43.家族
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「エルザ、これはやはり恋なんでしょうか」
ベットに腰かけて、同じく隣に座っているエルザ聞いてみる。窓からは少し冷たい風と朝日が差し込んで来ていた。
あの部屋から連れ出してくれた夜、命を賭けて守ってくれた夜、多くの夜を超えてきた気持ちに名前が欲しかったのです。
「もちろんです。姫様はロクロのことが好きなんですよ」
エルザは優しくいうけど、エルザだってロクロのことが好きなはずです。
「ですが、閉じ込めて私だけを見て欲しいなんて、ロクロにはいえません。迷惑になってしまいます」
出来るだけ長く一緒に居たいけど、ロクロの嫌がることはできません。
「姫様のお気持ちを私には理解することができませんが、ロクロも姫様のことを良く思っていますし、傍に居たい気持ちをぶつけてみても良いかもしれません」
「エルザはいいのですか。ロクロに忠誠を誓っているのに、私がその……、独占してしまっても」
「姫様は優しいですね。今までいっていませんでしたが、フォンベル家は変わり者が多いのです。祖父はエルフの森で大樹を守ることに一生を費やしました。傍から見ればただの木ですが、祖父には違うものに見えていたのかも知れません。
私はロクロの命と、その大切な人を守るために生きていたいのです。それだけできれば十分幸せです」
「エルザの思いは理解しました。ですが、寂しくなったら遠慮しないで下さいね。私はエルザのことも大切なんですからね!」
浮気は絶対に許せませんが、エルザなら許せます。たぶん……。
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「よーしよし」
シュネールツシルトも茶太郎も元気いっぱいだ。ブラッシングよりも、腹を撫でてやる方が気持ちよさそうだ。
「目ヤニも取ってやらないとな」
固く絞った濡れタオルで拭いてやる。二頭とも立っている時にやると嫌がるから、寝転んでいる今がチャンスだ。
「ロクロは本当に馬が好きだね」
いつの間にアルが馬小屋に来ていた。シュネールツシルトをアルが撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
「シュネールは可愛いね。お日様みたいな毛並みもいいけど、僕は黒い馬の方が好きかも」
「そうなんだ。どんな色でも二頭とも可愛い家族だよ」
ペットは家族とよくいうけど、どうやら俺も例外じゃないみたいで、毎日一緒にいる二頭はかけがえのない家族になっていた。
「そうだね。でも、ロクロの本当の家族になる人はもっとすぐ近くに居るんじゃないかな」
確信を持ったアルのことばに、ドキリとした。心を見透かされているみたいで心臓に悪い。
「ロゼッタか……」
なんとなく、いや、それ以上に。命をかけて守りたい自分がいた。
これを愛と呼ぶのかを俺は知らないけど、知るべきなのかもしれない。
「デートして来なよ。この子たちの世話は僕がやっとくからさ」
アルは悪い笑顔でそんなことをいってくる。
俺はどうすればいいんだ、初めてのことになると足がすくむ。
「ていっ!」
アルに背中を押されて馬小屋から押し出された。
「行動あるのみだよ!ロゼッタも待ってるはずだよ」
「ありがとう」
とりあえずロゼッタを誘って本屋に行くか。
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「街が大きいと、本もたくさんありますね!少し見てきますねっ!」
テンションの上がったロゼッタは本棚の影に消えていった。人でごった返したフーリダの大通りに面しているのに、店内には客がまばらにいるだけだ。
「俺もなんか見るかな」
旅の道中は結構暇なので本を読んでいる時間が多い。大体銀貨一枚で買えるから、暇つぶしにはもってこいだ。
しばらく店内をブラついていると、ロゼッタが一冊の本を両手で掲げてやってきた。
「ロクロにおすすめの恋愛物語りです!その……、一国の姫と冒険者の逃避行です……」
本の表紙で隠れた向こう側から、少し照れた声が聞こえてくる。
「おすすめです……」
そんなに押し付けて念押しされなくても、読むんだけどな。
「もちろん、ロゼッタのおすすめなら読むよ」
本を読む習慣がなかった俺に読書を勧めくれたロゼッタで、おすすめされるのを読んでいることが多い。
「なあ、ロゼッタ」
いつも一緒に居るロゼッタにだからか、言葉がするりとこぼれ出た。
「なんでしょう」
本の表紙が少し下がって、ロゼッタと目が合った。
「俺と家族になってくれ」