三十六話 由々しき事態
魔法都市アストレアに位置する錬金寮。
その食堂にて。
「————判決を下します。被告ルゥ、有罪」
むにーっ、と柔らかくもこもこした頬を盛大にびろーんと引っ張りながら有罪判決を私は下す。
「『ふへ、ふへへひ』」と、弁明したそうに舌足らずながら言葉を並べ立てようとしていたけど、そんなものは知るか。
ルゥは越えてはいけない一線を越えたのだ。
情状酌量の余地は微塵もない。
「もー、ルゥの馬鹿ぁぁぁぁぁあ!! うわぁぁあ!! うわぁぁぁあ!!」
「『ち、ちょっと、やめて、よ、ふ、酔うからやめて、うぷっ』」
「……何やってるんだお前ら」
私は責め立てるように叫びながら、ルゥを前後に強くガクガク揺らしていると、騒ぎを聞きつけたナガレから呆れた様子で尋ねられる。
「聞いてよ、ナガレ! ルゥが私が大事に取っておいたおやつを食べたんだよ! それも5つ全部!!」
「なら、そこの腹ペコドラゴンが全部悪いな」
「『ち、違うんだって!! やむを得ないじじょーがあっへ』」
…………。
そこまで言うのなら、そのやむを得ない事情とやらを聞こうじゃないか。
そう思って私はびろーんと引っ張っていたルゥの頬から手を離す。
ルゥへと集まる視線。
しょーもない理由だったら暴れるからな、と私は目で訴えかけておく。
「『……そ、その、生命の危機にあったんだ。もう、何かを食べないと死んじゃうくらいのヤバイ感じの』」
ふむ。
「『流石にぼくも申し訳ないって思ってたんだよ……? でも、背に腹はかえられないっていうか、だから、やむを得ず! 仕方なく! 今回だけ————』」
確かに、ドラゴンと人とでは代謝やらも色々と違うだろうし、一日食べていなかっただけでそんな事に起こり得る可能性はあったのかもしれない。
とすると、私の気が回っていなかった事も一因なのかもしれない。
大事にとっておいたおやつを食べられた事は痛手ではあるが、空腹で倒れそうだったのなら、それもまあ、少しだけ仕方なくはあるのかもしれな————
「ぅん? そこで集まって何してんすか? って、ルゥ坊もいるじゃねーっすか」
私の思考を遮るように、今度はぐるぐる眼鏡にダボダボTシャツという奇抜な格好の男性、ウェルさんまでもがやって来る。
「なら、丁度いいっすね。そういや、感想聞きたかったんすよ。どーだったっすか? アリスに今度食わせてやろうと画策してる激辛ラーメンの味は!」
————ルゥ坊が辛いもの好きっつーんで、味見がてらちょっと食って貰ってたんすよ。
ウェルさんは、良からぬ企みを告白しながらへへへと、はにかむ。
……でも、あれ。
その言い草だと、ついちょっと前に食べて貰ったような感じなんだけども。
「『あー! あれね。あれは中々の辛さだったよ。耐性がないと多分、お尻が大変な事になるんじゃないかなあ。かくいう辛いもの好きなぼくも、サシャのおやつを食べて中和する羽目に……あ゛っ』」
ルゥの大嘘が露見した瞬間であった。
語るに落ちるとはこの事か。
「許すまじ」
再び、びろーんと頬を引っ張りながら、ルゥへ私はお仕置きを執行する事にしていた。
「……はぁ、楽しみに取っておいた最後の5つだったのに」
しかも、そのおやつを販売していたお店は、何故か、先月いっぱいで営業を一時休業となってしまっている。
だから、無くなったのだから買いに行けば良いじゃないか。
そんな言葉はこれっぽっちも通用しない。
「にしても、この腹ぺこドラゴンの事は兎も角、最近、休業になるお店多いよね」
「材料の値段が急に高騰したせいで、店が回らなくなったとこが多いんだっけか」
「うん、そうそう」
それはつい最近、パフェ仲間でもあり、ここ、魔法都市アストレアの魔法師長でもあるガロンさんとも話していた内容でもあった。
このままだと行きつけのパフェ屋も、休業になるのでは……?
という危機感の下、由々しき事態であるとして、職権濫用をしてでもその調査を————もとい、アストレア王国の為にガロンさんが調査をしてくれているらしい。
全く、頼もし過ぎる人である。
「魔物が急に大量発生してるせいで、行商が襲われている。材料となるものが食い荒らされた。そんな噂はちらほら聞くな」
「よし、じゃあ早速、ルゥにその魔物を倒して来て貰おう」
これでさっきの事はチャラにしてあげる。
そう言って交渉を持ち掛けてみるけど、ルゥの返事はあろう事か、NOであった。
「『……ぼく達シルバードラゴンが、補助に特化したドラゴンって事は知ってるでしょ。火を噴いたり、氷を吐いたりするのはレッドドラゴンとかブルードラゴンの専売特許。ぼくには無理だよ。諦めて』」
返事をして貰わなければならなかったので、頬を引っ張っていた手を離して返答を待ったが、それをしたいなら他のドラゴンに頼めというちっとも使えない返事がかえってきた。
「……今日の晩ご飯は、シルバードラゴンの丸焼きになるかもしれないね」
「『わ、わ、わ!! ちょ、ちょっと待った!! 殲滅とかは難しいけど、手伝わないとは一言も言ってないから!! 手伝う! ぼくめっちゃ手伝うから!!』」
自分でも分かる程に、底冷えした声音だった。それ故か。
ルゥもそれがまるっきり冗談であるとは思えなかったのか、恐ろしい事を口にした私を宥めるように、慌てて弁明を行っていた。
「でも、もし殿下の言ってる事が真実なら、錬金術師のおれらに出来る事って何もない気がするんすけど」
その側で、ウェルさんが正論を口にする。
この前のような〝ネードペント〟のような一件ならば兎も角、単純な魔物による影響だけであるならば、錬金術師ではなく、魔法師の方々に一任すべき一件だろう。
「……まぁ、それはそうなんですけど。でも、何の理由もなしに魔物が大量発生するとかあり得ますかね」
「何かしらの理由はあるだろうな」
ナガレがそう口にして私の発言に対し、同意をした直後だった。
「……なーんで、このわたしが小間使いのような事をしなくちゃいけないのよ」
辟易とした様子で紡がれる言葉。
トレードマークのツインテールを揺らしながら、特注の正装に身を包んだ少女、カトリナちゃんの姿が私の視界に映り込む。
「ガロン魔法師長の頼みじゃなければ、こんな役目引き受けなかったというのに……」
「あれ? カトリナちゃん?」
普段であれば、錬金寮にはまず現れないであろう人物だった事もあり、語尾に疑問符がついてしまうけれど、見間違いようもなく、今しがた近づいて来ている少女はカトリナちゃんであった。
「はい。これ、ガロン魔法師長から貴女に渡してくれって頼まれたもの。確かに渡したわよ」
そう言って、カトリナちゃんから手のひらに収まるサイズの麻袋を手渡される。
錬金寮に長居をするつもりはないのか。
それを渡したカトリナちゃんは、そそくさとその場を後にすべく、踵を返す。
「カトリナちゃん、これって?」
「さあ? 私はただ、この前話した由々しき事態について、進展があったから貴女にこれを渡して欲しいって頼まれただけだもの」
だから、詳しく聞かれても知らないし、答えようがないとにべもなく告げられた。
「……由々しき事態、っすか」
事情を知らないウェルさんが、不思議そうに言葉を繰り返していたが、それに律儀に答えるより先に私は麻袋に収められていた「何か」を取り出す。
そこには、目玉程度の大きさの石が入っていた。紫と青が混ざったような……鉱石、だろうか。
「〝魔晶石〟だな」
一体これは何だろうか。
頭にある知識をゆっくり掘り起こす私だったけど、自力で答えに辿り着くより先に、ナガレがその答えを口にした。
「魔力を発生させる鉱石っすね。ダンジョンの深部で取れる珍しい鉱石の筈なんすけど、何を思って魔法師長はサーシャさんにそれを渡してきたんすかね」
「……うーん」
由々しき事態という事は、まず間違いなくこの前話したパフェの件についてだろう。
その事についてはナガレもある程度把握している筈だし、だからこそナガレもガロンさんの意図がいまいち掴めないでいたのだろう。
側で、難しそうな顔を浮かべていた。
「ガロンが意味もなく渡すとは考え難い。だからきっと、何らかの理由あって渡してきたと考えるべきだろうな」
とは言っても、ガロンさん自身は何か手が離せない事情でもあるのだろう。
でなければ、カトリナちゃんにわざわざ届けてくれと頼むわけもない。
「『……それ、〝魔晶石〟だけど〝魔晶石〟じゃない気がする』」
ぐるぐると考えを頭の中で巡らせて思案する中、横から割り込むようにルゥの声が聞こえて来る。
訝しむような様子で言い放たれたその言葉の意味は、いまいちよく分からなかった。
「『見た目は〝魔晶石〟で合ってると思う。でも、それは〝魔晶石〟本来の役割は果たしてないよ。少なくともぼくの目から見て、魔力を発生させてる気配はこれっぽっちも感じられない』」
「……それってどういう」
ベビードラゴンであるルゥには、私達人間には見えない魔力の流れのようなものが見える。
だからこそ、その言葉は本当なのだろう。
しかし、〝魔晶石〟なのに、魔力が発生していないという事はどういう事なのだろうか。
「『さあ。流石に見ただけじゃ、ぼくもそれ以上は分からないかな。でも、それが本来の〝魔晶石〟とは異なってるって事だけは言い切れるよ』」




