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十四話 致命的欠陥 三人称

* * * *


 時は遡り、サーシャ・レイベッカが家から勘当され、アストレアの錬金寮に着いたばかりの頃。


 レイベッカ伯爵家に位置する工房にて、硝子が乱暴に砕け散る音が鳴り響いていた。

 周囲にはその残骸がいくつも散らばっており、失敗したであろう跡も含めて、それは惨憺たるものであった。


「……おかしいでしょ」


 試行回数は三桁を超えたあたり。

 そこで漸く、「おかしい」と言葉を紡ぐ事を彼女————ミルカ・レイベッカは許容した。

 

 レシピ通りに材料は用意した。

 メモに残されていたやり方通り。

 途中、足りない部分はあったが、それはミルカ自身がこれまで培った技術と知識で十分補える範囲。

 だから、失敗する理由は何処にも無かった。

 無かった(、、、、)筈なのだ。


 なのに、結果は一度としてあのポーション(、、、、、、、)は完成しなかった。

 これまで、そこそこに優秀であるという不愉快極まりないミルカ自身の評価を覆したキッカケを作ったあのポーションは完成しなかった。


「…………」


 今、工房には誰もいない。

 だから、胸に秘めていた隠し事はいとも容易く言葉として滑り出る。


「わたしが、あの醜い妾の子よりも劣ってるって事……?」


 レイベッカの家に生まれておきながら、一切、錬金術を学ぶ機会すら与えられない妾の子。


 そんな人間が、学ぶ機会が与えられないからと王立図書館にて、錬金術を本の知識だけで学んでいるという。

 基礎的な知識も、何一つとして教えられぬまま、本の知識のみで。

 そして当の本人は、その半端な錬金術でレイベッカの人間として認められようとしている。


 それを聞いた時は、ミルカは腹を抱えて笑ったものだった。


 たとえそれで、猿真似のような錬金術を身に付けたとしても、あまりに不出来な「ナニカ」が出来上がるだけ。

 そう信じて疑っていなかったからこそ、盛大に蔑み、嘲り、無駄な努力だと決めつけた。


「あいつが作れて、わたしは作れないってわけ? ……そんなの、そんなの、あるわけないじゃない。そんなバカな話があるわけないのよ……!!」


 苛立ちを含んだ叫びを響かせる。


 初めは、単なる嫌がらせのつもりだった。

 本の知識のみで作ったポーション。

 サーシャは出来上がったその日に、ミルカにそれを持ってきた。

 父は多忙であったし、何より、正妻であり、ミルカの母であるユーシェは、妾の子であるサーシャを酷く嫌っている。

 その関係で、サーシャは父と会う機会が絶望的に少なかった。だから、ミルカを頼るしかそもそもの選択が無かったのだ。


 見た目こそ、どうにか取り繕ってはいるが、中身はどうせお粗末なものだ。

 故に、ミルカは考えた。


 これを父にサーシャが作ったものであると伝えずに渡し、酷評させてみるのはどうだろうかと。


「あいつより、わたしが劣ってるなんて事があるわけが!!」


 しかし、その結果、胸の内の大部分を占めていた愉悦への期待を裏切るように、父からのそのポーションへの評価はこれまでにないものであった。


 流石は私の娘だ。

 レイベッカの名に恥じぬポーションだ。


 そう言って、城仕えの父は、ミルカを生まれて初めて手放しに褒め称えた。

 忌み嫌っていたサーシャが作ったポーションであったとはいえ、偏屈な父から手放しに褒められる事はミルカ自身、悪い気はしなかった。


 だから、それがサーシャの作ったポーションである事をひた隠しにし、さも、自分が作ったかのように吹聴する事にした。

 どうせ、サーシャが偶然見つけたレシピさえあれば自分にだって作れてしまうもの。


 だったら、このポーションが自作であると謳って何の不都合も生まれない。

 なにせ、レシピさえあれば自分で作れるのだから。そう言い聞かせ続けていた。

 けれど、いざそのレシピが手に入った今、容易に完成すると信じて疑っていなかったポーションは、未だ完成に至らない。


 それどころか、出来上がるのはポーションという体すら成していないものばかり。

 そもそも、そのレシピ自体があまりに異端過ぎた。


「もしかしてこれ、偽のレシピじゃないでしょうね」


 机の上で開かれた状態にある古びたノートに視線を向けながらミルカは紡ぐ。


 ここまで失敗するのは、技量云々ではなく、そもそもレシピ自体に欠陥があるのではないかという彼女からすれば、至極当然の疑問であった。


「……いえ、それは無いわね」


 しかし、即座にそれは無いと選択肢からミルカは除外する。


 サーシャが勘当されたあのタイミングは完全に意表をついたものであり、路銀を渡した代わりに、持ち物の殆どを家に置いていかせた。

 レシピを書き換える時間すらなかった筈だ。


 とすれば、所々欠けているレシピの部分を補完したミルカの知識が間違っているというだけ。


「本っ当、いなくなっても尚、忌々しいわね。もうあまり、時間はないっていうのに」


 サーシャがこのタイミングで追い出される事は、前々から予定していた事だった。

 父は、元々は入婿であり、その為、ミルカの母であるユーシェの意見を重んじる必要がどうしても少なからずあった。


 にもかかわらず、妾を取った理由は未だ不明のままであるが、兎にも角にも、サーシャはもう居なくなった。

 レシピも手に入れた。

 ミルカ自身が王城へ招かれるように手筈も整え、あとはポーションを作るだけ。


 それだけだったというのに。


「……期限は、あと七日」


 すぐに完成すると高を括っていた為、残された時間はそれだけしか無かった。

 七日後には、大量生産出来ると豪語したミルカへ期待を寄せていたあの王子殿下に、ある程度の量のポーションを何としてでも持っていかなければならない。


 既に「出来る」と言い切ってしまっている。

 東方では取らぬ狸の皮算用と言うのだったか。


「それまでに、形にしなくちゃいけない」


 故に叫んでも仕方がない。

 そんな事をしても状況は好転しないのだから。


 砕け割れた硝子を片付けながら、新たな調合器をミルカは手に取る。

 既に一日を消費してしまったとはいえ、あと七日もあるのだ。


 だから————一瞬、サーシャを探す。という考えが脳裏を過ぎるも、それを強引にミルカはかき消した。


 あんな妾の子に頭を下げる必要なぞない。

 それに、サーシャの足取りは最早、ミルカにも分からない。


 そもそも、レイベッカの嫡女である己が、あんな人間に手を借りるなどあってはならないのだ。

 そう強く言い聞かせ、再びミルカは錬金術に意識を向けた。


 だがこの時、サーシャを探すという選択を取っていれば、サーシャの作り出したレシピの致命的過ぎる欠陥を聞けたかもしれない。


 温度。材料。手順。


 それらの一部が少し狂うだけで、レイベッカの現当主でさえ手放しに褒め称えた筈のポーションは毒にすらなり得る劇物と化す可能性も秘めていた事を————。


 だから、もし万が一にレシピを落とし、誰かが拾う事があっても大事にならないようにとレシピの一部を書いていない理由を、ミルカはまだ知らなかった。

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