二十話 判決、膝枕の刑
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「うぅん。やる事なくなっちゃった」
討伐に同行するにせよ、あと三日も時間があるならば、別に今すぐ休養を取る必要はない。
だから、私もダウィドさん達の手伝いをまだ続けると申し出たものの、何故か私はアリスさんとガロンさんに説得されて錬金寮に戻る羽目になっていた。
でも、問題ないとその申し出を断ろうとする私を、ナガレまでもが少しは休めと説得してきて。
それもあって、不承不承ながら私は一足先に寮に戻ってきていた。
お陰で、やる事がない。
「夜通しでポーション作りとか、よくやってたし、割と慣れてるのになあ」
レイベッカの家にとって、私の存在なんてものはあってないようなものだった。
だから、家に帰らない日があっても心配される事はなく、それ故に夜通しで作業をするのは私からすれば茶飯事。
「ナガレも、それは知ってたと思うんだけど?」
一日くらい寝ずとも、問題ない。
その事実は、側で共にポーション作りに勤しんでいたナガレが一番知ってる筈。
それもあって、私はすぐ隣で壁にもたれ掛かるように腰を下ろすナガレに声を掛けた。
錬金寮に位置する空き部屋の一つ。
家具もほとんど置かれていないこの殺風景な部屋が、新しい私の部屋。
特にする事も何もないので、取り敢えず私はアリスさん達と結託して寮に帰らせてくれたナガレに暇潰し————もとい、話し相手になって貰っていた。
「それは知ってる。俺が何回、机に突っ伏して寝落ちするサーシャの顔を見てきたと思ってるんだ」
「えーっと、二十回くらい?」
「軽くその倍は見た」
「そ、そうだっけ」
キリの良いところまで。
そんな考えで錬金術に励む事が多いせいで、くかーっ、と寝落ちする事も多々。
自覚があったとはいえ、そこまで数を重ねていたとは思ってなくてつい、目を泳がせてしまう。
「なあ、サーシャ」
「んー?」
「俺は別に、根を詰めて働かせたいから錬金術師にならないかって誘ったわけじゃないぞ」
それは勿論、分かってる。
「別にウェルみたいになれとまでは言わないが、無理をさせたいわけじゃないんだ」
……と言う事は、ナガレの目に私は無理してるように映ったのだろうか。
別に、そんな事は全くないのに。
そう、反論しようとして。
「でも、俺に誘われたからには。とかなんとか考えてるんだろ。気負う必要なんて全くないのに」
ドンピシャで、見透かされていた。
「……まぁ、そりゃあ少しくらいはね」
私が期待外れだった場合、その責任は私を誘ってくれたナガレに少なからず向いてしまうだろう。
そう考えて、頑張ろうって思っちゃう思考自体は特別可笑しくもない筈だ。
……ただ。
「くれぐれも、無理だけはしないでくれ。今回は、それだけ言っておきたかったんだ。だから、アリス達に同調させて貰った」
言うほど、無理をしてたかなって思って、自分の行動を頭の中で遡ってみる。
アストレアにやって来てからというもの。
ポーション作りをし、パフェを食べた後、月夜見草を採りに向かい、今度は対抗薬作り。
……ほんとだ。あんまり休んでない。
「でも、急がなくちゃいけない気がするんだけど」
————ミナト病。
その解決の為には、多少なり無理をするくらいが丁度良いような気がして。
「作り方さえ分かってしまえば、後はどうとでもなる。それに、ここはアストレアだ。錬金術ならば、ダウィドが休めといったら素直に休んでおけ。じゃなきゃ、ウェルは兎も角、アリスまで悲鳴をあげる羽目になるぞ」
来たばかりの新人が、ずっと頑張ってる。
そんな状況下じゃ、他のやつだって休み辛いだろ。
そんな正論を向けられて、ちょっとだけ納得してしまう。
確かに、言われてもみれば。
そんな感想が湧き上がっていた。
「それもそっ、か。うん。じゃあこれからは適度に休む事にする」
「ああ。そうしてくれ」
適度がどのくらいなのか。
それが判然としていないので、あんまり分かってないけど、目の下に隈を拵えないで済む程度くらいかな。
そう思って口にすると、ナガレは満足そうに頷いた。
「ところで、私が話し相手になれーって言っちゃったのが悪いんだけど、ナガレも此処にいて大丈夫なの?」
他にもやる事だったり、眠たかったり。
だとしたら、邪魔しちゃってごめんねと言おうとして。
「俺も丁度、誰かと話したい気分だったんだ。だから、気にしないでいい」
「そっか」
誰かと話したい気分。
そんな偶然重なるものかなあと一瞬、思いはするけど、深くは考えないことにした。
あんまり考えてると、何となく、感謝したくなりそうだったから。
「そういえば、ガロンが言っていた〝ネードペント〟って植物はどこら辺に自生してるんだ?」
ふと思い出したように、ナガレが問うてくる。
ガロンさんが、今回の一件が〝ネードペント〟であると確証が持てたのはナガレがフィレールに来てからであったのだろう。
とすると、ナガレが知らない事にも納得がいく。
「食魔植物は基本的に、何処にでも自生すると思うよ。ただ、今回は潮風に花粉が運ばれてくるくらいだから、山頂とか、そのあたりが怪しい気がするなあ。ほら、アストレアって割と高い山が海を挟んであったでしょ?」
錬金術に関係のない地理の名前なので、いまいち上手く思い出せないけど、確か高い山があった筈。
「エルゲン山脈か。まぁ、あそこなら可能性は高いな。魔物が出る事もあって人の立ち入りを制限してるから、変わった植物が生えていてもまず誰も気付かない」
ならば、安易に調査に向かえるような場所ではないだろう。
海を挟んでいる以上、船といった移動手段を使う必要があるだろうし、『ミナト病』が蔓延する今、あえて危険な場所で船を出そうという思考に至る事はまずないだろう。
「……魔物、かあ」
自分でも、表情が顰めっ面に近くなっているであろう事はよく分かる。
アリスさん達の前では、「それでも」と言葉を重ねはしたけれど、苦手なものは苦手なのだ。
というか、あの時は割と見栄を張ってたし。
「大丈夫なんじゃなかったのか?」
あからさまに苦々しい顔を浮かべてる私を横目に、ナガレが意地の悪い事を言ってくる。
少しだけニヤついてるし、間違いなく確信犯だ。
「だ、大丈夫だし。それに、アリスさんの言う通り、そろそろ苦手克服しなきゃいけないと考えてたし? だったらこれは良い機会でしかないし?」
「へえ……あ、あそこに魔物が」
「ぇ、ちょ、う、うそ!? ど、どこ!? どこどこ!?」
「悪い。見間違えだったみたいだ」
「ナーーガーーレーー!!」
こんな場所に魔物なんている筈もないのに、まんまと引っかかった自分に嫌気がさす。
そして、揶揄ってくれやがったナガレには殺意すら覚えた。
判決。私が寝るまで膝枕の刑。
精々、膝の痺れに苦しんでくれ。
勝手に判決を下しながら、私は飛び起きるように身体を跳ねさせ、忙しなく左右に振っていた頭を側にあったナガレの膝の付近に乗せてやる。
「……何してるんだ」
「さっきのやり返し」
魔物が苦手な私に対して、魔物ネタはタチが悪すぎる。
「苦手を克服するんだろ?」
「それとこれとは話が別ですー。私はゆっくりと克服していけば良いと思ってるだけなの」
それこそ、五年くらい掛けてゆっくり慣れていけばいいと思ってる。
この苦手意識が、ちょっとやそっとの事で解消されない事は自分が一番知っているし。
「そんなんで本当に大丈夫なのか?」
「いざという時はナガレに守って貰うから」
「……足手纏いにならないんじゃなかったのか?」
「だったらその分、〝ネードペント〟討伐に役立つようにするから。だからこれでトントン。だったら足手纏いじゃないでしょ?」
あーいえばこういう。
それを体現したようなやり取りであったけど、私達からすれば、割と馴染みの深いものであって。
だから、私のその言葉を最後に、一緒になって笑う羽目になっていた。




