捜査
◆
「もしもし、勝田だ」
朝早く牧野からの電話だった。
「おはようございます勝田刑事。昨日の例の男の子なんですが、遺体が病院から消えていた……、ということなんですが」
牧野にしては、珍しく歯切れの悪い声音だ。
「なんだと、どういうことだ」
勝田の脳裏には、自分自身の判断が間違いだったのかという思いが過った。
「死亡確認が取れるまで病院側が霊安室に置いていたそうなんですが、忽然と消えたようなんです。監視カメラにも映っていません」
「消えただと?さっぱりわからん」
大量殺人に、不可解な消える死体。犯人もその動機も、なにもかもが不明確なままだ。
「ええ、私の方で詳しく調べておきます。後、検視の上がった分をデスクに置いてるので、確認しておいてください」
「おう、あんがとさん」
勝田は携帯を折りたたむと、半袖のクールビズに着替えて家を出た。その時丁度に日が昇り、その眩しさに目を細めた。
◆
「おはようございまーーす」
齋藤があくびをしながら手を振った。
「寝坊助が張り切ってんじゃねーか」
勝田が乱暴に頭を撫でると、齋藤がその手をはねのける。
「やめてくださいよー。ワックスしてるんですからー」
「牧野のファイルはこれか。齋藤、こっちに来い」
「いい情報ありますか」
齋藤が検視ファイルを覗き込む。
「死因は全員失血死、文化包丁で刺殺か」
「いくらなんでも、おかしくないですか?
全員が無抵抗でもない限り、三十四人の心臓を一突きで殺して回るなんて無理ですよ」
齋藤が文化包丁の文字を指さす。
「そうだな。人質を取っていた可能性もあるな」
「毒ガスとかどうですか。動けないところをグサッと」
「ガス使うんなら、そのまま殺すだろ。刺す意味ねーよ」
「それもそうですね」
「なんだー、全然わかんないですね」
齋藤はお手上げといった風に手をあげた。
「まあ、聞き込みを続けるしかないってことだ」
勝田は封筒を手に持つと、ニヤリと笑った。
◆
「こんにちは、沼尻校長。令状をお持ちしましたよ」
数十人でやって来た勝田の不敵な笑みに、校長沼尻は悔しさを隠しもせずに顔を真っ赤にして怒り出す。
「警察ぅ!!神聖な学び舎に土足で踏み込むことなど許しません!!校長を舐めているのか!」
「まあまあ、落ち着いてください」
齋藤が校長を宥める。
「これが落ち着ていられますか!!誰の了解を得て私の学校に入って来ているんだと言っているですよ!!」
「あなた、なにか勘違いしていませんかね。捜査にご協力頂けない場合は、公務執行妨害で逮捕するだけですので。その辺り弁えてください」
「ふざけるな!所長を出せ!!言いつけてやる!お前なんかクビだ!!」
半狂乱になりながら、わけのわからないことを宣う沼尻校長。
「言いつけるって、警察は学校じゃないんだぞ。ぷっ……、それにお前にそんな権限はない」
嘲笑じみた笑みを浮かべて、勝田は沼尻に手錠をかけた。
「公務執行妨害で現行犯逮捕だ」
「そんなことできるわけが…………、有り得ない。僕は教師だぞ!校長なんだ!!」
「パトに乗せとけ」
「はい。こっちに来い!」
勝田の指示で校長沼尻は連れて行かれた。
「さて、先生方は動かないで下さいよ、家宅捜索と聴取を行いますんで」
勝田の言葉に逃げようとする教師たち、しかし出口は既に警官によって塞がれていた。
「なにかやましいことがありそうですね」
齋藤が教師たちの態度に不信感を募らせる。
「まあ、おかけください」
職員室の椅子を勝田が勧める。
全員が着席した前で、勝田は一冊の手帳を取り出した。
「この学校で、いじめがあった事実はご存じですか。
こと、いじめは苛めと虐め二つの漢字がある程、ありふれているので知らぬ存ぜぬは通りませんがね」
ホワイトボードに殴り書く勝田に、目を逸らす教師たち。
「どうです、体育の田中先生?鵠沼先生とは仲が良かったみたいじゃないですか」
勝田に名指しされて、田中はばつが悪そうに否定する。
「校長先生に口止めされているのか知りませんが、本当のことを話された方が自分のためですよ。裁判での心象も変わってきますので」
勝田は低くしゃがれた声で脅しを掛ける。
「裁判ってどういうことですか、俺は関係ないでしょ!全部鵠沼先生の責任です。そうだ、そうに決まってる……」
ブツブツと独り言のように、責任の擦り付けをしだした田中に勝田は溜息を吐く。
「2-A聖野光彦、彼の日記に全部書いてあるんですよ。同、番柄鹿路いじめの数々がね」
「それを寄越せ!!我が校にいじめなんて無い!」
勝田の持っている手帳めがけて、体格の良い副校長の高橋がタックルを仕掛ける。
勝田はそれを軽々といなすと、倒れこんだ副校長の背中を足で踏みつける。
「暴れないでくださいよ。抵抗すると最悪、死にますから」
諦め悪く暴れようとする副校長の背中を、もう一度踏みつける勝田。
「公務執行妨害及び、暴行の現行犯で逮捕する」
うつ伏せのままの副校長に、齋藤が後ろ手に手錠をかけた。
「訴えてやる!!こんな横暴な捜査が許されるものか!!」
警官に連れて行かれながらも、副校長は喚き続けていた。