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無償の愛

「大将、いつもの」

 湯気が立ち昇るかけそばの丼に添わせて、齋藤はかじかんだ手を温めた。


「今日は天気も悪いし冷えるな……」

 後から入ってきた勝田は、ベージュ色のコートの内ポケットから本を一冊取り出すと、カウンターに頬杖をついて齋藤の方を見る。


 外では、分厚い雨雲が街並みに影を落としていた。


「あっ、俺は熱燗ね」


「また昼から飲むんですか?ヤバいっすよ」

 齋藤はいつものことに呆れながらも、諌めるフリをする。


「で、京極の方はどうなんだ」

 徳利を傾けながら勝田はつぶやく。


「賄賂の裏取りを進めています。京極誠司がよく顔を出す商工会はすぐに吐きました。宴会時に現金入りの封筒をねじ込んできたらしいです。

 で、教師は教師で汚職ですよ。牧野さんが詰めたら、あの気の弱そうな体育の田中先生が教科書選定の見返りを受け取ったと自供しました」


「お~~いい感じに終わってんなぁ。酒が不味くなるぜ」

 勝田はお猪口の日本酒を一気に飲み干すと、カウンターにトンと置いた。


「酔ってます?絡み酒とか、うざいんでやめてくださいよ」

 かけそばの油揚げをかじりながら、齋藤は横目で勝田の顔をみて眉をひそめる。


「このぐらいじゃあ酔わねぇよ。胸糞ついでに聖野君の日記でも見るか?」

 勝田はカウンターに置いた日記帳を齋藤の方に寄せる。


「捜査だから見ないといけないんですよね……。高校生のやることにしては(むご)いですし、最近の若者がなにを考えてるのかわからなくなりますよ」

 齋藤はパラパラと日記帳を捲ってボヤく。


「最近の若者はって、お前も若いだろうがよ。

 確かにな、いじめの内容も年々悪質化してるけどなぁ……」

 酒を口に含んで、勝田は言い淀む。


施陀愛心(せんだ あみ)のグループによる日常的な嫌がらせ。机に落書き、画鋲を靴に入れる、水を浴びせる、持ち物を捨てる……。小さなことでもキリがないですね。

 それに合わせて京極紅蓮蛇(きょうごく ぐれた)たちの暴行に、それを見過ごす担任教師。

 同級生も見て見ぬふりならまだしも、いじめに加担している場面もあります。これだけされれば、さすがに自殺しますね」


「でも遺体は行方知れずと来てる」


「そこは置いといても、行くんですよね」

 かけそばのつゆを飲み干した齋藤は確信に満ちた顔でいった。


「たりめぇだ。勘定置いとくぜ」



 公営住宅809号室。


「何度もすみませんね」

 玄関先で勝田と齋藤は、再び番柄美紗(ばんがら みさ)と顔を合わせた。


「ちょっと、しつこいんですけど。話すことなんてないっていってるでしょ!」

 美紗は小声で早口にまくし立てて、勝田の胸を腕で押して追い出そうとする。


「今日は旦那さんもご在宅なんですね」

 齋藤は乱雑に脱ぎ捨てられた靴を見て軽く会釈する。


「おう美沙、酒ぇ!」

 男の怒鳴り声に美沙の背筋がビクリと震えると、足早にリビングに戻っていく。


「うわ……、飲んだくれは勘弁して下さいよ……」

 斎藤がぼやくと、二人は美沙の後を追ってリビングに足を踏み入れた。


「こんにちは、番柄一輝(ばんがら いっき)さん」

 勝田は刺激しないように、物腰低く挨拶する。


「あぁ?なんだお前ら」

 プリン頭をオールバックにしたチンピラ風の男が酒を片手に睨みを利かす。


「こんにちは、××署の勝田と申します。鹿路君のお父さんですね……、番柄一輝(ばんがら いっき)さん。鹿路君のことでお話しを伺いにきました」


「クソガキが、どうしたって?」

 ぐびぐびと酒を飲みながら、一輝は仏頂面で勝田を更に睨みつける。


「……ちょっとやめてよ」

 美沙が小声で勝田を制止する。


「鹿路君が学校でいじめられていたことをご存じですね?」

 一輝の対面に勝田は胡坐をかいて、まっすぐに見据える。


「んなぁこと知らねえよ、酒でも飲むかぁ?」

 一輝は話半分に酒の入ったコップを勝田に突き出す。


「あなたは父親でしょうよ。一番近くで鹿路君を見ていたのに、知らないとは言わせませんよ……」

 一輝のふざけた態度に、勝田のこぶしは握り締めてられて震えた。


「まじめにしてもらっていいですか。あなたたち夫妻には、ネグレクトの疑いもあるんですよ」

 齋藤が真剣な顔で美沙と一輝を順に見て、反応を窺う。


「ネグリ……なんだぁ?」

 聞きなれない言葉に、一輝は見下した態度で目の前の勝田に聞き返した。


「育児放棄ですよ……、鹿路君は重度の熱傷や骨折までしていた。なのに、あんたらは病院にも連れて行っていない!子どもをなんだと思っているんだッ!!」

 勝田の激しい怒りは口調を荒立て、机を叩きつけた。人として無関心では済まされない行いを、その実の子に行っていることに勝田の怒りは限界だった。


「子どもっても、いい歳だろ。自分の面倒ぐらい自分で見られらぁ」

 勝田の怒声が届いていない様子で、一輝は軽口で返す。


「まあまあ、落ち着いてください」

 怒りに震える勝田の肩を抑えて、齋藤がなだめに入る。


「大体、人ん家に入ってきてなんだ。うだうだ説教する気か?ポリ公がよぉ」

 一輝はおもむろにコップの酒を勝田に浴びせると、舌打ちして玄関の方を顎でしゃくる。


「おやっさん……、帰りましょう」

 険吞な雰囲気に、齋藤は耳打ちした。


「十七歳までは育児放棄になるんですよ……。行くぞ齋藤」

 捨て台詞を残して、二人は809号室を後にした。

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