38.愛すら知らない
◇
「死んでる…………のか」
倒壊した瓦礫の下から浜和君らしき遺体が見つかった。
体も顔もひしゃげて潰れているけど、これは浜和君だ。いや、浜和君だったものだ。
「浜和……お前……」
クラスメイトたちも彼の死に悲しんでいる。僕らのリーダーだったんだ。あまり役に立たなかったけど、ここは悲しい顔をしておこう。
「姫城!!治せないのかよぉ!!」
クラスメイトの男子が桜に詰め寄って怒鳴る。
「そ……そんなこといわれても……」
死んだ人は生き返らない、そんなのは常識だ。桜の奇跡の祈りでも、何日も経った死人は生き返せないだろう。
「ちょっと、やめなさい」
牡丹が男子と桜の間に割って入る。いつもなら僕も仲裁に加わるけど、面白そうだから見守っていよう。
「だけどよぉ……仲間なんだよぉ!!」
この世界に来るまで、浜和君と話したこともないクラスメイトの男子が泣きながら訴えていた。どうしてだろう、急に正義感にでも目覚めたのだろうか。
「じゃ……じゃあ、一回だけ試すけど、それでダメだったら諦めて欲しいな」
桜がおずおずというと、膝をついて浜和君の前で祈る。
緑色の光が浜和君を包むと、今まで見たことのない眩い光が視界を埋め尽くした。
「クソが……あの女」
光が収まると浜和君が生き返っていた。なにか呟いてるみたいだけど聞き取れない。
そんなことより、倒れた桜を助けないと。
「桜、しっかりしろ!」
幼馴染だから、人一倍心配していないと不自然だ。
「牡丹、桜は教会で診てもらうよ。後は頼んだ」
桜を抱えて教会に向かって走り出す。教会はこの世界で病院の役割をしているが、高額の治療費を納めないと治してくれない。
僕らの公的支払いカードは、そう簡単に使っていいものじゃないとアインさんがいっていた。でも、桜のスキルは重宝されているし、仲間を大切にするところを見せていおいた方が印象がいいだろう。
◇
「京極さん、いいんすか?女とヤってたから街を守れませんでしたーって」
外れの村から帰る河原と京極は、酒を呷りながら軽口を叩き合っていた。
「アインの野郎なんざ知ったこっちゃねぇ」
ちょうど最後の一本を飲み終わったところで、二人はランドに着いた。
「京極君、なにしてたの!あなたが居ない間に街がこんなことになって」
オレの目の前で、目障りな女がギャアギャア喚いている。
「あ?オレ様がなにしようが勝手だろうが」
「勝手ってなによ!魔物がたくさん来て、人がたくさん死んだのよ!!」
ああ、そういや同学の女か。
「そうかよ、そいつは残念だったなぁ。マヌケの死に顔が見られなくてなぁ!!」
生にしがみつく奴を嬲り殺すのが楽しいのになぁ。
「あなた、それでも人間なの……?」
女が何をいいたいのか分からないし、無視して先に進む。ヤれない女に価値はねぇ。
ぶっ壊れた街を見ても、なにも感じねえ。しばらく歩いて回る。
「やあ、京極君」
舌打ち一つで返事にする。聖野の気持ち悪りぃ顔を見てると吐き気がしてくるぜ、勇者気取りのイカレ野郎が……。
「君がいない間に街がこんな風になってしまったよ。君が居れば守れた命もあったのにね」
「おい、聖野。京極さんにあんま舐めた口効いてんじゃねぇよ」
詰め寄った河原が胸倉に掴みかかるが、聖野にあっけなく振りほどかれた。
「君たちのことは、アインさんには黙っておいてあげるよ」
聖野は笑顔でそれだけいうと立ち去っていった。
どいつもこいつも街を直すのに必死かよ、胸くそ悪りぃ。
「お前も手伝ってこい」
「えっ、京極さん……?」
別に良い子ちゃんになったんじゃねぇ。ガキだって頑張ってんのに、オレらがやらねぇ理由がねぇ。
「いいからレンガの一つでも運べ」
こんなに暑いのに、埃まみれの瓦礫をどかしてるなんてオレらしくねぇ。
オレだってただのボンクラって訳じゃねぇ。できるなら、もっとまともになりたかった。
オレだってこんなクズになりたかった訳じゃねぇ。オレのせいじゃねぇ、オレのせいじゃ…………。
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「京極さん家の息子さん、また暴れたんですって」
「中学二年ですもんね。思春期ですよ。そのうち収まるわよ~」
どうしてオレは愛されなんだ。
オレは今の両親に十歳の時に養子として迎え入れられた。
元の両親には四才の時に捨てられて、児童養護施設で育てられた。
新しい父親と母親は子どもができなくて、オレを養子にしたといっていた。施設とは違う大きな一軒家にオレだけの部屋。
母親はオレを愛してくれた。初めての私たちの子だと、泣いて喜んだ。父親も嬉しそうに毎週公園に連れて行ってくれては、キャッチボールで遊んでくれた。
そんな両親が変わったのは、オレがこの京極家にきて一年後のことだった。
オレに妹ができたのだ。両親の実子である妹を両親は愛し、オレは腫れ物のような扱いを受けることになった。
母親はオレのただいまに返事を返してくれない。父親はオレがリビングでテレビを見ているだけで溜息をついて部屋を出ていく。
オレは母と父の本当の子どもじゃないからと、自分を責めるようになった。
小学生ながらに思っていた。養子の子どもは本当の子どもじゃない、愛されないのは全部オレが悪いんだと。
そしてオレは中学生になって、今までいた友達たちが居ない私立に入学した。お行儀の良い学校に慣れない日々と、心の支えになっていた友達と離れ離れになったストレスで同級生を殴った。
母親と父親に呆れられた。どうして家の子は不出来なのかと、やっぱり養子だから。実の子じゃないから。あいつは遺伝的に不良だったんだと。
オレは傷ついた。心に空いた空白を埋めるために、毎日同級生を殴った。誰かを傷つけることでしかオレの心の空白は塞がらなかった。
そんな毎日にも終わりがやってくる。事実上の停学になった。本当なら退学処分のところを、体面を気にする両親が、政治家の力を使いオレは停学のまま卒業することになった。
学校という束縛から解放されたオレは、町の不良に喧嘩を売っては殴り合いの日々を過ごした。
そして高校生になった。やはり体面を保とうとする両親が裏口入学させた学校で、オレは愛を見つけた。一目惚れだった。桑木泡姫と出会った。
違うクラスだったが、オレが挨拶すると優しく微笑んで挨拶を返してくれる。そんな彼女に好きな男ができた。オレのクラスの番柄鹿路とかいう冴えない奴だ。そいつに桑木さんが告白していたのだ。
なんでオレは愛されなんだ。衝動的にオレは番柄に殴りかかった。気づいたら殴り飛ばしていた。桑木さんが泣いているのにも気づかず殴り続けた。抵抗されても、殴り返されても、奴が動かなくなるまで殴り続けた。オレはもう桑木さんに愛される資格を失ったと思い、その場から逃げ出した。
一ヶ月、学校にも行かず町をうろついた。そしてオレは真実を悟った。オレの愛を奪ったのが、あの男だと、あの男を許すなと。
あの時と似ていた。あいつを傷つけることでしか、オレの心の穴は塞がらないと。だからオレは、番柄鹿路を殴り続けた。