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十話 パフェ屋にて

 街の灯りと薄茜の空の色に照らされながら、服飾の店から足早に私は飛び出し、くるりとこれ見よがしにひと回り。


 紺と金が基調となった正装。

 一応、バッスルスタイルが当初の基本だったらしいけど、如何にも動き辛そうだったので、私は膝丈程度の長さの控えめなワンピース風にして貰った。

 アリスさんはズボンだったし、アストレア王国では、正装のデザインは自由が利くらしい。


 上のコートも羽織ると、魔法師達が好むローブにも見える。

 ただ、錬金術師は赤の糸で華が刺繍されており、アストレアではその刺繍さえあれば、魔法師であると見間違う事はないのだとか。


 ついでに、城仕えの人間である事を示すバッジもナガレから受け取って胸のあたりに付けて貰ったので、今の私はどこからどう見ても王城勤めのエリートさんである。


 だから折角なので、どうだ。

 と言わんばかりに見せつけてみるけど、ナガレは私と違って服装一つに頓着していないのか。

 淡白な感想しかくれなかった。


「そんなに気に入ったのか」

「そりゃね。城仕えの錬金術師達の正装は、私にとって憧れでもあったから。デザインはフィレールとは違うけど、それでもテンションは上がっちゃうなあ」


 王様との会話の後。

 ナガレに王家が懇意にしている服飾の店へ真っ先に案内され、城仕えの錬金術師用の服を仕立てて貰う事になった。

 本当なら、明日に取りに向かえば良かったんだけど、三十分もあれば出来るとのことで、じゃあと待たせて貰った。


 その理由は勿論、その場で着るため。

 錬金術師として認められたかった私にとって、城仕えの錬金術師達が着る正装は憧れの的でしかなかった。


「嬉しい事は分かったが、でも、今それを着て本当に良かったのか?」

「? どうして?」

「今からパフェを食べるんだろ? 汚しても俺はしらないぞ」

「んふふ。本の虫を舐めちゃだめだよ。これでも、錬金術の合間に魔法も学んでいたのです! 基本的な魔法程度ならほっとんど使えるよ」


 ドヤりながら、胸を張ってみる。

 手始めに、服の汚れを落とす際に使う〝クリーン〟を行使すると、何故か「何でもありだな」とか言われて呆れられた。

 ……なんか納得いかない。


「でも、それだけ魔法を使えるなら、錬金術師じゃなくて魔法師としての道もありだったんじゃないのか?」


 ナガレのその一言に、私の足がピタリと止まる。

 ……そう思った時期は、ある事にはあった。

 ただ。


「そう、なんだけどね。そこは何というか。お母さんの影響かなあ」

「サーシャの、お母さん?」

「そ。私のお母さんって、結構、病弱な人だったんだ。だから、そういう人を治したい。助けたいって気持ちが大きかったからかな。魔法師に向いてるんじゃないかなって思う事はあったけど、それでも、錬金術師を諦める選択肢だけはまだ一度も考えた事なかったなあ」


 錬金術師を諦める気がないならば、必然、魔法師として生きるという道は選べない。


「魔法師も、人を助ける立派なお仕事だと思うんだけどね。ただ私は、魔物からより、病とかから誰かを助けたかったってだけ」


 だから、錬金術師なんだ。


 私がそう言うと、ナガレは目尻を下げて微笑んだ。


「……確かに、サーシャは錬金術師の方が向いてるよ。というか、魔法師になるのはやめて欲しいな」

「それは分かってる。なにせ、ナガレは私の錬金術の腕を見込んで誘ってくれたんだもんね」


 本当に腕があるのかどうかは知らないけど、一応、その名目で私はアストレアにやって来た。


「いや、そうじゃなくて」

「そうじゃなくて?」

「だって、サーシャが魔法師になったら真っ先に死にそうだろ」


 ……それは暗に、私に才能が無いと言いたいのだろうか。

 ちょっとだけムカっときて、口をへの字に曲げる。


「向こう見ずだし、一度始めたら妥協とかしないし。んで、優しいし(、、、、)。魔法師になったら、誰かを助ける為に、頑張り過ぎてそう。だから、俺はサーシャには死んで欲しくないから錬金術師のままでいてくれると有難い」


 でも、ナガレのその言葉を聞いた後。

 私の口の形は、への字から、半開きに変わり、どう返事をしたものかと言葉を探しあぐねる事になった。


 揶揄うだとか、そういった感情抜きの真正面からの言葉に、私は一人、ちょっぴり動揺する羽目になっていた。


「……ナガレってそういうのあるよね。しかも、天然で。二年くらいの間で割と慣れたつもりでいたけど、たまにやるよね、その不意打ち」


 本人は、相手の事を気遣ってるだけ。

 だからこそ、タチが悪い。


 私みたいな人間はそういう裏表のない気遣いに滅法弱いから、ちょっとだけ勘弁して欲しかったりする。

 でも、それがナガレの美徳であるから、口に出してやめろとはとてもじゃないけど言えなくて。


「不意打ち?」

「……ううん。ごめん。なんでもない。今のは忘れて」


 女の人みたいに長い睫毛に、通った鼻筋。

 何処となく中性さも感じる端正な顔立ちも相まって、言葉の威力がめちゃくちゃ強い。

 それもあって、目を合わせ続ける事が少しだけ恥ずかしくなって、ぷいとナガレから顔を背けて、私は周囲を見渡す事にした。


「んー!! パフェのお店!! マカロン! ケーキ! プリン! ここは天国ですか!?」

「……全部甘ったるいな」

「甘いものは正義だよ。脳にも優しいし、私にも優しい!」


 きっとデザートさえあれば、世界平和も夢じゃない。


「そ、そうか」


 相変わらず淡白な返事であった。

 しかし、興奮を隠しきれず、ただでさえハイテンションだった私が更に意気揚々とし始めたからか。若干、引かれているような気もする。


 けど、パフェにとどまらず、デザートのお店が視界いっぱいに広がっている。

 これは仕方がないだろう。


 そう割り切る事で、私はナガレの反応を気に留めない事にした。


 そしてそのまま、閉店してしまわないうちにと、後ろで歩いていたナガレの手首を掴み、足早に行くよと言って先導する。


「そう急がずとも、パフェは逃げんさ」

「そうなんだけど!!」


 フィレールの王都にあるパフェはもう食べ慣れてるけど、ここはフィレールではなくアストレアである。

 待ち望んで止まなかった新作のパフェが目の前にあるかもしれない。ならば、たとえ逃げないと分かっていても駆け込みたくなるのが人情。


 ここで、ナガレに食い意地の張った腹ペコ魔人と呼ばれようとも、これだけは譲れなかった。



 そして、パフェ屋さんの入り口に取り付けられた鈴の音を耳にしながらドアを押し開ける。


 店員さんに言うべき言葉は既に決めてあった。


「今日一番人気のパフェを下さい!!」


 これならば、まず外れは引かない。

 一番オーソドックスなやつが出てきたとしても、店によってパフェの味は違うし、次に活かす事ができる。

 まさに一切の無駄のない注文。


 さて、どんなパフェが出てくるのだろうかと期待に胸を膨らませる私だったけれど、


「……申し訳ございません。その、今日の一番人気のパフェは、あちらのお客様がご注文なさった分で最後でして……」


 心底申し訳なさそうに謝られる。

 そして、あちら。

 という言葉に反応して、視線を向けると、そこには目新しいパフェを机に六個くらい並べて、忙しなくスプーンを動かす大男がいた。


 空っぽの容器を含めれば注文した数は余裕で十を超えていた。


 なんという食い意地の張った男だろうか。

 そうは思ったものの、ただ何というか。

 後ろ姿ながら、その服装と私に背を向ける巨漢の彼自身に何処か既視感があった。


「……ぅん?」


 紺と銀(、、、)が基調となった服装。

 つい先程まで服飾の店にいたからか、その既視感はより強いものであった。

 時折ちらりと見える肩あたりに刺繍された鳥の羽を思わせるソレは、服飾の店主から教えて貰った城仕えの魔法師の正装そのもの。


 恐らく彼は魔法師なのだろう。

 そう思い至ったところで、件の男が私の存在に気付いてか。


 はん、と鼻を鳴らし、一歩遅かったなと言わんばかりに挑発めいた口調で言葉を紡ぎ始める。


「悪ぃな嬢ちゃん。このスペシャル全乗せパフェは生憎、今日は売り切れなんだ、わ……?」


 スプーンを口に咥えつつ、肩越しに彼が此方を振り返り、そして、


「…………」

「…………」


 ばっちり目が合った。


 同時、頭の中で靄がかっていた疑問が氷解する。このパフェを注文しまくっている男に、私は覚えがあった。

 彼もまた、私の事に気が付いたのだろう。


 場に降りる沈黙。

 それは、二秒、三秒と続き、やがて。


「あーーー!! あの時の図書館にいた人!!」

「あーーー!! あの時の親切な嬢ちゃん!!」


 一緒になって指を差し合う羽目になっていた。


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