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十七話 ウェルの秘薬EX

「————なあ、聞いたかよ。ついに錬金術師の連中、対抗薬を完成させたらしいぜ」

「……対抗薬って言うと、『ミナト病』の?」

「ああ。朝イチで錬金術師の連中が持ってきて、ついさっき、ガロンさんが対抗薬として申し分ないって認めたらしい」


 あれから夜が明け、ひと気溢れる城内にて飛び交う噂。

 錬金術師の一部の連中がやけに鼻高々に胸を張っているあたり、その噂は本当なのだろう。

 と、判断した魔法師達が言葉を交わし合う。


「へえ。錬金術師の奴らもやるじゃん」

「まぁな」

「それでそれで。一体誰が完成させたんだ? やっぱり、錬金術師長のダウィドか?」

「いやそれが、今回の対抗薬完成に、ダウィドさんは一切絡んで無いらしい」


 そこで、人物を問うていた魔法師の彼が瞠目。

 まさか、トップである錬金術師長抜きで完成させていたとは思いもしなかったのだろう。


「……完成させたのは、錬金術師長の右腕と名高いあのアリスと、帰って来たばかりの殿下と、あと、新入りの子が一人。そして最後の一人が————」



 ————引き篭もりのウェルだ。



* * * *


「何故におれだけあだ名なんすか!? アリスがダウィドの右腕で、なんでおれが引き篭もりなんすか!? おかしくないっすか!? この差別あり得ないっすよね!? おれが一番の功労者の筈なのに!! うがぁぁぁああああ!!」




 あの後。

 月夜見草が有用であると分かるや否や、出来る限りの月夜見草をかき集め、曙光が射し込む限界ギリギリの時刻まで作業を続け、寮に帰って来た直後に城へ直行。


 ただ、珍しい事もあったもので、


『おれもちゃんと役に立ったって事を証明しとけば、後々、引き篭もり生活に陛下が便宜を図ってくれそうなんで、今日ばかりは仕方なく。しーかーたーなーく! 登城するっす』


 との事。


 そして、今。

 あちこちから聞こえて来る噂話に、ウェルさんが納得がいかないと、暴れ散らかしているところであった。



 ああ、あの錬金寮の呪縛霊って名高い……。

 あいつ、タダ飯食いじゃなかったんだな。

 え? そんなやついた?

 アリスのヒモだろ?

 いやいや、俺は爆発魔って聞いてるぞ。



 数えればキリがない噂の数々。

 その大半がウェルさんを貶すものだったので、こうして怒るのは仕方ないとは思う。

 思うんだけれど、


「なら、この機会に引き篭もりをやめたら良いじゃない」

「あはははははは。何を言ってんすかアリス。そんなの、全力でお断りっすよ」


 本人がこの調子なので、どうしても噂話も半分くらい仕方がない気がしてしまう。

 庇うに庇えないとはこの事か。


 でも、短い付き合いながらウェルさんが良い人だという事は私も知ってるので、


「……あ。良い事思いつきました!」


 どうにか出来ないかなと思う中、良案がふっと私の脳裏を過ぎった。


「うん?」

「この対抗薬って殆どウェルさんが頑張って作ったようなものですし、この対抗薬をウェルさんに名付けて貰うのはどうでしょう!」


 今はなんか、アリスさんの名前が先行してるけど、名付けた人がウェルさんともなれば、きっと今回の一番の功労者はウェルさんと誰もが認める事だろう。

 そうすれば多分、この滅茶苦茶な噂もある程度は収束するのではないだろうか。


 〝ネードペント〟の花粉の対抗薬としてつい先程、ガロンさんやダウィドさんにも認められたものの、扱いは『対抗薬』のまま。

 であれば、この際、呼びやすいように名付けても誰も文句は言わないだろう。


「おおおおお……! サーシャさんってやっぱり良い子っすね! 名案! 名案っすよそれ!」


 ぐるぐるメガネのせいで瞳は見えないけど、きっとメガネ越しに目を輝かせているだろうウェルさんが、先程とは打って変わって楽しそうな弾んだ声を口にする。


「……まぁ、良いんじゃない? そのくらいなら」


 側にいたアリスさんは、あまり深く気に留めてはいないようだった。


「それじゃあ……そっすね。ここは当然、おれの名前は入れるとして、『ウェルの秘薬EX』とかどうっすか!?」


 自信満々に言い放たれたそのセリフに、私とアリスさんとナガレが顔を見合わせる。

 そして、アイコンタクト。


 その行為で、三人の心境が見事に一致している事を確認した。

 要するに。


「……だ、ダサい」

「サーシャさん!?」


 君だけは裏切らないと信じてたのに。

 そう言わんばかりの悲痛な叫びが、つい漏らしてしまった私の呟きに対して向けられる。


 私の提案ではあったけど、あまりのダサさに詰め寄って来るウェルさんから、どうにか視線を逸らす。


「ぁ、いや、その、いいと思います。はい。すごく良いと思います。はい」

「毛ほども思ってないっすよねそれ!?」


 言葉はどうにか取り繕えてたけど、引き攣った表情までは誤魔化せなかったらしく、ぐわんぐわんと肩を揺らされる。


 よ、酔う……!!


「————『ウェルの秘薬EX』、良いじゃないですか。なんかその、面白そうな名前ですし」


 そんな折。

 妙齢の麗人を思わせる中性的な相貌の男性————トレーを持った錬金術師長、ダウィドさんが何を思ってか。話に混ざる。


「なんでEXなのか、そこの意味は分かりませんが、ええ。私は良いと思いますよ。面白そうで」

「ダウィド! いやぁ、あんたは分かってくれると思ってたっすよ。……あれ、でもどうして面白そうって二回も言ったんすか?」


 何故か付け足された「面白そう」というダウィドさんの言葉に引っ掛かるウェルさんであったけど、それに対する返事は無言の笑み。


 にっこりと笑うだけで、ダウィドさんからはそれ以上の返事はなかったが、ウェルさんはただの勘違いとでも判断したのか。

 ばしばしとダウィドさんの背中を上機嫌に叩いていた。


「ところで、ダウィドはどうしてここに?」


 ウェルの秘薬EXが有用であると判明した後、ダウィドさんはウェルさんからレシピを受け取って錬金術に勤しんでいたと記憶している。

 だから、ナガレもこうして訊いていたのだろう。


 どこからどう見ても、ダウィドさんの様子は終わったというよりトレーといい、途中で無理矢理連れ出された、に近い様子であったから。


「それはですね。彼から話があるようなので」


 私がいた方が話が拗れないで済むでしょう?


 そう言って、肩越しにダウィドさんが後ろを振り返る。

 そこには、錬金術師の正装の色である紺と金ではなく、紺と()の魔法師の正装を身に纏った男性————ガロンさんがいた。


 よう。

 と、いつぞやのように気さくな態度で、こちらに向かって軽く手をあげていた。


「話?」

「ええ。曰く、〝ネードペント〟討伐に関する話なのだとか」


 対抗薬がない事には話が進まねえ。


 パフェ屋で交わしたガロンさんのその言葉が、不意に思い起こされる。


 対抗薬は既に完成に届いている。

 とすると、後は『ミナト病』の原因を生み出している〝ネードペント〟の討伐を残すのみ。

 だから、迅速に行動しているのだろう。


「嬢ちゃんと殿下は昨日ぶりだな。まぁ、話っつっても単純なんだけどな。〝ネードペント〟討伐にあたって、錬金術師の力をオレ達(うち)に貸して欲しいんだわ」

「……貸す?」


 ガロンさんの物言いに、眉根を寄せて不快感をあらわにしたのはアリスさんだった。


「正直、不安要素が多過ぎんだ。だから、魔法師だけじゃなくて錬金術師にも同行して貰いたい」

「……それは、対抗薬がまだ、信用出来ないって言いたいわけ?」


 不安要素。

 そう言われて真っ先に浮かんできたのは、対抗薬の存在だった。


 しかし、喧嘩を売られたと勘違いしているアリスさんの疑問に、ガロンさんは首を横に振る。


「いや、それはちげえ。そこは信用させて貰ってる。オレが心配してんのはそこじゃねえ。花粉をばら撒いてる〝ネードペント〟が心配なんだ」


 そこで、思い出す。


 今回の『ミナト病』を引き起こした原因は〝ネードペント〟ではあるけれど、ただの〝ネードペント〟ではない。


 これは、変異種。


 ならば、不安要素が多過ぎると口にするガロンさんの言い分も分かる。


 食魔植物に限らず、変異種は言葉の通り、変異をしてしまっている種。

 だから、予想外の出来事に見舞われる事になるであろう事は殆ど確定事項。


 そこで何が起こるかが予測出来ない以上、不測の事態に備えておく事は必須。

 故にガロンさんは、錬金術師の力を借りたいと言っているのだと思う。


「ばら撒いてる花粉に対する対抗策は、そのウェルの秘薬なんちゃらで十分だ。けど、ただでさえ魔力耐性の高い〝ネードペント〟の変異種を退ける為に錬金術師の力が必要になるかもしれねえ。加えて、花粉が突然変異しねえとも限らん」


 だから。


「つぅわけで、それなりに優秀な錬金術師二人ほどに、近々行われる〝ネードペント〟討伐へ、同行して欲しいんだわ」


 万が一を考えて。


 同行してくれる錬金術師の安全は保障する。

 そう言わんばかりに、ガロンさんはその言葉を強調しつつ、私達に向かって言い放った。

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