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家から追い出された私は、隣国のお抱え錬金術師として、幸せな第二の人生を送る事にしました!  作者: アルト/遥月@【アニメ】補助魔法 10/4配信スタート!
一章

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三十五話 幸せな第二の人生を

 突然の出来事に、私の頭の中が真っ白になる。

 どうして、彼は私がサーシャ・レイベッカであると知っているのだろうか。


 ぐるぐると脳内で疑問が駆け巡る。

 でも————。


「お気持ちだけ、頂いておきます」


 知られていようが知られていまいが、私の答えは変わらないじゃん。

 そう自分自身の中で答えを出して、閉じていた口を開き、先程と何ら変わらない言葉を紡ぐ。


 己の出自が知られていたとしても、何も。


「やり返したい、とか何も思わねえのか?」


 私の返事が意外だったのか。

 ローグ王子は、意外なものを見るように、片眉をぴくりと跳ねさせていた。


「そもそも、気にならねえのか? どうして、オレがあんたの名前を知ってるのか、とか」


 元々顔を知っていた。

 という可能性だけはあり得ない。


 レイベッカ伯爵家の中で、私がどういう扱いを受けていたのかは私が一番知っている。

 出来れば、私とレイベッカを切り離したいと考えていたからこそ、図書館に入り浸る事を許されていた。

 それで厄介払いが出来るなら、と。


「気にならない、といえば嘘になりますが……でも、気にしても意味はないかなって。それに、何となくですけど、理由は分かる気がするので」


 ローグ王子が、私が実家に対して、何らかの制裁を希望するならば。

 と、口にしていた理由は、そう思うだけの何かが必然、あったからだろう。


 そして、彼が私を知っていたという事実。

 そこから答えを導き出すならば。


「分かった上で、何も望まねえと?」


 姉であったミルカか。

 または、義母あたりがローグ王子に何かを吹き込んだのだろう。

 だとすれば、全てに合点がいく。


「私が何かを望んでいたのなら、そもそも偽名なんて使ってませんよ」


 相手は一国の王子。

 けれど、何かを望んでいるなら、恩を着せてしまえばいい。でも、望む事が無かったから偽名を使い、その上、そそくさと帰ろうとしていた。

 故に、それは愚問でしょうとしか言いようがなくて。


「それに、今の生活、結構気に入ってるんですよね」


 だから、今はアストレアから動く気はないと告げておく。

 今の生活を捨ててまで、フィレールに戻る必要はあるのかと問われれば、私は刹那の逡巡すらなく「ない」と答えるだろう。


「でも、その上でもし、私の願いを聞いてくださるのなら、一つだけ」

「ほぉ? いいぜ。遠慮するな。なんでも叶えると言ったのはオレだ。余程の事じゃねえ限り、叶えてやる」

「では、レイベッカ伯爵家の取り潰しだけはやめて頂けると幸いです」


 その一言に、ぴしり、と空気に亀裂が入ったかのような錯覚に陥った。

 というより、ローグ王子とナガレ、そして宰相さんまでもが全員、瞠目する羽目になっていた。


 でも、私がその言葉を口にした理由は彼らが今まさに考えているであろう事とは、間違いなく違う。

 だって。


「取り潰しになって、母のお墓までどうにかされちゃうのはその、忍びないので」


 私がそう口にした理由は、間違ってもレイベッカの為でも、父の為でも、姉の為でも、義母の為でもなくて。

 私の唯一の味方だった、母の為だから。


「今回の件で、レイベッカがどうにかなって、母のお墓にまで影響が出るのは避けたくて。だから、お願いがあるとすれば、そのくらいですね」


 普通の貴族なら、多分違うんだろうけど、私の場合、実家に対しての執着心みたいなものが本当に一切なかった。

 たぶん、取り潰しになった。

 などと聞いても、ほとんど何も感情を抱かないくらいに。


 というより、これまでの接し方のせいで、家族というより身近にいる他人同士。

 という認識が強かったから。


「…………」


 私のその発言を前に、ローグ王子は未だ、驚愕の表情を顔に貼り付けていて。

 やがて、


「……牢の中で、アイツらは、お前の事をずっと罵倒していたそうだ。レイベッカの血を引いていない(、、、、、、、、)お前が、全ての元凶であると。今回はそうでなかったが、下手をすればお前にまで被害が及んでいた可能性はあるんだぜ?」


 隣でナガレは驚いていたけど、何となく、私はその事を知っていた。

 というより、幼少の頃こそ気付けなかったけど、歳をとるにつれ、想像の幅は広がる。

 嫌がらせのような陰口もいっぱい聞いてきた。

 だから、そこまでの驚きはなくて。


「まぁ、それはそうかもしれないんですけど、ただ、結果としてそうはなりませんでしたし、いっかなって。ぶっちゃけちゃうと、やりたい事がいっぱいありすぎて、憎む暇もないってのが本音ですかね」


 先輩風を吹かしたウェルさんから、工房に置いてある機材について今度教えて貰う予定だし、アリスさんからは、アストレアで採れる薬草の場所について教えて貰う事になってる。


 ガロンさんからは、今度、一緒にオリジナルのパフェを完成させようと誘われてるし、ナガレには近いうちに港街限定の〝塩パフェ〟を奢って貰わなきゃいけない。これは絶対。


 あと、なんか私には見所があるらしく、カトリナちゃんが今度、魔法を教えてくれるらしい。

 そしてルゥには、最近、色々と手伝った見返りとして、パンを所望する!

 とか言われてるし、兎に角、忙しいのだ。

 きっとこれが、うれしい悲鳴って奴なんだとは思うけれど。


「だから、私がローグ王子にお願いする事があるとすれば、母の事くらい、ですね」


 母はレイベッカの人間として亡くなってしまってるから、最低限、影響が母に及ばないように。

 それさえしてくれれば、私からは何も。


 というと、隣にいたナガレが堪えるように笑っていた。


「相変わらず、欲がないな」

「あるよ。欲くらい。私だって人間だもん」


 人並みに欲はあるつもりだ。

 ナガレは、気付いてないみたいだけど。


「でも、私の欲は誰かに叶えて貰えるようなものじゃないから、そう見えるのかもしれないけど」


 基本的に、自分でどうにかしなきゃいけないものが多い。たとえば、笑って過ごせる人生を過ごしたい、とか。


「金銭を要求すれば、サーシャの好きなパフェが食べ放題だったぞ?」


 ローグ王子にバレちゃったからか、偽名云々の件は放り出して、いつも通りサーシャ呼び。

 ただ、ナガレの指摘は中々に痛いところを突いてくれる。


「……た、確かに」


 だからつい、同意してしまう。

 そして、ちょっぴり後悔するけど、


「で、でも、いいよ。食べたくなったらナガレに奢って貰うか、ガロンさんに作って貰えば良いし。ほら、ね?」

「……アストレアの魔法師長を、パフェ作りの為に呼び出すのは世界全土探してもサーシャくらいだろうな」


 ……とはいえ、ガロンもガロンでそれについては満更ではないんだろうが。


 そう言って、ナガレは若干呆れていた。


「く、ははっ。本当にな。そこのナガレ王子の言う通りだ。欲がねえ。だが、そういう事なら分かった。あんたの母の墓に関しては、オレが責任を持とう。あと、それを踏まえた上で、レイベッカ家の処遇については決めよう。それでいいか?」


 きっと、私や母の事を目の敵にしていた義母や姉は、その母の存在故に救われた。

 などと聞こうものならば、荒れ狂うのだろう。


 とはいえ、そこまでは私の知った事ではなくて。


「はい。ありがとうございます。ローグ王子」


 そして、今度こそその場を後にしようとして。


「……あぁ、それと、もしフィレールで困った事があればオレの下を訪ねてくれりゃいい。便宜を図ってやる。ま、これはあんたに対する謝罪代わりみたいなもんだから、気にする事ぁねえよ。……さぁてと、使用人共の騒がしい声が聞こえてきたし、オレはそろそろ戻るとしますかね」


 言われてもみれば、つい先程から多くの足音が聞こえてきていた。

 それと一緒に、ローグ王子ー! と、呼ぶ声も幾つか。どうやら、病み上がりにもかかわらず、部屋から勝手に出てきてここまで来たらしい。


 何というか、自由な王子様だった。



* * * *



 城を出ると、ここ数日の間にすっかり馴染み深くなった重量感が頭にのしかかる。

 髪越しに伝わるもこもことした感触。

 あえて確認せずとも、それが何なのかはよく分かった。


「部屋にいたんじゃないの?」

「『暇だったから、散歩してたんだよ』」


 アストレアからフィレールまでそれなりに距離があるのに、近くの庭を歩いていたかのような様子でルゥはそう口にする。

 まぁ、竜と人間の間で、認識が違う事は仕方ない事ではあるんだけれども。


「それで、サーシャとナガレはどこに向かってるの?」


 ローグ王子と別れた後、私はナガレにある場所に寄りたいとお願いをしていた。

 その方角が、アストレアとは逆方向だったからだろう。ルゥから、そんな指摘を受ける。


「それはね……」


 ためてみる。

 いかにも、重要な場所なんですよアピールをちょこっとしてみる。

 心なしか、ゴクリとルゥが唾液を落とし込む音が聞こえたような気がした。


「行きつけだったパフェ屋!!」

「『……聞いて損した』」

「えええええ!! そこはなんだってええ!? ぼくにも食わせろ!! って言うところじゃん!?」

「『……あの、甘くて冷たいやつでしょ。ぼく、アレあんまり好きじゃないんだよね』」

「……絶交を考える時がやって来たかもしれない」

「『ええええええ!?』」


 違う意味でルゥは驚いていた。

 でも、こればかりは仕方がない。

 パフェを好きじゃないとか言うルゥが10対0で悪い。


「でも、本当にアレで良かったのか、サーシャ」


 ぎゃーぎゃー、言い合いを始めていた私とルゥの会話に割り込むように、ナガレが言う。


 アレとは恐らく、つい少し前のローグ王子との話の内容について、なのだろう。


「うん。いいよ。あれでいいの。それに、ローグ王子に、何かをして貰わなくても、十分すぎるくらい楽しいし」


 誰かを憎んで苛々する暇があるなら、その分、げらげら笑ってた方が余程いい。

 もしくは、その時間をパフェに費やしたい。


「そう、か。なら、いいんだ」

「それはそうと、ありがとね、ナガレ」

「ぅん?」

「錬金術師にならないかって、誘ってくれて」


 隣国の錬金術師。

 始めはその言葉にいまいちピンと来なかったけど、今となっては掛け替えの無いものに思えて仕方がない。


 第二の人生、という言い方は少しアレだけど、あの時、ナガレに誘って貰えて本当に良かったと思ってる。

 ただ、私はその言葉を一方的に告げて、駆け出した。


 私とナガレの性格からして、お礼を言い出したら水掛け論になるのは目に見えてるので、一方的に言っちゃうくらいが丁度いいのだ。


 そして、目の前に見えていたパフェ屋にて、季節限定パフェなるものを注文し————それから数分後。

 パフェ自体は好きじゃないけど、上に乗ってるフルーツはそこそこだからそれだけ頂戴と、勝手に齧り付いたルゥと私の言い合いが勃発。


 どこか無人島にでも飛んでいって、出来立てほやほやの果物取ってこいやー!

 と、叫び散らす私と、宙を飛び回って素知らぬふりをするルゥのやり取りを、ナガレがめちゃくちゃ爆笑して見つめていた。


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