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不確かな笑み

「なるほどな」

 椅子にもたれかかった勝田は、調書を挟んだファイルを乱雑にデスクに放り投げると牧野と目を合わせた。


「ほんと信じられませんよ。どいつもこいつも犯罪者だらけ、教師ってのは聖人がなるもんじゃないんですかね」


「なんかヤバかったんですか?」

 齋藤がデスクの調書に軽く目を通して苦笑した。


「人間ってのは、大なり小なり悪の心があるもんだろ?」


「おやっさん、これは悪すぎですよ。

 買春、売春、生徒への強制性交、殺人未遂、暴行、窃盗、教員免許偽造に議員への賄賂。まだまだありますよ」


「昔風にいうなら、犯罪の総合商社ってところだな」

 電子タバコを吹かしながら、勝田がお手上げといった風に手をあげた。


「ちょっと、電子タバコでも臭い付くんですから喫煙所行ってくださいよ」

 齋藤が口を尖らせて喫煙所の方を指差す。


「おぉ、そうか。悪い悪い」

 軽く手刀を切って出て行った勝田を、牧野が半笑いで見送った。


「齋藤、お前結構度胸あるよな」


「そうですか?別に普通だと思いますけど」

 牧野の言葉に齋藤は首をかしげる。


「勝田さんって昔は鬼刑事でな、俺もよくしごかれたもんだよ」


「そうなんですか?あの、おやっさんが?

 ちょっと頭の固い頑固おやじですけど、結構優しくないですか」

 前のめりになる齋藤の頭に、後ろからチョップがやってきた。


「いでっ」


「誰が頑固おやじだよ」

 缶コーヒーを片手に戻ってきた勝田だった。


「おやっさん、この調書ですけど。京極って政治家を調べましょうよ」

 調書と生徒名簿を並べた齋藤が力強くいった。


「なんだよ、藪から棒に」

 缶コーヒーをチビチビ飲みながら二枚を見比べる勝田の目が、共通項で留まる。


「京極家は夫婦揃って議員をやってる家ですね」

 牧野が資料を見ながら補足した。


「そうです、京極家の長男の京極紅蓮蛇(きょうごく ぐれた)には悪い噂があるんですよ」

 スマホの画面を齋藤が勝田に見せつける。


「なんだ?『名無しさん、京極夫妻は賄賂で票を買ってる。息子は人殺しのヤベー奴』?」


「ネットで結構あるんですよ、悪い噂が。で、聞き込みも行ってきました」


「聞き込みってお前、生徒の精神面に配慮して期間を空けるはずだろ」

 勝田の言葉に、齋藤はギクリとしてから目を泳がせた。


「ま、まあいいじゃないですか、情報は手に入ったんですから!」

 誤魔化しながらガサゴソと資料を出してきた齋藤に、勝田が渋い顔をする。


「今時コンプラがうるさいだろ、後からマスコミに揚げ足取られると面倒くさいしよ。大体、若い奴の方がそういうのにうるさいもんだろ」

 資料に目を通す勝田の言葉に、齋藤は自身の軽率な行動を反省した。


 齋藤の資料の束をパラパラと捲って、ニヤリと勝田は口角を上げた。


「行くか?聞き込み」



「政治家の事務所なんて初めてですよ」

 正午の照りつける日差しに、額の汗をぬぐった齋藤がインターホンを押した。


「はい、どちらさまですか」

 品のいい女性の声がインターホン越しに聞こえてきた。


「先ほどお電話しました××署の勝田と申します」

 オートロックの自動ドアが開くと、小綺麗なエントランスを抜けてエレベーターで京極事務所がある四階まで昇った。


「おやっさん、なんか緊張してきました」

 事務所前で怖じ気づいた齋藤の背中を勝田がバンと叩く。


「大丈夫だ」


 二人は一目で高価だとわかる調度品が並ぶ応接室で腰かけた。


「あの事件のことは(わたくし)共としても非常に憂慮しています」

 紺色のスーツを着込んだ誠実そうな壮年の男が京極誠司(せいじ)、紅蓮蛇の父だ。


「ええ、それでですね。息子さんの紅蓮蛇(ぐれた)君について伺いたい点が………」

 勝田の言葉に、誠司は顔に出さないが不快な雰囲気を醸し出した。


「もちろん、捜査に協力できることでしたら何でもお答えしますよ」

 誠司の愛想笑いが一層、場をしらけさせた。


「紅蓮蛇君が校内校外問わず、素行が悪く暴力的であったとの証言が多数ありまして」

 勝田の後ろで齋藤がメモの手帳を構える。


「お恥ずかしながら家の息子は粗野な奴でしたが、それがなにか関係あるのでしょうか」

 言外に聞いてくるなという含みを持たせた言葉だった。


「いえ、捜査には関係はありませんが別件で」

 勝田がサラリと流して誠司を見据える。


「そうですか。紅蓮蛇は自己愛性パーソナリティ障害でして、どんなことでも自分が一番じゃないと癇癪を起して暴れてしまうんです」

 嘘か実か、誠司の言葉は真実味を感じさせた。


「ほう、そういうことですか。診断書はありますか」

 勝田の口調は控えめだが、捜査解決に繋がる視線を見逃さなかった。


「ええ、もちろん。家にあるので後で秘書に持って行かせますよ」


 二人がしばらく話し込んでいると、ドアをノックする音とともに秘書らしき女性が顔をのぞかせた。


「先生、そろそろお時間です」


「もうそんな時間か。すみませんが、今日のところはこの辺で」

 誠司が申し訳なさそうにしながら退室を促す。


「いえいえ、政治家先生の貴重なお時間を頂きましてありがとうございます」


 マンションを出た勝田と齋藤は、四階の京極事務所を見上げた。

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