十二話 錬金寮
とはいえ、私に対して己が魔法師長であるとガロンさんが名乗らなかった理由は、こういった反応をすると分かっていたからなのかもしれない。
親しみやすいあの口調から、何となくだけどそう思った。
だから、ちょこっと無礼な事も言ってしまってたような……という後悔の念のようなものを、強引に彼方へと吹っ飛ばしておく。
そして、譲って貰ったパフェに、私は再び手をつける事にした。
「そういえば、サーシャ」
「んー?」
「基本的に、家を持ってる者を除いて、城仕えの人間の大半は、城で過ごすか専用の寮で過ごすかなんだが、サーシャはどうしたい?」
勿論、一人で暮らしたいという希望があれば、それに合わせて都合はするが……。
ナガレがそこまで言ったところで、聞き慣れない言葉が混ざっていた事に私は気付く。
「……寮なんてあるの?」
「錬金術師と魔法師で分かれてはいるけどな。錬金術師の寮だと……あの時顔を合わせた連中で言うなら、アリスが入寮者だった筈だ」
「ああ! アリスさん!」
美味しいお菓子をくれた人。
少しなんというか、私の印象としては、姉御肌な人って感じだった。
でも、良い人だって事は分かってる。
「あれ、だけど、アリスさんってあの後すぐに帰ってたような……」
寮というくらいだ。
門限か何かがあるのだろうか。
とすると、少しだけ過ごし難いなあ。
なんて考える私の胸中を見透かしてか。
「門限は基本的には無い筈だ。ただ、今はその、ガロンが言っていたように関係が悪いらしいからな。城にいればどうしても魔法師と鉢合わせる可能性がある。だったら、さっさと寮に帰って錬金術の続きをした方が良いってだけだと思うぞ」
特別深い理由もなく、単に魔法師の顔を見たく無いだけ。という思わず拍子抜けしてしまう理由に、クスリとしてしまう。
「でも、寮でも錬金術が出来るんだね」
私の実家は錬金術師の一族だったから例外的に家の中に工房があったけど、普通はそうはいかない。
だから、寮の中でも錬金術が出来るというナガレの発言は、意外であると捉えてしまう。
「一応、錬金術師用の寮だからな。名前は……確か安直に錬金寮、とかだった筈だ」
正式な名前は特になく、錬金術師の寮だから、錬金寮。深い意味は特に無いと言われる。
「寮、かあ。アリスさんもいるのなら、悪くなさそう。というか、ワイワイしててなんか楽しそう!」
何より、錬金術師と魔法師との仲が悪いせいか。
錬金術師同士で謎の団結が出来上がっていた。
お陰で、突然の新入りであった私にもみんな好意的に接してくれたのはまだ記憶に新しい。
個人的に、レイベッカにいた時は殆ど孤立してしまっていたから、ワイワイというものに憧れがあった。だから、私の興味は既に錬金寮なるものに一点集中してしまっていて。
「なら、それ食べたら見に行ってみるか? 一応、客間はいつも空いてる筈だし、試しに今日一日過ごしてみるってのも手だと思うぞ」
「!! そういう事なら、そうする!」
目をくわっ、と見開いて、私が即答すると、何故かナガレに微笑ましそうに笑われた。
ただ、その笑みに何処となく生温かさを感じ、そこに違和感を感じ取った私は眉根を寄せる。
何というか、今のナガレの表情は、私の様子を楽しそうって感じで見ているというより、安堵している感じに近かった。
「……安心したよ」
そして、私が抱いたその感情が正しかったのだというように、遅れてナガレの言葉がやって来る。
「安心、した?」
「いや、楽しそうにしてくれてるからさ。家から追い出されたってなると、その、色々とあるだろ? 落ち込んでるようなら、ここらへんにあるパフェ屋を巡るだとか、色々と俺も考えてたからさ」
「…………む」
それはしまった。
ここはあえて、しょんぼりしていると見せかけてパフェ屋ツアーに招待して貰うべきだったかと割と本気で後悔する。
「おい、今更しょぼくれてももう手遅れだからな」
「……ぐっ」
実は悲しいんです。
的な感じで見せたら、今でも間に合うかなって思って演じてみようとしたけど一瞬で看破された。
くそう。
「……でもまあ、楽しそうでよかったよ。そういう顔を見せてくれると、こっちも誘った甲斐があったって思えるしな」
……そう言われると、わざと悲壮感を漂わせようとした先の私の行為が最低なものに思えて、心に鋭い矢がグサリと突き刺さる。
「う、うん。ありがとうね」
元々は、実家に認められる為に始めた錬金術。
だけど、意外とその錬金術が私は嫌いじゃなかった。腐っても錬金術師の一族、レイベッカ伯爵家の血を受け継いでいたというべきか。
嫌いどころか寧ろ、好きな部類であった。
だから、その好きな事を仕事に出来るこの機会は本当に得難いものであって。
「……でもいつか、お礼しなきゃいけないなあ」
ポツリと呟く。
でも、アストレア王国の王子であったナガレに、私が返せるものは……果たしてあるのか?
と、考えれば考えるほど分からなくなる疑問にぶつかる私であったけど、
「だから、いらないって言ってるだろ」
「ぁたっ!?」
軽くデコピンされる。
いい加減このやり取り、やめないか?
という、呆れの感情が声音にはふんだんに詰め込まれていた。
「……あのな、俺はお前から色々と貰いすぎてるんだ。だから、これはお返しだって言ってるだろ。それに、俺はただ、お人好しな友人の力になりたいだけだ」
それなのに、お返しなんて考えられちゃまるで俺が返しを期待してこの行為をしているみたいだろうがと咎められる。
……確かに、そういう捉え方もあるけども。
「だから気にするな。それでも、どうしてもお返しがしたいなら、俺のこの自己満に付き合ってくれればそれがお返しだ。分かったか?」
「……なんか上手いこと言い包められてる気しかしないけど、わかった」
「それでいい」
不承不承ながら納得すると、満足したようにナガレは口角を少しばかりつりあげる。
そしてちょうど、ガロンさんから譲って貰ったパフェを食べ終える。
スペシャル全乗せパフェの名に恥じぬ満足度だった。これはリピートしなくては。
心にその感想を刻み込みながら、私は寮へと先導してくれるナガレの後をついてゆく事にした。
* * * *
「————で、なんで殿下までいるんすか」
「悪いか」
「いや、悪くないんすけど……あの、その、ここ、錬金寮っすよ?」
ぐるぐる眼鏡を掛けたダボダボTシャツの青年が、突然のナガレの来訪に慌てふためく。
控えめながら、「……場所を間違えてません?」と訴え掛ける彼だったけど、残念ながら私達の目的地はここ、錬金寮で間違いなかった。
「それに一応、俺だってこの二年間はずっと錬金術の勉強をしてたんだ。十分、ここに足を踏み入れる権利はあるだろ?」
「ぁ、そういえば殿下って錬金術の勉強も兼ねてフィレールに行ってたんでしたっけ」
「まぁな」
「おぉっと、そういう事なら大歓迎っす!! 錬金術師バンザイ! 魔法師くたばれ! がうちらの座右の銘っすから!!」
見事なまでの手のひら返し。
手首がぐるんぐるんである。
「それで、殿下の後ろにいるそこのお嬢ちゃんは……錬金術師、みたいっすけど、見た事ねえ子ですねえ。新入りっすか?」
「えと、今日から錬金術師としてお世話になってます。サーシャっていいます」
「わお。超礼儀正しい子っすね。良い子だからアリスあたりに失礼な言葉遣いしても、おれが特別に許したげへぶっ!?」
バシーンっ、と寮の奥からスリッパらしきものが飛来し、そのままぐるぐる眼鏡の彼の頭部に見事的中。
彼はというと、前につんのめるような感じになっていた。
「……いてててて。何するんすか」
「それはあたしのセリフだから。無茶苦茶な事を勝手に吹き込んでんじゃないわよ、ウェル」
頭をさすりながら、彼が肩越しに振り返った先には城で一度顔を合わせたアリスさんがいた。
「サーシャさん。そいつは、引き篭もりのウェル。基本的に引き篭もりだから城にはいないけど、能力は優秀だから錬金術師として雇われてるただの変人よ」
「……アリスこそ勝手に無茶苦茶な事吹き込んでんじゃないっすか。こういうのを捏造っつーんすよ。捏造。あーやだやだ」
「じゃあ、明日は登城しなさいよ」
「すみません。おれが悪うございました。それだけは許して欲しいっす」
秒でウェルさんは白旗をあげていた。
そのコントとしか言いようがないやり取りに、思わずクスリと笑ってしまう。
そして、ナガレも同じ心境だったのか。
私と一緒になって目の前の光景に笑っていた。
「楽しそうな場所だね」
「だな」
アリスさんとウェルさんは心外だ。
と言わんばかりの表情を浮かべてたけど、ワイワイとは程遠い環境で育った私からすれば、こういう空気は好むところであった。
ある程度仲がいいから起こるやり取りというか。
「……まぁ、錬金術師が錬金寮を使う事は別に構わないのだけれど、うるさい奴がいるわよ。こいつとか、こいつとか、こいつとか」
「おっかしいっすね。どうしてアリスはおれを指差してるんすか」
「……ついさっきも爆発させてた奴が、何を言ってるのだか」
「おれ、都合の悪い過去は一瞬で忘れる主義なんすよ」
ドヤ。
と、得意げな顔でウェルさんが胸を張るものだから、アリスさんは呆れて物も言えなくなってか。最早、言い返す事すらしなくなっていた。
「……こんなのがいる寮でも良ければ……って、愚問だったみたいね」
私が浮かべる面白いものを見るような表情から、全てを察してくれたのか。
「一応、あたしがここの寮長をしてるの。何かあればあたしに聞いてくれればいいから。それじゃあ、改めて。寮の方でもよろしくお願いするわね、サーシャさん」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いしますっ」
隣で微笑むナガレに見守られながら、ひとまず私はこの錬金寮でお世話になる事が決まった。