三十二話 ポンコツドラゴン
* * * *
「『まるで、嫌な予感が的中してた。みたいな顔してるけど、何かあった? ぼくで良ければ話、聞いたげよっか』」
ガロンさんとのあの話から数時間後。
日も落ち、空は夜闇に染まりかけていた頃。
錬金寮に戻ってきた私を、そう口にするルゥが出迎えてくれた。
〝ネードペント〟のあの一件の後。
ベビードラゴンであったルゥは何故か、「ついて行った方が楽しそうだから」なんて漠然とした理由で、アストレアにまでついて来ていた。
そして、ルゥの寝床は何故か私の部屋。
とはいえ、良い枕が出来たと喜んだのも束の間。重いからヤダ。と言われ、涙で枕を濡らしかけた事はまだ記憶に新しい。
始めは、ガロンさんあたりがルゥの事について反対すると思っていたけど、空を飛べるドラゴンが相手ならこっちが拒絶しても意味ねえだろ。
と、民に危害を加えない事を条件にあっさりと許可が下りてしまっていた。
「……よく分かったね」
珍しく、側にナガレはいない。
というより、あえて一人にして貰っていた。
ガロンさんはああ言ってたけど、きっとそれでも、私が「どうしても」といえば、ナガレはどうにかしてくれただろう。
だから、一人にして貰う事にした。
その好意に甘えるべきではないと思ったから。
「『それで。何があったの?』」
設られたベッドのど真ん中を、小さな身体で占領しながらルゥは言う。
その問い掛けに、私は別に隠すほどでも無い。
寧ろ、ルゥから何か解決策を貰えるならば、話すべき。
そう判断を下して、ガロンさんが錬金塔に訪ねてきたあの後の出来事を、一つ一つ丁寧に私は話す事にしていた。
まず始めに、私の身の上話。
そして、育った家のこと。現状。
アストレアにとっての隣国にあたるフィレールにて、国を騒がしているポーションに似た毒物が、私のレシピによって作られたであろう事。
その全てが判明して、理解して、その上でとフィレールに、私にも責任があるからと向かおうとして————やっぱり、止められて。
自業自得なのでは。
大切な家族ならまだしも、私にとってのレイベッカを、助ける理由はないと指摘をされ。
それに対して、反論出来るだけの「何か」を私は持ち得てはいなくて。
でも、見て見ぬ振りは、したくなくて。
……そんな考えを、私はルゥに吐き出した。
「『うん。何というか、ぼくはキミらしくていいんじゃないかなって思うけどね』」
その言葉に、違和感を覚えずにはいられなかった。
ルゥに対して、お前に何が分かるのだと言いたいわけじゃない。
ただ、私とルゥの付き合いは数日程度だ。
なのに、刹那の逡巡も、寸の疑念を抱く事もなくそう言い切れてしまう理由は一体何なのだろうかと思わずにはいられなかった。
そして、私のその心境を浮かべる表情から読み取ったのか。
「『ドラゴンは魔力を食べるからね。だから、魔力には特に敏感で、そこから色んなことが分かるんだ。為人なんか、もね。典型的な悪人はすっごい臭くて、濁ってて……って言っても、サシャには分からないっか』」
私の疑問に、ルゥが答えてくれる。
流石にアストレアに来てまで〝聖女の子〟、と身に覚えのない呼び方で呼ばれる事はやめてくれと言ったところ、サーシャではなく、何故かサシャで落ち着いていた。
「『だからこそ、ぼくはキミらしいと思う。そういう性格だって事は薄々分かってたし。〝聖女の子〟って呼んでいたのは、それが理由。ぼくは若輩だから、実際に見たわけじゃないけど、かつて〝聖女〟なんて呼ばれていた子の周りには、同じような子がたくさん集まってたんだってさ』」
類は友を呼ぶ、とでもいうべきか。
そして、どうしてルゥが私をそんな言い方で呼んでいたのか。その疑問が氷解した。
「『まぁ、そんな過去話は兎も角。キミは結局、どうしたいの?』」
「私、は」
「『助けたい? 昔の、家族を』」
囁くような声だった。
そう思うなら、そうしても良いとぼくは思うよ。ルゥの声音は、そう告げていると分かるものだった。
でも私は。
「分からないんだよね、それが」
フィレールに向かうべきとは思ってる。
でも、その理由がいまいち判然としていなかった。
はっきりしていれば、きっと今頃、ナガレなり、ガロンさんなりを説得しようとしていただろう。ルゥにこうして相談しているという事は、つまり、そういう事。
「思うところが何もない、って言えば、きっとそれは嘘になる」
お人好し。
なんて称される事もあったけど、理不尽な事をされれば怒りたくなるし。
突き放されれば悲しくなる。泣きたくなる。
ひとりぼっちは嫌だし、優しくされれば嬉しく思う。
私だって、何という事はない一人の人間だ。
「『なら、もう答えは出てるんじゃない?』」
「……うん。私も、そう、思ってたんだけど」
ルゥの言葉に同意する。
リスクを冒してまで助ける義理はないと、私自身も少なからず思う部分はある。
だけど、
「なんか、それで良いのかと言われると、何故か素直に納得が出来なくて」
理由は薄々だけど分かってる。
理解されない気がしてたから、ナガレや、ガロンさん達の前では言わなかったけど、その理由はきっと————。
「多分それは、私が〝錬金術師〟だからなんだと思う」
「『……錬金術師だから?』」
ルゥには通じなかったのか。
疑問符を浮かべていた。
「たとえどんな経緯があろうと、自分の作ったレシピには責任を持ちたいし、何より、私が錬金術師になりたいと思った理由は、家の事もあるけど、錬金術師そのものに憧れたからでもあるから」
私が目指す錬金術師像というものが、そういうものなんだと告げて。
「『そっか。なら、それで良いんじゃないの? ぼくは、そう思うけどな』」
ナガレや、ガロンさんの前では躊躇って言えなかった言葉。
勇気を振り絞って口にすると、拍子抜けする程あっさりな返事がやってきた。
それは、私の言葉の背を押す返事であった。
「『サシャに過保護なナガレは反対するだろうけど、ぼくはそれで良いと思うよ。なにせこれは、言ってしまえばサシャの人生だ。選択は他でもないキミ自身がするべき。断じて、他人の意志によって委ね、決められるものじゃないからさ』」
その上で出した答えなら、ぼくは何であっても尊重するよ。
そう言って、ルゥは言葉を締めくくる。
だから、破顔せずにはいられなかった。
「なんというか、ルゥもやっぱり、私の何倍も生きてるドラゴンなんだね」
「『……まるで、今の今まで信じてなかったみたいな言い草だね』」
「信じてなかったってわけじゃないけど、その、時々おっちょこちょいなところもあるし? あんまり、年上、って感じがしなかったんだよね。見た目もほら、小動物って感じがして可愛いし」
遠目からは、もこもこした白い何かにしか見えない。
「『し、小動物……』」
絶句するルゥであったが、その反応も含め、やっぱりどこからどう見ても愛嬌ある小動物だ。
「……でも、そうだね。うん。ルゥの言う通りだと思う」
誰かに迷惑をかけるともなると、それはそれで別に考えなくちゃいけないけど、出来る限り後悔をしないで済む選択をするべきだろう。
だったらきっと、錬金術師としての私がすべき事は、己がレイベッカの人間であった事は関係なしに、少しでも力になれるであろう行為をすべきだろう。
まだ、一人前ではないかもしれない。
けど、錬金術師として生きると決めたからには————。
「ありがと。ルゥに話して良かった」
「『……まぁ、力になれたなら良かったよ。で、これからどうするの?』」
「ナガレに話してみる。私を錬金術師として迎えてくれたのは、他でもないナガレだから」
そもそも、ナガレが居なかったら、まず間違いなくアストレアにはいかなっただろうし、今の私はなかった。
だから、それが最低限の筋。
そう思って踵を返した私が、部屋を後にし、ナガレの下を訪ねよっかな。
と思ったところで、頭に覚えのある重みがのしかかる。
髪越しにも伝わるもこもこ感。
ルゥが頭に乗っかったのだと分かった。
「『背中を押したのはぼくだし、ナガレの説得なら、ぼくも協力したげる』」
「とかいって、お腹空いただけでしょ」
「『ぎく』」
数日も一緒にいれば、ある程度ルゥの事も分かってくる。
大抵、こうして都合の良い言葉を並べ立てたり、私の側にいようとする時は決まってお腹が空いた時。
現に、図星を突かれたと言わんばかりの反応を見せていた。
どうにもルゥは、隠し事が苦手なドラゴンらしい。
そして、頭の上にルゥを乗せたまま、私は部屋を出た直後。
「「あ」」
ちょうど偶然、ナガレとばったり出くわす。
お陰で、二人して同じ反応をしてしまった。
部屋の前にいたって事は、何か私に用でもあったのだろうか。
ただ、ちっとも身構えてなかったせいで、ナガレに向かって話そうと思っていた事が口から出てきてくれない。頭の中は真っ白だった。
「る、ルゥ」
「『……ぐ、ぐうぅ』」
頭の上に乗っていたもこもこに助けを求める。
けど、肝心のルゥは、私の求めに応じるどころか、協力をするとか言ってたくせに、寝たふりをしやがった。
さ、最悪だ。このポンコツドラゴン……!
「なぁ、サーシャ」
「ぁ、えと、違うの。違うんだよ。決して私は、ルゥと何かよからぬ事を企んでたわけじゃなくて、」
「少し、時間いいか?」
「ただ、お腹空いたねーって話してただけ……って、時間?」
ナガレに話すつもりではいたけど、もう少し考えを纏める時間が欲しかった。
あと、説得する為の言葉も考えたかった。
だから、今はまだ。と、どうにかその場凌ぎのはぐらかしを試みる私だったけど、本当に用があったのか。時間はあるかと聞かれ、言葉を止める羽目になった。




