二十二話 パフェラーへの誘い
それから五分ほどナガレと駄弁り、すっかり足の痺れが抜けた後、私達は二人で食堂に向かった。
そこには、どうだ。と言わんばかりに並べられた大量のパフェと、晩ご飯らしい魚や肉を使った料理が半々で並べられていた。
誰がどれを作ったのか。
それはあえて聞かずとも一目瞭然。
そして私がパフェが並べられた席に着く事も、至極当然の行動であった。
「まぁ、ちゃんと休んでんのかの確認がてらオレは来たわけなんだが、実はもう一つ用があってな」
机に置かれていた筒状に丸められている何かをガロンさんが手に取り、広げ始める。
それは、〝ネードペント〟が描かれた図鑑のような絵であった。
「〝ネードペント〟討伐に当たって、少しだけ詳細を話しときてえ。時間が三日もない以上、情報共有は出来る限りさっさと済ませといた方がいいだろ? まぁ、つぅわけで、これがそいつの見た目はこんなんだ。覚えといてくれ」
ナガレの足の痺れが抜け切るまでに、部屋に家具を運び込んでくれたのがガロンさんと聞いていたので、本来の目的は他にあったのではないか。
と、思いはするものの、感謝の言葉は後回しに、今は話の腰を折らないようにとパフェに手をつける。
味は、お店を開けそうな出来であった。
「まず、〝ネードペント〟についてだが、恐らく今回のは全長十メートルくれえのバケモンだと思う。変異種ってのも加味すれば、その更に上もあり得る。馬鹿でけえ触手みたいなもんで攻撃してくるらしいから、基本的に遠距離からの攻撃になる筈だ」
「でも、魔法に対する耐性があるんだろ?」
「ええ。そうなんですよ、殿下。なんで、まず間違いなく長期戦になるかなあと。いくら対抗薬が完成したとはいえ、長時間、至近距離からあの花粉を吸い込み続けるとどうなるか分かったもんじゃないんで、錬金術師を連れて行きたいんですよ」
錬金術師はいざという時の保険であるとガロンさんは言う。
「向かう場所は、エルゲン山脈。ここからだと、船を使って向かうのが常道なんだが、今回はそこをショートカットする」
「……ショートカット?」
「テレポートを使って一気にエルゲンの麓まで転移するってわけだ」
当たり前のように紡がれたその単語であったけど、テレポートといえばかなり希少で有名な魔法。あまり交友関係が広くない私が言うのもなんだけど、生まれてこの方、一度として見た事はない魔法であった。
親近感が湧いていたせいで時折、忘れちゃうけど、ガロンさんはアストレアの魔法師長なのだと思い知らされる。
「つーわけで、三日後は、港街に向かうんじゃなく、王城に一旦集合する事になる。あと、エルゲンに生息する魔物を纏めた図鑑みてえなもんも一応持ってきといたから暇な時にでも目え通しといてくれ」
それを最後に、ガロンさんは自分で作ったであろうパフェをパクパクと口に運び始める。
ナガレを除いたアリスさんを始めとした面々が、お前らマジか。と言わんばかりの視線を、私とガロンさんに向けていたが、そんな事はお構いなしに食べ進める。
「それでなんだが、嬢ちゃん。二日ほど、ちょいとまた、前みてえにオレから魔法を学ぶ気はねえか?」
「魔法、を、私がガロンさんから、ですか?」
「応よ。自衛も兼ねて、学んでおいて損はねえだろ」
それは、そうだと思う。
一度教わっているからよく分かるけど、ガロンさんの魔法の教え方はかなり上手い。
こんな私でもそれなりに魔法が使える理由の大半が、ガロンさんが教えてくれていたから。
それで説明がついてしまう程。
だから、魔物が多く生息する場所に向かうのだから、それは全然アリな選択肢。
むしろ、そうするべきと思えてしまう。
ただ。
「……いえ。申し出は有難いんですが、今回はご遠慮させていただければなと」
「んぁ? いんや、遠慮なんてしなくていいんだぜ?」
「あ、いや、違うんです。ただ、今回は錬金術師らしく在ろうかなと。それに、付け焼き刃の魔法じゃ、他の魔法師の方々に及ばない上、自衛だけなら今でも十分な気がするので」
魔物を前にすると、気が動転こそしてしまうけど、それでもある程度の対処は可能。
だったら、後二日。
私なりのアプローチの仕方で力になる方がいいだろう。というか、それを期待してガロンさんは錬金術師を連れて行こうとしているわけだし。
「サーシャさん。もしかしなくても、何かするつもり?」
アリスさんが問うてくる。
「折角、ガロンさんにコレを頂いていたので、コレを使って私なりに対策を練ってみようかなって」
そう言って、私は以前、パフェ屋にてガロンさんから受け取っていた小型の硝子の調合器に収められた〝ネードペント〟の花粉を取り出す。
「何それ……って、〝ネードペント〟の花粉?」
「ああ、オレが嬢ちゃんにあげたやつか」
独特の色味を帯びた花粉の正体を、アリスさんは一目で看破。
ただ、理解している分、その危険性もよく分かっているのだろう。
〝ネードペント〟の花粉なんて危険物質をなに勝手にあげてんのよ。
と、ガロンさんが責められる事になっていたものの、当の本人は、「嬢ちゃんなら大丈夫だと思ったんだよ」と、謎でしかない私への信頼をあらわにしながら嘯いていた。
「変異種だからこそ、花粉に対しての対策も大事なんですけど、魔法に対する耐性が高いって部分にも何らかの手段を持てたらなあって」
「そんなのが分かるもんなのか? 花粉一つで」
「絶対に分かるってわけじゃないんですけど、でも、案外色々と分かりますよ」
特性は勿論のこと。
これまで培った知識から、この花粉を放つ食魔植物であれば、どんな現象が突破口になり得るだとか。そういった部分はそれなりに分かる筈。
ですよね、と同調を求めてアリスさんに視線を向けると、何故か彼女は難しそうな表情を浮かべていた。
……んん?
「……確かにある程度は分かるけど、それでもある程度よ。花粉じゃなくて、その本体に対しての対抗策ともなると、それだけじゃあたしの場合は厳しい、というか。世間の錬金術師なら、皆、そう言うと思うわよ」
そして、懐疑に似た視線が寄せられる。
ただそれは、実力を疑っている為に向けられたものではなく、
「……サーシャさんの実力の秘密って、もしかしてパフェにでも隠れてるのかしら」
ガロンさんと私は、黙々と食べながら言葉を交わしていたからか。
優秀と呼んでいる実力の秘密は、実はそこに隠れてるのでは。
なんて少し抜けた言葉がやって来た。
「パフェに、ですか」
その一言に、私はガロンさんと顔を見合わせる。
これは、新たなパフェラーを増やす千載一遇のチャンスでは。
言葉はなかったが、交わす視線で意思疎通を終える。そして小さく首肯。考えは纏まった。
ただ、そのやり取りをじとーっと眺めていたナガレは何かを悟ったのか。
俺まで巻き込むなよ。
と言うように、私達から視線を逸らし、用意されていたご飯に手をつけ始めていた。
「ご、ごほん。そ、そう。実は私の錬金術の腕が上達した秘密は、この甘い甘いパフェにありまして。毎日欠かさず食べる事で、それはそれはもう、なんというか、すごい感じに上達すると言いますか。取り敢えず、パフェ屋をどこかに増築した方がいいと思うんです!」
「実はだな、アリスの嬢ちゃん。オレがこうして魔法師長になれた理由は、実はこのパフェが関係していてな。そろそろオレは超回復ならぬ、パフェ回復って説を提唱してみようと考えてるんだが、どうだ? 賛同してみる気はねえか?」
「……パフェが一切関係ないって事はよく分かったわ」
「「あぁっ!?」」
「……お前ら、よくそんなガバガバ理論でアリスを説得しようと思ったな。サーシャに至ってはパフェ屋を増やしたいだけだろ」
新たなパフェ好きを生み出す機会をみすみす失ってしまった事で、私とガロンさんはほぼ同時に悲痛の叫びを漏らす。
ナガレは当然だ。みたいな反応をしてるけど、こんな筈じゃなかったのに。
「とはいえ、その花粉を使って何か調べるなら寮の工房が必要でしょう? あそこは基本的に使用は自由だから、器具も含めて適当に使ってくれていいわ」
寮長でもあるアリスさんから許可が下りる。
「錬金術で必要な物とかあれば、今はいないけどウェルか、あたしに言ってくれれば大抵のものは揃えるから」
「ぁ、助かります!」
この機会に、私が目移りしまくっていた色んな器具を使ってみるのも良いかもしれない。
「それとガロン。そろそろ帰った方が良いんじゃないの?」
「ぁん?」
「他の連中、多分そろそろ帰って来るわよ。もうこんな時間だし」
そう言って、窓を見ろと言うように視線を移す。
こうして、ほのぼのとしているから忘れてしまいそうになるけど、錬金術師と魔法師の人達ってあんまり仲良くないんだっけ。
「やっべ。長居し過ぎたな。確かにアリスの嬢ちゃんの言う通りだわ。そろそろ帰んねえと、他の奴らに何言われるか分かんねえ」
ガロンさんが立ち上がる。
「まぁ、つーわけだ。渡すもんは渡したし、話す事も話した。別に何かあれば、魔法塔を訪ねてきてくれりゃあいい」
よし、他の奴らにバレねえうちに帰んぞ。
というガロンさんの言葉に従うように、一緒になって御相伴に預かっていた他の魔法師の方、数名も立ち上がり、じゃあなー。などとフレンドリーな挨拶を残して外へと向かって歩き出す。
「あぁ、ガロンさん」
「ぅん?」
「えっと、色々とありがとうございます」
気を遣って会いにきてくれた事。
家具とか、諸々。
「礼にゃ及ばねえよ。三日後に備えて、しっかり疲れを取ってくれや」
背を向けて歩き出していたガロンさんが、此方に向けて、軽く一度手を上げる。
だから、ぺこりと一礼だけ、私も返す事にした。




