二十三話 三日後当日
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それからちょうど、三日経過したその日。
「————うん。これで完成、かな」
錬金寮に位置する工房。
この三日、殆ど篭りきりだった場所にて、私は破顔し、達成感に浸っていた。
側には青と緑が混ざり合った液体が注がれた硝子の入れ物が三つ。
これが、今の私に出来る最大限の貢献の形であった。
「ナガレもありがとうね、最後まで付き合ってくれて」
この三日間。
休息を取れと言ってくれていたガロンさんの配慮なのか。登城する必要はないとアリスさんを介して伝えられていたので、ウェルさんよろしく、私はずっと寮の工房に篭っていた。
ただこれはあくまで私の意思であり、我儘。
だから、ナガレまで私に付き合う必要はなかったのに、律儀に最後まで付き合ってくれていた。
お陰で、こうして三つも完成した。
「俺が好きでやった事だ。まぁただ、ガロンに対しての誤魔化しは少々骨が折れたけどな」
「人事を尽くして天命を待つ。って言うんだっけ? やれる事はやっておきたい性格だからさ」
今日が来るまでに一度か二度。
ガロンさんやダウィドさん達から、ちゃんと私が休養を取っているか。
という確認がナガレにあったらしい。
その事もあってか。
————おれとは真逆っすね……本当、いいっすねえ。その立場代わってくんないっすか。おれなんて。おれなんて、毎日働けとか言われてるのに……ぐすん。
などと、ウェルさんがいじけていたのが印象に残っている。
「というわけで、はい。これナガレの分」
作り終えた三つの完成品のうち、一つをナガレに手渡す。
「他の魔法師に渡す用に作ったんじゃないのか?」
「まぁ、そうなんだけど。でもほら、ガロンさんの分はあるし、折角三つも出来たからナガレと私で分け合うのもアリかなあって」
元々は一つ出来たら良いかなあ程度に作っていたけれど、何故か出来上がってみると三つ分も完成しちゃっていた。
だから、一つは当初の予定通りガロンさんに渡すとして、残りの二つは自衛も兼ねて私とナガレで分けるのも良いかもしれない。
そう思ったからこそ、こうして私はナガレに手渡す事にしていた。
「あんまり考えたくはないけど、私達が〝ネードペント〟と相対した時に使う感じかな。多分、効果時間は量的に一分あるかないかくらいだと思うけど」
一分、と聞くと物足りない印象を抱いてしまうけど、製作に要した時間を考えると個人的には大健闘した方だと思ってる。
「にしても凄いよ。ポーションの時もそうだったが、特に発想が。勿論、サーシャの錬金術の腕も本当に凄いと思うけどな」
「んふふ。私もやる時はやるからね。割と偶然の産物が多いけど、やる時はやるから!」
もっと褒めて良いんだよ!
偶然の産物だけど!
と、ピノキオのように鼻を高くして自然に浮かんだ笑みを隠す事なく胸を張ってみる。
すると、胸を張り過ぎたからか、若干肩が痛くなる。大仰な身振りをしようとした事で起こった弊害にナガレも気付いてか。
小さく笑われる羽目になった。……ぐ。
「元気なのは良いが、あんまり張り切り過ぎるなよ。あくまで今回は俺達がメインじゃないんだ」
私達はいわばついでであり、保険。
活躍する機会がなければそれに越した事はない。その事はちゃんと理解してる。
「分かってるって。だから、こうして事前準備の方に力を入れてたんだし」
「それなら良いんだけどな」
どうにも、ナガレは私が張り切り過ぎて何かをやらかさないか心配であったらしい。
……失礼な。って一瞬思うけど、張り切り過ぎて作っていたものを爆発させちゃったりと、今までに色々やらかした記憶が頭の片隅に残っていたのでここは素直に口を噤む事にした。
そんな折。
「失礼しますね」
外に繋がっているドア越しに、声が聞こえてくる。それは、少し以前に聞いていた声。
程なく、ドアが押し開けられる。
「ガロン魔法師長からお届けものです」
穏やかな口調に反して、ならず者もびっくりな強面の騎士さん。
アストレアに来た際に、王城にまで案内をしてくれたガルシアさんが手に荷物を抱えて、そこにいた。
「ガルシアか」
「下手に魔法師を向かわせると面倒になりそうだったから、おれにコレを届けさせたみたいですよ」
どうして、ガルシアさんなのか。
その疑問が、告げられる言葉によって氷解。
抱えた荷物が、こうして私達の下にやって来てくれた理由なのだろうけど、その中身に一切心当たりがなくて、少し戸惑ってしまう。
「というわけで、お渡ししますね」
歩み寄り、私とナガレそれぞれに対しての荷物だったのか。
袋に包まれたそれを手渡される。
なんというか、布のような感触だった。
「えっ、と、これは?」
「服です。サーシャさん達用に、ガロン魔法師長が魔法師の正装を用意してたみたいですね」
……それは、錬金術師の正装では駄目なのだろうか。
反射的に思った私の疑問を理解してか。
「生地の素材が違うんですよ。特に、魔物との戦闘等を考えている魔法師の正装は、頑丈に作られていまして。なので、ガロン魔法師長があえて用意なさったんでしょうねえ」
「確かに、今回のような場合は、魔法師用の正装の方が良いか」
そう言って、渡された服を袋から取り出し、広げてみる。
錬金術師の正装と瓜二つだけど、何というか。
手触りの時点で素材が違う事がよく分かる。
似ているのは見た目だけらしい。
「ちなみに、返す必要はないそうです。使い道がなければ、素材を取りに向かう際の外着として今後は使ってくれればいいとの事です」
魔法師用の服ともなれば、素材にもお金を掛けているだろうし、普通に買うとなるとどのくらいするんだろうか。
「ただ、着る場所は恐らく選ぶ必要があるだろうから、そこだけ気を付けてくれ、と」
「……あぁ。裏切り者みたいになっちゃうもんね」
錬金術師なのに、魔法師の正装を着ていたら必然、そうなる可能性は極めて高くなってしまうか。
とはいえ、事前に事情を話していれば、諸手をあげて賛同し、ウェルさんあたりは「ぐちゃぐちゃになるまでボロ雑巾のように使ってやれ!」とか言いそうだなあと思う。
「ところで、どうですか? アストレアは。慣れましたか?」
アストレアで一番始めに私が言葉を交わした人であったからか。
にやりと骨太の笑みを向けられ、質問を投げ掛けられる。
「流石にまだ三日程度なので、慣れたとまではいきませんが、良い国だと思います。他の人達にも、すっごい良くして貰ってます」
ここ数日、寮内で他の錬金術師の方と話したりだとか色々したお陰でそれなりに打ち解けていた。
「なら、良いのですが」
この国に来てからというもの。
どんだけ心配されるんだってくらい色んな人に心配されっぱなしな気がする。
……そんなに私、不安を掻き立てるような、頼りない雰囲気を出しちゃってるのだろうか。
「っと、そういう事なら早く着替えた方が良いですよね。ただでさえ、時間がギリギリ近いですし」
錬金術に夢中になるあまり、指定されていた時間にかなり近づいてしまっている。
だから、手渡された服と完成した物を手に取り、部屋で着替えるべく足早に工房を後にする事にした。




