腹ぺこドラゴンが餌付けに弱い事を、私はよく知っている。
十秒ならいける。
それを知っていたから本来ルゥに味方すべき私の中の天使も悪魔側にいたのかもしれない。
「えっとね、このぬいぐるみさん、ちょっとだけ恥ずかしがり屋さんでね。だから、十秒だけ。十秒だけなら……!!」
恥ずかしがり屋さんなぬいぐるみさんってなんだよ。
自分の発言ながら、メルヘンチック過ぎない?
とか思ったけど、女の子は「そうなんだ……!!」って納得してくれてるっぽいし、罪悪感で心が痛んだけど、口に出さずに黙っておく事にした。
それから、なんだかんだと十数秒。
角やら、手やら尻尾やら。
お触りされたルゥに、約束はちゃんと守ってよと言わんばかりに睨め付けられた私は、女の子にそのノアさんの下へと案内して貰う事となった。
それから、歩く事十分ほど。
女の子に案内をして貰った場所は、年季の入った如何にもな酒場だった。
とてもじゃないが、甘い物を提供してくれるお店とは思えない。
何も知らなかった私が、数十分前に速攻で除外していた場所でもあった。
「ノアさーん! お客さん連れて来たよー! ノアさんのケーキが食べたいんだってー!」
「ちょっ、フィーネ!? あれは裏メニューなんだって! そう堂々と叫ぶものじゃないから! 裏メニューのアイデンティティが泣いてる!」
元気よく入っていく女の子────フィーネちゃんの言葉を前に、悲鳴が聞こえてきた。
「……まぁ、裏メニューって言ってもあたし考案、あたし限定で振る舞ってるメニューってだけだから別に構わないんだけどさ」
確かに、わざわざ『裏』と称してるメニューを大っぴらにされては堪ったものじゃないだろう。でも、子供の無邪気さに罪はないと言わんばかりに、怒るに怒れない様子だった。
先に入って行ったフィーネちゃんを追い掛けて私は酒場に足を踏み入れる。
そこには偶然にも知った顔がいた。
「……テッドさん?」
「うぉ。なんつー偶然」
ギルドで出会ったお人好しな冒険者さん。
テッドさんが椅子に腰を掛けて座っていた。
「んぁ? あの男前は一緒にいねえのか?」
「ナガレの事でしたら、今はちょっとだけ別行動をしてまして」
「あぁ、依頼を受けるにせよ、準備とか色々あるか。それは兎も角、『エペランザ』の連中……特にソーマ。お人好しだったろ?」
「……あ。やっぱり知り合いの方だったんでさね」
得心する。
依頼を選ぶ際、明らかにって程では無かったけど、テッドさんがソーマさん達の依頼を勧めてる気はしていたから。
別に、そこに不満はない。
結局、受けるかどうかは私達がソーマさんと話した上で決めた事だ。
それに、テッドさんに悪意があったようにも思えなかったから。
「いや、知り合いかそうじゃないかと言えば、知り合いだが、酒を一緒に飲むような仲ではない」
「あれ。そうなんですか?」
「流石に、人に依頼を勧めておいて、依頼主の事を全く知らない、じゃまずいだろ」
実力的にも。人柄的にもある程度信用が出来るパーティーの依頼でもない限り、勧めたりはしねえさと付け加えられた。
「……もしかして、テッドさんの知り合い?」
「知り合いだ。つい数時間前くらいに知り合ったばかりだがな」
フィーネちゃんにノアさんと呼ばれていた茶髪の女性は、意外なものを見るような視線で私達を見詰めていた。
そんなに珍しい事なのだろうか。
「テッドさんって、割と有名な人だから。もしかして知らない?」
「……な、なにぶん、ヴェザリアには来たばかりでして」
なるほど。
テッドさんは有名な人だったのか。
「……あぁ。そういう事か。それで、テッドさんが世話を焼いたって訳だ」
「もしかして、よくある事なんですか?」
「ううん。テッドさん自身がギルドに顔を出すのは稀だから、よくある事ではないかな。でも、ギルドの中にも悪いやつはいるから、初めて来た感じの人には世話を少し焼いたりしてるみたい」
ノアさんは、私の疑問に答えてくれながら奥の方に引っ込んでゆく。
いつの間にやらカウンター席に腰掛けていたフィーネちゃんは、ナイフとフォークを手にしていた。
冷蔵庫から何かを取り出すあたり、ケーキを作るのだろうか。
「私達が幸運だったって訳ですね。とすると、ユーミスさんのあのヘンテコ地図も捨てたもんじゃなかったって訳だ……」
あの落書き地図がなければ、テッドさんと話す機会もなかっただろうから。
「……ユーミスって言うと、魔女か?」
何気ない私の呟きに、テッドさんが反応する。私からすれば意外だった。
「あれ。ご存知だったんですか?」
「成る程な。知人って言ってたのは魔女の事だったのか。知ってるも何も、ヴェザリアじゃあ知らない人間の方が少ないレベルだ」
「そんなに、なんですか……」
私の中ではもう、ダウィドさんの妹よりもルゥというか。
ベビードラゴン愛好家にしか見えない。
とどのつまり、変人。
だから、真っ当な評価を他の人から受けてるっぽい反応に、驚かずにいられない。
「ヴェザリア郊外で、小屋のような場所に住み着いてる変人。魔法の腕はとても立つが、そこで変な研究をしてると専らの噂だな」
「そ、そんな噂が」
「錬金術にも、魔道具製作にも使わないような素材を一人で買い占めては、小屋に篭って偶に爆発を起こしたり、毒々しい色の煙を漂わせてれば、そりゃあな?」
それはユーミスさんが悪い。
魔女という異名も、今なら納得しかなかった。
「しかし、よくもまあ、あの魔女と伝手を持てたもんだな。聞いた話じゃ、相当性格に難があるらしいが」
全力で肯定してるのか。
リュックの中で隠れて貰ってるルゥがその通りだと言わんばかりに動いていた。
「ユーミスさんは知り合いの知り合いみたいな関係ですね。私達と直接の繋がりがあった訳ではないんです」
ダウィドさんの妹────という事は省略して問題ないだろう。
知り合いの知り合いと説明をすると、テッドさんも納得した様子だった。
「今回は、ちょっと頼み事があって訪ねたんですけど……って、そうだ! あの、テッドさん。『露光の花』って植物を持ってたりしませんか!?」
ノアさん曰く、テッドさんは有名人らしい。
なら、もしかして『露光の花』を持ってたり。もしくは、持ってそうな人に心当たりはないかなと思って聞いてみる。
「……『露光の花』、か。また珍しいものを欲してるんだな。あぁ、依頼ってのはソレだったか」
ソーマさん達の依頼の件もあってバタバタしていたから、『露光の花』の依頼は明日に出す予定だ。
「悪いな。流石に、『露光の花』は持ってないし、持ってそうな人間に心当たりもない」
「そう、ですよね」
「でも、取って来れそうな人間になら心当たりはある」
「ほ、ほんとですかっ!?」
そもそも、上層階に行ける人間が限られているから依頼として出しても中々手に入らない。
そう言われていたから、長期戦を覚悟していたのに、思いもよらない幸運が転がり込んできた。
「そりゃあね。だってテッドさんって、Sランクパーティーの人間だし。『露光の花』? ってのはよく知らないけど、迷宮塔にあるものならテッドさんなら取って来れるでしょ」
フィーネちゃんの分と、もう一つ。
皿に盛り付けられたケーキを両手に、奥に引っ込んでいたノアさんが帰ってくる。
「はい、どーぞ。裏メニュー〝ノアスペシャル〟」
パフェではないけれど、フィーネちゃんが絶賛していただけあって、とても美味しそうなケーキだった────
「────って、Sランク!?」
まだ来たばかりだからよく分かってないけど、それでもSランクが凄い事は分かる。
「パーティーがSってだけで、オレが強いって訳じゃねえけどな」
昼間っから酒場に入り浸るような奴だぞオレは。と、自嘲するテッドさんをよそに、私はつい矯めつ眇めつと注視してしまう。
私自身が戦士というか。
魔法師ではないから詳しくは分からないけど、テッドさんからはなんというか、魔法師長であるガロンさんと似たような雰囲気が感じられる気がする。
「でもまあ、そういう事なら取って来れそうな連中に伝えるだけ伝えとくわ。だが、〝幽霊騒動〟の解決に出てる奴ばっかりだから、期待はしないでくれよ」
「はい。勿論、何かのついでで大丈夫です」
本格的な依頼という体ではないし、気に掛けてくれるだけでも感謝の念が尽きない。
ナガレがいない間に甘味処を探し歩いていた────だけでは少し申し訳なかったので、良いお土産が出来た気がする。
そんな事を思いながら、ノアさんが用意してくれたケーキを私はフィーネちゃんと一緒になっていただく事にした。




