一話 家から追放された日
『出来損ないは、レイベッカ伯爵家に必要ない』
思い起こされる父から告げられたその一言。
底冷えた声音で突き付けられた勘当の言葉を、頭の中で反芻しながら、私は十年以上暮らした屋敷へと一度振り返り、そして背を向けた。
「……私の努力って、一体なんだったんだろ」
妾の子として生を受けた私————サーシャ・レイベッカは、その出自のせいで周囲から疎まれて育った。
特に、現当主であり、私の父であるマルクス・レイベッカの正妻であった奥様や、お姉様からの嫌がらせは際限なく受けていた。
けれど、私が錬金術師の一族であるレイベッカの人間として相応しいだけの能力を備えたならば、きっと、奥様やお姉様も認めてくれるはず。
そう思って、錬金術の勉学に励んでいたが、私への風当たりが変わる事は終ぞなかった。
それどころか、錬金術の技術を高めようとも、その全てがお姉様に横取りされ、挙句、父にそれを訴えても、一切取り合ってはくれなかった。
ただ、恥知らずと侮蔑の視線を向けられるだけ。
そして結局、こうして家から追い出される事になっていた。
私の生母は数年前に流行病で他界しており、血の繋がりがある人間は、あの父だけだった。
だから、他に私が頼れるような人間もおらず、これからどうしたものか。
そんな事を考えながらあてもなく歩き————十数分ほどしてたどり着いた先は、私にとって馴染みのある場所であった。
「……王立図書館」
レイベッカ伯爵家は、王家に仕える錬金術師の一族であり、それ故に領地を持たない御家。
その為、レイベッカ伯爵家は王都に屋敷を構えており、それもあって王国内で一番の書庫である王立図書館が比較的すぐ近くに位置していた。
家に居場所がない私だからこそ、レイベッカ伯爵家の人間として、錬金術を学ぶために。
なんて言い訳染みた理由をつけて、暇さえあれば王立図書館にこもって閉館の時間ギリギリまで錬金術の文献を読み漁っていた。
だから、なのだろう。
気付けば、王立図書館にたどり着いていた。
「————よう」
そんな折。
声が掛かる。
軽い挨拶のような掛け声。
「今日も錬金術の勉強か?」
それは、こうして王立図書館に私が入り浸るようになってから、知り合ったナガレと名乗る少年であった。
彼も錬金術師を目指している人間らしく、錬金術の資料を漁って勉強に励むうち、つい、二年ほど前くらいからであったか。
度々よく顔を突き合わせるようになっていた彼とは、見掛けたら挨拶をする程度の仲にあった。
「……えと、その、」
私が錬金術を学ぼうと思った理由は、一応とはいえ、己がレイベッカ伯爵家の人間であったから。
けれど、もう錬金術を学ぶ理由は私の中にはなく、故に若干歯切れの悪い返事になってしまった。
「……?」
「……私ね、錬金術を学ぶのはもうやめようと思ってるんだ。今日、ここに来たのは偶々って感じ、かな」
王立図書館には、もう殆ど出向く機会はないだろう。だから、少しばかり悩みはしたけれど、ナガレにそう私は告げていた。
「…………。立派な錬金術師に、なるんじゃなかったのか」
「そう、だったんだけどね」
顔を突き合わせる機会がそれなりにあった事もあり、彼とは世間話も何度か交わしていた。
その際に、錬金術を学んでいる理由だとか、色々と雑談程度に彼には話していた。
だからだろう。
あからさまに驚かれた。
ただ、私の表情からそれなりの事情があってその結論を出したのだと察してくれたのか。
ナガレの声は、比較的控え目であった。
「その理由が、なくなっちゃったから」
無くなってしまった以上、これ以上錬金術を学ぶ理由もない。
仮に錬金術でこの先生きていくにせよ、私の実績と呼べたであろうものは全て姉に横取りされてしまっていた。
実績も何もない小娘を、錬金術師として雇ってくれるところは……まぁ、ないだろう。
だから、錬金術を学ぶ事を辞めると結論を下した私の判断はきっと間違っていない。
「サーシャの家は……錬金術師の一族、だったか」
「うん。そうだね。ただ、もう『元』がつくかなあ。私、ちょっと前に追い出されちゃったから」
私がナガレに、何気なくその事情を白状した理由は、誰でも良いからこの話を聞いて貰いたかった。という欲求故だったかもしれない。
今更何を言っても、変わるわけもないのに、でも、それを愚痴る相手も私には目の前のナガレくらいしかいなかった。
「追い出されたって……サーシャが? 自分の家を?」
信じられないものを見た。
そう言わんばかりに瞠目するナガレに対して、どうにか苦笑いを作る事で肯定する。
「まぁ元々、私そんな好かれてなかったからね。寧ろ、嫌われまくってたというか。だからその、錬金術を頑張れば、見直してくれるんじゃないかなって、思ってたんだよね」
私の腕が、足りなかったのであれば、まだ納得は出来たかもしれない。
努力が及ばなかったって今よりはずっと、割り切れたと思う。
でも、その腕すらも、まともに見てすら貰えなかった。挙句、私が精魂込めて作った完成品は、全て姉に横取りされ、私はずっと出来損ない扱いだった。
だからそれが、どうしようもなく悔しくて。
「だけど……この通り。ダメだったんだ」
今出来る精一杯の気力を使って、気丈に振る舞おうと、しゃらりと笑う。
「……あぁ、ごめんね。こんな変な事をナガレに愚痴っちゃって」
だめだなぁ、私。
そうひとりごちる私だったのだけれど、
「いや、気にしなくて良い。これまでサーシャには錬金術を学ぶ上で何度も世話になってた。どう恩を返したものかって悩んでもいたからな。これで少しでもサーシャの気が晴れるのなら、何時間だって付き合ってやるさ」
「…………ありがと」
実家の方で、心ない言葉を向けられてきた直後だったからか。
ナガレのその言葉は、もの凄く温かく感じずにはいられなくて。
少しだけ、沈みきっていた自分の心が救われたような、そんな気がした。
「ぇ、と、図書館にいるって事は、ナガレはこれから錬金術の勉強だよね。ごめんね、邪魔しちゃって」
もう既に邪魔をしちゃった後だったけど、これ以上は流石に。
と、私がその場から退散しようとした瞬間、
「……なぁサーシャ。少し時間、あるか?」
「時間? は、まぁ、あるけど」
何故か、ナガレから呼び止められた。
家を追い出されたからには、これからの事を考えなくちゃいけない。
ただ、やることと言えばそれだけで、時間は有り余ってるくらい。
故に私はナガレのその言葉に、何か私に用でもあるのだろうか。
若干の疑問を抱きつつも、私は応じる事にする。
「ちょっとで良いんだ。今から少しだけ、付き合ってくれないか」
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