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二話 差し伸ばされる手

* * * *


 そう言われてやって来たのは、図書館から少し離れた場所にある古びた小さな工房であった。

 王立図書館では、多くの書物を自由に読める他、場所の貸し出し等も行っており、この小さな工房もその一つである。


 つい先程までナガレは工房を使っていたのか。

 そこかしこに薬草と思しき残骸や、液体の入れ物。開きっぱなしの本が置かれ、転がっていた。


 ただ、いつもはもっと散らかっていた気がするのに、今日は何というか。

 何故だか、散らかり具合が大人しかった。


「よく一緒にやったよな。ポーション作り」


 錬金術には様々な用途があるが、代表的なものといえば、ポーションの生成だろう。

 家に認められる為。

 という理由があったとはいえ、ナガレと一緒にするポーション作りは確かに楽しかった。


 時折新しい事に挑戦して、入れ物ごと破裂したり。本当に、色々あったから。


「どうして俺が、錬金術を学んでいたのか。その理由、覚えてるか?」


 覚えてる。

 そのために、ナガレは錬金術を学んでいるのだとよく言っていたから。


「世界で一番のポーションを作るため、だったっけ」

「ああ、そうだ」


 どうしてそんな考えを抱くに至ったのか。

 それは聞かされていなかったけど、錬金術を学んでいる理由は世界で一番のポーションを作るためと、耳にタコが出来るほどナガレは口にしていた。


「ただ、サーシャみたいな理由じゃないんだが、その必要がなくなってな。だから、俺もあの図書館に通う理由はもうなかったんだ」

「え。じ、じゃあなんで、ナガレは図書館に、」

「サーシャに用があったんだ。きっと、図書館に来るだろうって思ってたから、待ってた」


 ————いたの?


 そう言い終わる前に、言葉が被せられる。


「礼を言いたかったんだ。俺に付き合って一緒に作ってくれた、あのポーションのお礼を」


 暇さえあれば、錬金術の本を読み漁ってはポーションを作る事を繰り返すナガレに、私も何度か付き合った事があった。

 直近でいえば、一週間前くらいに出来上がったポーションだろうか。


 ……あれは、何回か調合を間違えて爆発しかけたり。一緒に作ったポーションの中でも、かなり苦労したよなあ。

 なんて感想を抱き、懐古する私をよそに、


「実は俺、サーシャに嘘をついてたんだ」

「……うそ?」


 ナガレがそんな事を言うものだから、つい、素っ頓狂な声で返事をしてしまう。


「次に作るポーションの材料費にする為に、出来たポーションは売ってるって言っただろ?」

「それは、うん。そう聞いてたけど」


 ナガレが作るポーションの量はかなり多い。

 だから、材料費も馬鹿にならないし、何より一緒に作ったといってもその全ての材料はナガレが用意したものだ。

 だから、出来たものは売って次のポーションを作る際の材料費に。


 と言っていたナガレに全部渡してたんだけれど、どうにもそれは違うらしく。


「実は、作ったポーションは全部売ってないんだ」


 ポーションの完成品を売らずによくあれだけの材料費をいつも揃えられたな。

 なんて感想を抱きはするけど、別に嘘といってもその程度の嘘なら別にあえて言わなくても良かったのに。


「元々俺が、錬金術を学び始めた理由は、母の病気(、、)を治す為だったんだ」


 だから、そんな事なら構わなかったのに。

 そう言おうとする私だったけど、続けられたナガレのその言葉に、閉口する。

 そしてその一言が、すぐに世界一のポーションを作ると言っていたナガレの言葉に結びついた。


 私の心境を、表情から読み取ったのだろう。


「ま、ここまで言えば分かるよな。俺は、母の病気を治す為にポーションを作ろうとしてたんだ。本当は、腕のいい錬金術師を見つける予定だったんだが、ちっとも見つからなくてな。だから、自分で作ってしまおうって考えたんだ」


 それはまた、考えがぶっ飛んでるなあ。

 なんて思いつつも、それなりに一緒に過ごしたからか。

 ナガレらしい。

 という感想がすぐに頭の中に浮かび上がった。


「……あれ? じゃあ、図書館に通う必要がなくなったって」


 恐らくは、お母さんの病気を治す必要がなくなった、という事なのだろう。

 しかし、結果がどう転んだのか。

 聞いて良いものか分からず、発言の途中で言い詰まってしまう。


 けれど。


「一週間くらい前に作った俺達の最高傑作。うちの国(、、、、)の錬金術師に見せたら、これ程のポーションは見た事がないって狂喜乱舞してたよ。で、それのお陰で、今は快方に向かってるらしい」

「そう、なんだ。そうなんだ! 良かったじゃん、ナガレ!!」

「サーシャがいなかったら、あれが出来上がる事はなかった。だから、礼を言いたくて」

「ううん。あれは、ナガレの努力の成果だよ。だから、私の事は気にしなくても良かったのに」


 ナガレの頑張りは私がよく知ってる。

 私の方は、実を結ぶ事はなかったけど、ナガレはちゃんと報われてくれたらしい。


 私も関わっていた事だからか、自分の事のように嬉しくなって、つい、ナガレの両手を掴んでぶんぶん上下に振ってしまっていた。


 ナガレも念願が叶ったのだ。

 きっと、嬉しくて仕方がない事だろう。

 そう、思っていたのに、何故か私に向けてくるナガレの表情は、何処か曇っているようにも思えてしまって。


「……? ナガレ、どうかした?」


 尋ねてしまう。


「なぁ、サーシャ」

「?」

「これから行くあてがないのなら、俺の国(、、、)に来ないか」


 一瞬、ナガレが何を言っているのかが分からなかった。でも、ゆっくりと理解してゆく。


 そして、私はそれが先の恩から来るものだと判断して、首を横に振った。


「ううん。気持ちは有難いけど、それはやめとく。これは私の問題だから、ナガレに迷惑は掛けられないよ」

「————それは違う」


 ナガレのその一言は、先程までとは全く異なって、強い口調だった。


「ナガ、レ?」


 だから、私は驚いてしまった。


「確かに、恩はあるし、返せるものならそれを返したいとも思ってる。でも、この誘いはそれだけじゃないんだ」


 どこまでも真剣な眼差しが向けられる。

 その瞳が、それが取り繕いでもなく本気で言っているのだと教えてくれる。


 だけど、そう言われる理由に私自身、心当たりがなくて、困惑してしまう。


「俺は、錬金術師のサーシャとして、誘ってるんだ。それに、サーシャが家を追い出されていようがいまいが、ダメ元でも元々誘うつもりでいた」


 ナガレの発言に、どう返事をしていいものか、言葉を探しあぐねる。

 ただ、ナガレはそんな私を待つ気がないのか。


「今更の自己紹介にはなるが、改めて名乗らせてくれ。俺の名前は、ナガレ・アストレア」


 あすとれあ。


 その家名は、私でさえよく知っているものだった。どうしてあれだけの錬金術の材料を当たり前のように用意出来ていたのか。

 そんな疑問は一瞬にして霧散した。


 当然だ。

 だって、アストレアといえば


「ここでは隣国にあたるアストレア王国の、第二王子をしてる。その上で、改めてサーシャ。貴女の錬金術の才を見込んで、頼みがある。うちの国で、錬金術師として仕える気はないだろうか」


 王家の、人間。

 一緒にポーションを作るようになってからあまり気にはしなくなっていたけれど、そういえば、彼の所作には常に、不思議と高貴さが滲んでいた。


 ……現実感のない申し出に、私の頭の中は真っ白になる。


 そして、どう答えたものかと黙考する。

 それは過分な評価だと言って断るか。

 はたまた、誰かに仕える程の技量を持った錬金術師ではないとストレートに言ってしまうか。


 そんなこんなで悩んでいるうち、


「勿論、無理にとは言わない。恩人に、無理強いをする気はないからな。……ただ、サーシャの実家がサーシャを認めてなかろうが、少なくとも俺は、その実力が優れたものであると知ってるし、認めてる。何より、その腕に、俺は母を助けられた」


 ……初めて、認められた気がした。

 自分の努力というものを、己以外に初めて、認められた気がした。


 望んでいた結果にはならなかったけれど、それでもナガレが言ってくれるその言葉が、私にはどうしようもなく嬉しく感じてしまって。


「錬金術が嫌いになったわけじゃないのなら……その腕を、アストレアで活かしてみる気はないか?」


 そして、手が差し伸べられる。

 応じてくれるならば、この手をとってくれ。

 という事なのだろう。


「……私は、錬金術師の一族レイベッカ伯爵家から追い出された人間だよ?」


 それが正当な評価であるとは思ってない。

 でも、この国で随一とも呼べるであろう錬金術師の一族、レイベッカ伯爵家から追い出された人間を、錬金術師として迎えてもいいのか。


 そう問うと、私がレイベッカの人間である事に驚いたのか。

 一瞬、目を大きく見開いてはいたけれど。


「それは、レイベッカ伯爵家の人間に、見る目がなかったんだろう」


 さも、当たり前のようにナガレは言う。


「……そっ、か」


 贔屓は入ってるだろうけど、私のこれまでの努力を肯定してくれるその一言に顔を綻ばせてしまう。そして不意に、私の中で昔の記憶が思い返された。



 それは、まだ生母が生きていた頃の記憶。

 レイベッカ伯爵家の中で、居場所がなかった私が、どうにか認められたくて、レイベッカの人間らしく、錬金術を学ぶと母に言った時の会話。


 ……母は当初より、私が錬金術を学ぶ事に賛成はしていなかった。

 寧ろ反対していた。

 きっと、私が望んでいた結果を得られないであろう事を、母は予想出来ていたのだと思う。


 でも、それでも私が錬金術を学ぼうとする事を諦めなかったからか。

 最終的に、母は認めてくれた。



 ————サーシャが積み重ねるその努力はきっと、いつか何処かで必ず、報われる筈よ。それだけは、忘れないで。



 でも、この事だけは覚えておいてと、言い聞かせられた。

 今思えば、こうなる事をまるで予見していたかのような言葉である。




 そして気付けば、私は差し伸べられたナガレの手を取っていた。

 こんな私でも、必要としてくれる人がいるのなら————。


「こんな私で、良ければだけど」


 新天地で、ほんの少しでも、父や姉達を見返せられればいいな。

 そんな事を思いながらはにかむと、ナガレは何もかも吹き飛ばさんと言わんばかりに、歯を見せて屈託のない笑みを向けてきた。


「卑下しなくていい。俺は、サーシャだから誘ったんだ。たとえ恩人であっても、俺はサーシャじゃなかったら誘ってない」


 言葉と共に、握った手に力が込められた。


「……なら、その期待を裏切らないようにしないとだね」

「気負わずとも、サーシャは今のままで十分凄いさ」


 ————なにせサーシャは、名の知れた錬金術師がこぞって匙を投げた病を治すほどのポーションを作ってみせた錬金術師なのだから。

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