十九話 名付けの代償
「……分かった。が、出立は三日後だ。だから、それまでに気が変わったり、体調が悪くなるような事があれば絶対に誰かに言う事。それが条件だ」
「ガロン!!」
用は済んだ。
錬金術師でもねえやつが錬金塔に長居するもんじゃねえし、それじゃあな。
そう言ってその場を後にしようとするガロンさんの足を、大声を出してアリスさんが強引に止めさせる。
「……殿下は兎も角、この件にこれ以上、サーシャさんは巻き込めない。何より、危険過ぎるわ。サーシャさんじゃなく、あたしが行く」
「危険であるという事実を否定する気はねえがな。お前さんを誘えるもんなら、真っ先にオレはお前さんを誘ってるっての」
ガロンさんは、ダウィドさんに同行してくれそうな錬金術師はいないかとアリスさんの前で言っていた。
つまり、ガロンさんにはアリスさんを選ぶという選択肢はハナから存在していなかったのだろう。
「流石に、あそこに魔法の腕に期待出来ねえやつを連れてはいけねえよ。万が一を考えて、魔法の腕もそこそこ見込める錬金術師が欲しいんだよ」
最悪の事態に陥らせる気はないが、自分の身は最低限守れそうな錬金術師でないと。
そのガロンさんの一言に、アリスさんは口籠る。
ナガレは例外であるとして、錬金術師もある程度の魔法は使えて当然なものの、魔物との戦闘が出来るほどの錬金術師ともなると限られて来る。
「特に、殿下が来るなら尚更だ。出来る限り、戦えそうな錬金術師を連れて行きたい。加えて、そのウェルの秘薬なんちゃらの知識も十分持ってるやつがいい。詳細までは詳しく知らねえが、どうせそれも嬢ちゃんが関わってんだろ?」
「……よく知ってるのね」
「知らねえ仲じゃあねえからな。ただ、オレも初めはビビったもんだ。嬢ちゃんの魔法に対するセンスの高さにはよ」
そこで何故か、ナガレの視線が私に向く。
まるでガロンさんの前で私が魔法を沢山使っていたとも取れる物言いが引っ掛かったのだろう。
「……ガロンさんが、恩を一方的に受けたままじゃ納得がいかないって言って聞いてくれなくて。だから、魔法師の方だったから、少しだけ魔法を教えて貰ったんだよ」
お礼を求めて手を貸したわけじゃないから、お礼はいいって言っても、ガロンさんは、ちっとも聞いてくれなかった。
だから、最終的に私が譲って、ガロンさんから魔法を少し教わるという事で落ち着く事になっていた。
「その時に、嬢ちゃんの腕はこの目でしっかりと見た。だから、あんまし否定出来ねえんだよ。その才能は、オレも認めるところだからな」
事実、これでも一応、うちに来るかって誘ったんだぜ? 呆気なく断られちまったけどな。くはは。
その一言に、若干の申し訳なさを抱くけれど根に持っている。という様子には見えなかったので、考えない事にした。
「つぅわけで、オレに嬢ちゃんを止める気はない。何より、実力が不足していない以上、止める理由はねえよ。返しをどうするか悩むが、今回ばかりはありがてえと思うね、オレはよ」
物事に絶対は存在しない。
だから、出来る限りの準備はしておくに限るし、そのガロンさんにとっての出来る限りの準備に私は御眼鏡に適ったのだろう。
「あの、だから、その、お返しとかほんといいんで。前もそうでしたけど、私がやりたいからやってるだけなので」
「実に面倒な話ではあるが、面子ってもんがあるのさ。王妃様の件も含め、陛下も色々悩んでると思うぜ。だから、この件が収まったら陛下に言ってやりな。パフェ屋では顔パスで食べ放題にしてください、とでもよ」
二つ返事で頷いてくれるだろうぜ。
私の好物を知っているガロンさんは、そんな麻薬のような言葉を当たり前のように言ってくる。
お返しとか要らないから。
そう思っていた筈の私の心が、割とかなりぐらついた。
……でも、それをしようものならば、今度こそ本当に腹ペコ魔人とか思われるから……!!
「ただ、本当について行くのでしたら、サーシャさん達はそろそろ休んでおくべきですね」
賛成も、反対もしない。
ガロンさんの意見も、アリスさんの意見も両方理解出来るから、本人の意思に任せる。
そう言わんばかりの態度を取るダウィドさんがトレーを抱えたまま私とナガレに向かってそう言い放つ。
「そこの四人は、昨日からまだ一睡もしていないでしょう?」
既に窓からは明るい陽射しが差し込んでいる。
時刻は昼過ぎ。
月夜見草を取りに向かってからというもの。
ずっと対抗薬の製作に勤しんでいたせいで、言われてもみれば結局、一睡もしていなかった。
「ウェルが編み出した対抗薬の製作方法は難易度が高いですが、一応、私が誰にでも作れるように新たな作り方も見つけておきましたので」
なんというか、天才肌なのか。
ウェルさんが、月夜見草を混ぜ合わせるまでの途中経過の製作方法を教えてくれたけど、それはどこからどうみても奇抜過ぎる作り方であった。
作れる人を選ぶような製作方法だったせいで、誰にでも作れるわけじゃないからと夜通しの作業を私達が強いられる事になっていた。
「さ、さすがはダウィド!! 錬金術師長の名前は伊達じゃないっすね!!」
という事は、ダウィドさんが手にしているトレーの上に置かれている硝子の調合器の中身がその完成品なのだろう。
これで漸く眠れる!!
そう理解してか、ウェルさんは真っ先に歓喜の言葉を口にしていた。
「いいえ。ウェルの場合は常に引き篭もってばかりですし、今日くらい馬車馬のごとく、こき使……もとい、もう少し手伝って貰おうかなと」
「……あ、あれ。おかしいっすね。眠気のせいか、なんか幻聴のようなものが」
「幻聴ではありませんよ」
「……………」
きっぱりと言い切られてしまった事で、ウェルさんは一人、逃げ道をなくしていた。
「それに、これはウェルの秘薬EXなのですから、ウェルが誰よりも製作に参加すべきでしょう?」
此処に来て、ウェルさんのネーミングセンスが仇となっていた。
「い、いや、これは此処にいる他の三人が力を貸してくれたから完成したようなものであって、決しておれ一人の力だけじゃないと言いますか。や、やっぱり、アリスの秘薬EXにした方がいいと思うっす」
「ダウィド~。明日までウェルのやつをこき使っていいわよ。あたしが許可するわ」
「アリス!?」
「……勝手に人を売ろうとした罰よ。明日まで寮に帰ってくんな」
「それでは、ウェルを明日までお借りしますね」
「い、いやだぁぁぁぁああああ!!」
自業自得というべきか。
ゲス精神全開だったウェルさんは、時間も押してますし、そろそろ再開しますか。
と口にするダウィドさんの手によって、何処かへと引っ張られてゆく。
その際、断末魔の叫びに似た悲痛の声が聞こえていたけれど、直前にアリスさんを身代わりとして売ろうと試みていた事を知っているからか。
誰一人として同情の念すら寄せる事はなかった。