39.クシャールの街
◇
「ようやく着きましたね」
ロゼッタが荷台から顔を出す。
真夏のような暑さの中、俺たちは遂にフーリダ王国に到着した。とはいってもフーリダ王国領の国境街なので、まだ少し旅程は残っているけど一先ず望んだ自由を手に入れたはずだ。
「えぇ、やっとですね」
御者台の隣に座ったエルザも晴れやかな顔でうなずく。
「よかったね、ロクロ!」
後ろから首に手を回してアルが抱き着いてくる。男同士で親しみやすいにしても、アルのパーソナルスペースはどこにあるんだろうか。
「アルくん、近いです」
ロゼッタの声が聞こえるなり、頬っぺたにくっついていたアルが後ろに消えていった。
「おーい、ここで止まれーー」
大門の前でフーリダ王国の兵士が手を振っていた。地図ではクシャールというので、正確にはクシャールの兵だ。街の出入りは大抵込み合っているものだけど、なぜか今日は運よく誰もいない。ラッキーと思い、俺は馬車を手早く止めた。
「出戻りか?」
手を振っていたのは緑色のトカゲ顔の兵士だった。この兵士は獣人なんだろうか。
「いや、入国だ」
エルザがアルクレイヘル王国の紋章が描かれた巻物を取り出すと、トカゲ兵士に渡した。
「今のってパスポート?」
俺は小声でエルザに聞いてみる。海外に行ったことはないけど、国を出入りするといったらパスポートが必要なのは知っている。
「あれは居住実態証明書だ。納税者にしか発行されないから、入国者が信頼できる人物か判断できるのだ」
なるほど、証明書がなくても入国できるみたいだけど、審査が厳しくなるみたいだ。
「連れは家族か?」
トカゲ兵士が俺の方を見てエルザに尋ねる。髪の色から顔の造りまで全然違うけど、人族の区別がついていないのだろうか。
「あぁ、そうだ」
さらりとエルザは流すが、特に怪しんでいたりはしてないみたいだ。
「後ろの二人もか?」
幌で隠れているのに、トカゲ兵士にはロゼッタとアルが見えているようだ。
「荷台も確認させてもらうぞ」
馬車の後ろに回ったトカゲ兵士が爬虫類の射るような目でアルとロゼッタを見ると、アルを指さして尋ねた。
「お前は人族か?」
確信が持てないのような、そんな声音だった。
「もちろん、僕は人族だよ」
なんでもないといった風にアルは受け答える。アルがあっさりと、当たり前に答えていたから俺はなにも疑問に思わなかった。
「そうか。持ち込み禁止物もないみたいだし通っていいぞ。
ようこそ、フーリダ王国へ」
特に問題もなく俺たちはフーリダ王国、クシャールの街に入国できた。目指すのはフーリダ王国の中心街フーリダだ。
◇
「こっちの街並みは楽しいですね、ロクロ」
ロゼッタが右腕に抱き着いてくる。好かれているのかわからないけど、こんな俺に良くしてくれるロゼッタには感謝しかない。
とりあえず歩いているが、白を基調にしているアルクレイヘル王国とは違い、クシャールの街はオレンジ色や緑色の建物が目立つ。色使いが全体的にカラフルだ。
「ロクロはどういう所に住みたいの?」
ロゼッタを見てなにを思ったのか、アルも左腕に抱き着てくる。相変わらず距離感が近すぎる気もするけど、悪く思われるよりはいいだろう。
「平和に暮らせるところがいいな」
できれば争いごとのない、長閑な村で畑でも耕して暮らせたら幸せだろうか。
「いいね、僕も平和が一番だと思うよ」
アルも荒事を好まないみたいだし、気が合うな。
そんなたわい無い話をしていると、右腕がギュッと引っ張れたので自ずと視線もそっちに引き寄せられた。
「その……子どもは何人ぐらい欲しいですか」
ロゼッタが顔を赤らめて俺に聞いてくる。
「えっ、子ども?」
そんなことを考えてかった俺は、ロゼッタの言葉を反復した。
「私は男の子が一人、女の子が二人がいいです」
俺の右腕をさらに強く握りしめて見上げてくるロゼッタの目は暗く淀んでいた。
なんだ……怖いぞ。
「姫、ロクロが困っていますよ」
エルザがそっと諭すとロゼッタの目の色が元に戻った。
「あっ、ごめんなさい」
ウフフっと笑うロゼッタは、いつものロゼッタだ。
戻ってきてからというもの、ロゼッタの様子がおかしい。なんというか、俺を見る目が普通じゃない。
「ロクローー、これ食べよ!」
先を歩くアルが屋台で買った、かぼちゃのような果物を持って駆け寄ってくる。
「ありがとう、貰うよ」
中身がサイコロ状に切ってある果肉を食べる。みずみずしくて甘い。
後ひと息だ、俺は残りの旅路を頭に描きながら雲一つない青空を見上げていた。