十八話 理由は単純で
「————珍しいな」
ガロンさんの申し出に、まず先にナガレが反応を見せた。
「珍しい?」
「そういう厄介ごとには首を突っ込ませないように、大概、これまで俺には悉く伏せていただろ。特に、ガロンは」
バツが悪そうに、ガロンさんは頬を軽く掻く。
でも、その行動は意地悪とかではなくて、ただ単純にナガレの事を案じているからと分かっているのか。
不服そうではあったが、責めているわけでもなさそうだった。
「……流石に、アレがあった後ですからねえ」
「アレ?」
ガロンさんの言葉に疑問符を浮かべる。
でも、アレといって理解出来ていなかったのは私だけなのか。
アリスさんやダウィドさんは「あー……」といった顔を浮かべていた。
「嬢ちゃんもよく知ってる話だよ。殿下がフィレールに向かった件。あれ、殆ど殿下が飛び出したようなもんだからな」
「……あれはお前らが悪い。何か出来る事はないかと探そうとする俺を、何かと理由をつけて城の中に押し込めようとしてたから、ああするしかなかったんだよ」
ナガレはそう言うけど、彼の立場を考えればその行為は決して間違いであったとは思えない。
寧ろ、これ以上なく正しい判断だったと思う。
今回は、ナガレの性格がそれを嫌がったというだけで。
二年も接していたからよく分かるけど、ナガレは何かと責任感が強い人である。
そんな彼が、『ミナト病』という国難に直面していたにもかかわらず、王子殿下だからという理由で、城に押し込められようとしていた。
……ナガレの性格を考えれば、反骨心をあらわにして、半ば強引であっても何か自分に出来る事を探そうと行動する光景が透けて見えた。
「……だからこうして、もう隠したり、除け者にはしてないでしょう?」
ガロンさんなりの誠意。
そう言われてはこれ以上、何かを言う気にはなれなかったのだろう。
ナガレは、はぁと一度だけ溜息を吐くだけで責め立てる事はしなかった。
「それでだ。ダウィド。さっき言った通り、錬金術師の中から〝ネードペント〟の討伐に同行してくれる人間を探しに来たんだが、そういう人間に心当たりはねえか?」
ガロンさんのその一言に、話し掛けられていたダウィドさんは眉根を寄せた。
いくら安全を保障するとはいえ、〝ネードペント〟の討伐となれば、相応の危険が伴う。
そこに同行出来るような人間ともなれば、必然、人が限られてくる。
尚且つ、変異種の〝ネードペント〟による不測の事態に対応出来るだけの錬金術の腕を必要とされる。
とすると、
「心当たりも何も、そういう事なら俺が適任だろ」
「……殿下なら、そう言いますよねえ。はぁぁ、なんで殿下もここにいるかねえ」
問いかけたが最後。
その返事がやってくると分かっていたから出来れば言いたくはなかったのだとガロンさんは言う。
そして、その対応が何よりも適当であり、王子殿下という立場を除けば反論の余地のない答えであるが故に、声高に否定は出来ない。
加えて、ナガレの性格を考えれば、ここで強く否定してしまえば、フィレールへ飛び出していった時と同様の展開が待ち受けているのでは。
という考えが過ぎっていたのか。
上手いこと、言い包められないかとガロンさんは言葉を探しあぐねてるようでもあった。
「ナガレは王子様なんだから、少しは自重した方がいいと思うけどな」
困っているガロンさんに、私は助け舟を出す。
たとえどれだけ適任であったとしても、流石に危険な場所にナガレが向かう事は拙いと思ったから。
「分かってるさ。サーシャに言われずとも、そのくらいは分かってる」
ただ、私から指摘を受けたナガレが悪びれる様子はどこにもなくて。
分かっていると言いながら、意見を変えるつもりは全くないようであった。
「だけど、それでも俺は力になりたいんだよ。俺は活気溢れたアストレアが好きなんだ。ただ、その為に王子として尽力したいだけだ。勿論、足手纏いにだってなる気はない」
これまでの付き合いから、ナガレが一度こうと決めたら何があっても譲ろうとしない事は、私がよく知ってる。
だから、危ないとか。
ナガレが行く必要はないとか。
本来であれば素直に受け入れるべき当たり前の筈の言葉が、そうなってしまったが最後。
ナガレの足を止める理由にならない事は分かっていた。
でも、それが彼の美徳であり、長所でもある事を私は知っている。だから、表立って責め立てるなんて事は出来る筈もなくて。
事実、そんなナガレの一言に、私という人間が救われていたからこそ、
「ガロン達を信用してないわけじゃない。寧ろ、これ以上なく信用してる。信頼してる。ただ、その上で、俺も力になりたいんだよ」
だから、その役目は俺が負う。
そう締めくくるナガレに対して、ガロンさんは溜息を一度。
「それに、錬金術師の安全は保障してくれるんだろう? だったら、何の問題があるという」
それが決定打であった。
己の発言を持ち出され、ガロンさんは天井を仰ぐ。それを持ち出すのはずりぃだろ。
浮かべる表情が、そう物語っていた。
「……流石に、陛下に確認を取ってダメって言われたら諦めて下さいよ」
「それはな。だが、父上は許可するだろう。言っても聞かない性格の俺だからこそ、だったら手元に置いていた方がいいと言うような人だからな」
「そうなんですよねぇえ」
がっくしと項垂れる。
以前にも似たような事がありでもしたのか。
ガロンさんはあまり、国王様に期待はしていないようであった。
「あの、ガロンさん」
そんな彼の名前を、私が呼ぶ。
「ぅん?」
「ついて行く錬金術師は、二人、なんですよね」
「まぁ、そうだな。不測の事態に備える事。確実に魔法師で守り切れる人数。それを考えると三人……いや、二人がベストなんだよ」
二人という人数指定は、確実に守り切れる数を考えたからこそ、であったらしい。
きっと恐らく、ガロンさんの言った安全を保障するという言葉は嘘でも何でもない。
だから、安堵する。
でも、それでも、心置きなく送り出せる。
とは、私の感情が納得してくれなくて。
ナガレにこんな事を言ったら心外だ。とか言って口をへの字にでも曲げるんだろうけど、
「じゃあ、二人目の枠に私が立候補しても良いですか」
ナガレを向かわせるのは心配だから。
そんな理由一つで、私はそう言い放った。
直後、場に降りる沈黙。
私のソレは、アリスさんやガロンさんを含んだ全員の予想を裏切るものであったのか。
驚愕の感情が滲む奇異の視線に晒される。
「……魔物が苦手なんじゃなかったの?」
それはアリスさんの言葉。
〝ネードペント〟の討伐ともなれば、魔物と遭遇する可能性もあるだろう。
寧ろ、遭遇しない可能性の方が低いと思う。
「それは……そう、なんですけど」
魔物が苦手という事に言い訳の余地はない。
だけど、それでも尚、心配だった。
王城にやってきたばかりの際に、ダウィドさんには言ったと思うけど
「でも、それでも私はナガレの力になりたいと思うから。……なにせ、私はナガレの友達ですからね」
家族愛には、運がなかった。
というべきか、他界した母を除いて恵まれる事はなかった。
でもだから、こうして得た縁は大事にしたいと思う。いざという時に手を差し伸べてくれるような友人であるならば、尚更に。
「それに、知識の量だけは、ダウィドさんにだって負けてないと思います。ずっと、私は図書館に篭ってたような人間なので。あまり情報のない変異種の〝ネードペント〟を相手にする場合、私のような人間の方が、今回ばかりは適してませんか」
たとえ技量は二流だとしても、今回、ガロンさんが求めているのは不測の事態に対応出来る人間。知識が多いに越した事はないだろう。
「……おい、サーシャ。なにもお前まで付き合う事は」
「じゃあ、もし私が今のナガレの立場に立ったとして、ナガレは黙って見送ってくれる?」
ないんだぞ。と言おうとするナガレの言葉を封殺するように私は言葉を並べる。
その一言は、彼にとって肯定出来ないものだったのだろう。閉口し、黙り込む。
ナガレは優しいから、そうなるよね。
「……それに、この場所でこんな事を言うものじゃないとは思いますが、多分私、ナガレの誘いじゃなかったらアストレアに来るどころか、錬金術師として生きて行こうとすら考えなかったと思うんです」
でも、現実として私はアストレアにいて。
錬金術師として今を生きている。
その理由は結局、どうやってもナガレがいたからという一つに帰結する。
だから、私がナガレの力になりたいと思う事は何一つとしておかしな事じゃないと思った。
「これを恩返しって言えば、まぁた水掛け論が始まっちゃうので使いはしませんが、力になりたいんです。私はナガレの。だから、放ってはおけなくて」
「…………。嬢ちゃんは何というか、底抜けのお人好しだな」
お人好し。
なんか以前にダウィドさんか誰かに、そう言ったニュアンスの言葉を向けられたような気がするけど、私自身、そこまでお人好しになった覚えはなかった。
誰も彼もの力になりたい。
正義の味方になりたい。
そんな高尚な理念を、私はこれっぽっちも抱いてないのだから。
寧ろそれは、
「それは、私よりもナガレの方が相応しい気がしますけどね」
民の為に。
家族の為に。
誰かの為に。
それらを考えて、常に愚直に真っ直ぐに。
そんな性格であるナガレにこそ相応しいと言ってやると、「否定はしねえ」とガロンさんは私の返答に対して、面白おかしそうに答えてくれた。